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第21話 ロイズの過去


 エルフの里へ向かって2日。

 ダンの肩に担がれていたガスも、一人で満足に歩けるようになった。


 森が深くなるにつれて、甘い匂いが混じり始めた。花のような匂いだ。妙な気配を感じて振り返っても、花畑なんてないし、誰もいない。


「どうした?」

「……いや、なんか匂いがする。あと誰かに見られてる気がして」


「ライオって匂いに敏感だよな〜、俺は何も感じないけど?」


 エルケがくんくんと匂いを嗅いで首を傾げる。気のせいなのかな。ダンも何度か後方を確認していたけど、何もないみたいだ。


「エルフの里まであと少しだから、もしかしたら警戒して監視されてるのかもね」


 先頭を歩くロイズが振り返らずに答えた。


「エルフって花の匂いがするのか?」


 俺はロイズに近づいて、匂いを嗅いでみた。

 長旅で着続けたマントから土埃の匂いがする。


「やめろ、馬鹿」


 手で顔を鷲掴みにして押し除けられた。

 花の匂いとロイズは関係なかったみたいだ。

 

 昼過ぎ、大きな倒木のそばで休憩を取った。

 ガスはまだ本調子じゃないし、ミーナやエルケも疲れた顔をしている。

 リザリアはダンの膝の上で目を閉じている。ここに入ってから頭の中の声が大きくなったらしく、辛そうだった。


 ロイズは、フードを深く被ったまま、黙ってあの板を包んだ布を撫でていた。

 元々白い肌の色が、いつもよりもっと白く見える。


 俺は、かける言葉が見つからなくて、ただ、そんなロイズをじっと見ていた。


「ロイズ、こわい?」


 不意に、小さな声が暗い森に響いた。

 リザリアだった。

 いつの間にか目を覚ましていて、ダンの膝の上から身を乗り出してロイズを見ている。


「……寝てなよ、リザリア」

「こわい?」


 リザリアは同じ言葉を繰り返した。

 真っ直ぐな青い瞳が、ロイズの目を覗き込んでいる。


 ロイズは少し驚いた顔をして、それからふっと力が抜けたように小さく笑った。


「……怖いよ」


 言葉に反して、優しい声だった。


「……母さんは、エルフの名家の娘だったらしい。父さんは人間の学者。里の近くで倒れていたのを、母さんが助けたって」


 ロイズが、こんな風に昔のことを話すのは初めてだった。

 俺は黙って、二人の会話を聞いた。

 多分他のみんなもそうだろう。

 ロイズの言葉の続きを待って、じっと息を潜めていた。


「駆け落ちして、人間の土地で暮らして、それで俺が産まれたんだって……母さんは父さんと出会った頃の感激をいつも、俺に嬉しそうに話してたよ」


「幸せだった」


「でも、見つかった」


 ロイズの声が温度を失う。


「母さんの弟が追手を率いて来た。俺が五歳の時。二人とも殺されたよ。掟を破った罰だって」


「……母さんが逃してくれなかったら俺も一緒に殺されてた」


 何度も自分の中で反芻して、心を使い果たしたみたいに語る。

 言い終わって、ロイズは覚悟を決めたように、すう、っと息を吸い込んで前を見た。


「その叔父は、たぶんエルフの里にいる」

 

 どこともない空中を睨みつけて、感情を殺した声のまま言う。


 両親を殺し、自分のことも殺そうとした叔父がいる里。俺のためにロイズはそんな危険な場所を目指そうとしてくれている。


「……ロイズ」


 我慢できなくて名前を呼んだ。

 名前を呼ぶだけで、何て声をかけたらいいのか分からない。


 俺の声がめちゃくちゃ震えてたから、ロイズは何か思ったのかもしれない。空中から視線を外して、困ったみたいに笑った。


「……母さんがさ、よく俺に言ってた惚気の言葉があるんだ」


 懐かしむように、瞬きを繰り返す。


「たとえ仲間に殺されそうになっても、父さんを見捨てて生きる数百年より、父さんと過ごす1日の方がずっと幸せなんだって」


「答えに迷ったら、誰と一緒に生きていきたいのか。それを考えなさいってさ」


 風が木々の葉を揺らした。

 甘い花の匂いが、もう一度だけ鼻をかすめる。


「俺はお前に生きていて欲しいよ、ライオ。ここいるみんな、そう思ってる。だから怖いけど、いいんだ」


 心臓が妙にドキドキした。

 自分が生贄になって死ぬなんて、その実感も伴わないまま、周りのみんなが俺のために動いてくれている。

 その責任と緊張に手汗が滲んで、それとは別の何かが顔まで競り上がって。


 ツンと鼻の奥が痺れた。目が染みる。

 俺は慌てて顔を伏せた。


「お、なんだよライオ〜、照れてんの?」

「揶揄うんじゃないよ、エルケ。今いいところなんだから」

「ギヒヒ、安心しやがれロイズ、何かあったら俺様が爆弾でなんとかしてやる」


 緊張した空気が弾けるみたいに、みんなが声を上げて笑う。

 うるせえな、馬鹿野郎。

 エルケにわしゃわしゃと髪をかき混ぜられて、俺はその手を振り払った。


「そろそろ行くか」


 しばらくして、ダンが静かに立ち上がった。


 短い一言に全員が頷いて支度を整える。

 徐々に濃くなる花の香りに、エルフの里が近いのだと感じた。


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