第17話 1000年生きた男
ダンのいる部屋の扉は、少しだけ開いていた。
中から、布が擦れる音と、微かな金属音が聞こえる。
俺は一度深呼吸をしてから、その扉を押し広げた。
「……お頭」
ダンは、椅子に座って作業をしていた。
手には、ガスの黒焦げになったゴーグルと、刃こぼれした戦斧。
煤を払い、丁寧に油を差している。
俺が部屋に入っても、ダンは手を止めなかった。
「……何の用だ」
低い声。
でも、拒絶の色はない。
「話がある」
ダンの手が止まる。
「リザリアが寝てる。大声は出すな」
俺は黙って頷いて、近くの木箱に腰を下ろした。
燭台に照らされたダンの顔に影が落ちて、表情は読み取れない。
「……聞かせてくれ。あの塔の映像のこと」
俺は、ざわざわと騒ぐ心を押し殺して、できる限り静かに切り出した。
「『剣の監視』って、誰のことだ? 俺のことか?」
ダンは首を横に振った。
「違う」
「……あれは、アルバのことだ」
「アルバ?」
「1000年前……俺の、恋人だった女だ」
飛び出た言葉はあまりにも予想外だった。
ダンに、恋人?
「あいつは……国一番の科学者で、同時に最初の『剣』だった」
「あいつは天才だった。俺みたいな馬鹿とは違う、世界の仕組みを全部知ってるような女だった」
『カガクシャ』と言うのが何なのか、俺には分からなかった。ダンは、懐かしむように、でも苦しげに目を細めた。
「俺たちは、恋人同士だった」
「だが、戦争が悪化して、あいつが『黒の物語』を封印する人柱になることが決まった」
ダンは自分の胸を強く握りしめた。
「あいつは、俺を置いていかなかった。……いや、行けなかったんだ」
「『私がいなくなった後、あなたが戦争で死ぬなんて嫌』とかぬかして……俺を、こんな体にしやがった」
「……え?」
「国もそれに乗っかったんだよ。『剣の恋人が軍人なら好都合だ、そのまま護衛にしろ』ってな」
「俺が『盾』になったのは、俺が優秀だったからじゃねえ。ただ、あいつの男だったからだ」
不死身の体。それは祝福でも英雄の証でもなく、死んだ恋人の「執念」と、国の「悪乗り」が混ざった呪いだったってことだ。
「……そうか」
俺は言葉を継いだ。
「じゃあ……『孤児の処理』ってのは? あんな冷たい言い方……殺せって意味じゃないのか?」
「……軍の上層部は、そういうつもりだったかもしれねえ」
ダンは、磨いていたゴーグルを机に置いた。
「アルバは、身寄りのないガキを集めて育ててた。だがあいつがいなくなるなら……軍は『余計なコストだ』と言って、処分を命じた」
「『お前の女が集めたガキだろ、お前が始末しろ』ってな」
「だから俺は引き受けた」
「あいつが愛したガキどもを、俺が預かって保護した。……そんだけだ」
俺は、力が抜けるのを感じた。
なんだよ、それ。
殺処分じゃなくて、ただの「引継ぎ」かよ。
それをあんな、冷たい言葉で言うから……。
「……だったら」
俺は、一番聞きたかったことを口にした。
「あのペンダントは何なんだ? お頭のいうことが本当なら、俺が最初から持ってたんだろ?」
「いつ、誰が俺に持たせたって言うんだよ」
ダンは顔をしかめた。
「前にも言ったが、あいつは自分で動くんだよ」
「ペンダントが一人でに? 流石にそれはねえだろ」
俺の言葉に、ダンは目を閉じて深くため息を吐く。どう言えばいいか、分からないって顔だった。
「DNA、ドローン、GPS、昔の連中の言葉だ。お前、この意味が分かるか?」
「でぃ……ジー、……なに?」
「分かんねえだろ。俺だって専門用語を並べ立てられて、本当の仕組みなんてわかっちゃいねえ」
「ただ、あの紋章は、適合者……つまり、次の『剣』になる奴を探して、張り付くように出来てやがる」
「剣になる……?」
「そうだ。あれを持っていたら、お前もいずれアルバと同じように、人柱にされるかもしれねえ」
ダンは悔しそうに拳を握った。
「だから俺は、お前を拾った時、何度もそいつを捨てたんだ」
「川に投げた。土に埋めた。岩で砕こうともした」
「お前を『剣』にしたくなかったからだ」
「でも……」
ダンは力なく笑った。
「あいつは戻ってきやがった。足もねえのにな」
「俺には仕組みなんざ分からねえ。抗ってみたが、どうしようもなかった」
俺は、呆気に取られた。
ダンが隠していたのは、俺を利用するためじゃなくて、本当に、俺を運命から遠ざけたかったからか。
でも、理屈が分からなくて、どうしようもなかった。
「……なんで、言ってくれないんだよ。最初から全部話してくれれば、俺だって……」
「説明、できねえんだよ」
ダンが遮った。
「俺は学者じゃねえ。ただの兵隊だ。1000年前の偉い学者が作ったシステムだの、遺伝子だの、共鳴だの……」
「言葉の意味すら知らねえ奴に、説明なんて出来るわけねえだろ」
ダンは、子供みたいに唇を尖らせた。
「お前は『なんで』って聞くだろ? 俺はそれに答えられねえ。『そういうモンだ』としか言えねえ。……だから、黙ってるしかなかった」
沈黙。
そして、ダンは自嘲気味に呟いた。
「1000年生きたって、馬鹿が天才になれるわけじゃねえんだ」
「俺には、壊れた武器を直すことと、お前らを守って斧を振るうこと……それしか能がねえ」
その言葉を聞いて、俺の中の「モルディアスの毒」が、完全に消え失せた。
こんな不器用な男に、緻密な洗脳なんてできるわけがない。
俺を騙して、利用して、道具として扱う?
