強さ
さらりと金髪をなびかせて、颯爽とその少女は姿を現した。
「ウィ、ウィル…………!」
ウィルという第三者の登場はこの状況が一変させた。
シーラたちは呑気に笑っていることができずに、険しい表情を浮かべる。
「チッ。またあんた? いつも変なタイミングで来るわね」
「今の見てたわよ。あなたたち、リコに何してたの?」
ウィルはものすごい剣幕でシーラに詰め寄っていくけど、シーラはへらへらとした態度で応対する。
「別に何もしてないけど?」
「リコに謝りなさい」
「はあ? なんで?」
「謝りなさい!!!」
その一声に場の空気がさらに張りつめる。
ウィル、怒ってる……。
私に向けられた言葉ではないのに、自分が怒られているんじゃないかと錯覚してしまうほどの迫力が彼女にはあった。
だけどシーラは我関せずというようにため息をつくだけ。
「ハァ~……。私たち何もしてないじゃない。ていうかこの子が私たちと遊びたいっていうから遊んであげてただけなんだけど? ねえ、魔法少女様?」
「……え?」
その言葉に絶句してしまった。
突き飛ばされて、ぶたれて、ペンダントを燃やされそうになって。
それのどこが遊びだというのだろうか?
「ち、違――」
私は否定しようとしたけれど、その瞬間体全体に悪寒が走る。
見上げればシーラが情け容赦が一欠けらもない高圧的な瞳で私を見下ろしていた。
『言ったらどうなるか分かっているでしょうね?』
そう言いたげな眼差しだった。
「っ……」
その圧力に耐えかねて私は出かかった言葉を喉の奥に引っ込めてしまう。
もしここでシーラの言う通りにすればすべてが丸く収まるかもしれない。
シーラは未だに火球を出したままだし、もしそれをぶつけでもすれば私もウィルも無傷じゃすまないだろう。
そんなこと、私は望んでいない。
そうだ、私が我慢すればいいだけなのだ。
私さえ我慢すれば、誰も傷つかないですむ――。
「あ、あの――」
「リコ」
私が言葉を発するよりも早く、心が和むような柔らかな声が降って来た。
ウィルはしゃがみこんで私に目線を合わせて。
「嘘つかなくていいのよ。正直に言って」
その目を見ていると、ウィルという一人の人間の優しさに心が包み込まれるような気がした。
気づいた時には私は正直に全てを語っていた。
「……わ、私は…………遊び、とは……思って、ない……です……」
「……そう。分かったわ」
それだけ言うと、ウィルはすくっと立ち上がってシーラの前に立ちはだかる。
「リコはこう言ってるんだけど?」
「……うざ」
シーラは心底面倒そうな態度をとると、私の方をじろりと睨んでくる。
何をされるか考えるだけで怖すぎて何も言うことができなかったけど、かばうように間にウィルが割り込んでくれる。
「あなたたち、こんなことして許されると思っているの? 暴力を振るって、人の物を取って」
「……だから?」
「だからじゃないわ。これはれっきとした犯罪だっていうことよ」
その言葉にシーラ以外の二人が青ざめる。
名門魔法学校でいじめをしていた。
そんなことが学校や家族に知られたら彼女たちも軽い注意だけではすまないだろう。
それを恐れるのは当然のことではあるけど、シーラだけは違った。
「…………うるさいわね」
明確にシーラの声音が変わる。
まずい! この感じ、絶対にシーラは何かをやらかす!
私は「もういい!」と口を開こうとしたけれど一足遅かった。
「リコの話次第では先生にも相談させてもらうから」
一線を越えたのか、シーラの瞳が一気に怒りと憎悪に染めあげられる。
「ごちゃごちゃうるさいのよ!!! あんた何なの!? 前からずっと私に突