無理だ。この人は、そんな器用な生き物じゃない。
ただの、筋肉だるまの親父だ。
「……ぷっ」
俺は、吹き出してしまった。
「……なんだよ」
「いや……ははっ! なんだよそれ!かっこ悪すぎだろ、不死身の英雄が!」
「うっせえな! 悪かったな、脳筋で!」
ダンも、つられて少しだけ笑った。
その笑顔は、いつもの豪快な盗賊のお頭だ。
「……悪かったな、お頭」
「俺、ビビってたんだ。あんたが遠い存在に思えて」
「……俺もだ」
ダンは、真面目な顔に戻った。
「お前がいつか、俺の手の届かねえどっかに行っちまうのが怖くて……説明から逃げてた」
「……道具扱いなんて、したことねえ」
「お前も、ロイズも、ガスも、ミーナやエルケ、みんな俺の……自慢のガキだ」
その言葉だけで、十分だった。
俺は涙をこらえ、ニッと笑って見せた。
「おう。……知ってるよ」
部屋の空気が、温かいものに変わる。
疑念も、恐怖も、もうない。
俺たちは、泥だらけの盗賊親子だ。それでいい。
――そう、思った瞬間だった。
パチ、パチ、パチ。
乾いた拍手の音が、部屋の空気を切り裂いた。
「……!」
「誰だ!」
俺とダンが同時に振り返る。
開けっ放しの扉の向こうに、人影が立っていた。
上質な服。整えられた髪。
そして、仮面のような笑顔。
モルディアスだ。
「……素晴らしい」
男は部屋に入ってきながら、感心したように言った。
「美しい親子愛ですね。感動しました」
「特に、『1000年生きても馬鹿は天才にならない』ですか。……まったく、本当に名言です」
声の優しさとは裏腹に、その目は笑っていなかった。
氷のように冷たい視線が、俺たちを射抜いている。
「……盗み聞きとは、いい趣味してやがるな」
ダンが戦斧に手を伸ばす。
空気が一瞬で凍りつく。
モルディアスは、肩をすくめた。
「残念ですよ、ライオ君。君には期待していたのですが……やはり、野蛮な父親の洗脳は解けなかったようだ」
「洗脳じゃねえ」
俺は立ち上がり、ダンと並んだ。
「俺が選んだんだ。俺の居場所は、ここだ」
「……そうですか」
モルディアスは、つまらなそうに溜息をついた。
「私の手駒になるなら、最高の待遇を用意したのですが……使えない道具に、価値はありません」
男が、パチンと指を鳴らす。
ガシャガシャッ!
廊下の両側から、武装した兵士たちが雪崩れ込んできた。
剣、槍……それと、後ろの奴らが構えているのは、複雑そうな歯車が沢山ついた長い鉄の筒。もしかして、噂に聞く「銃」ってやつか。
数十の殺意が、狭い部屋に充満する。
「ダン盗賊団、首領ダン。およびその一味」
モルディアスが、冷酷に宣告した。
「我が領土に侵入した指名手配犯として、拘束する」
「抵抗するなら――殺しても結構」
ダンが戦斧を構え、俺も短剣を抜く。
「……やるぞ、ライオ」
「ああ、やってやるよ、クソ親父!」




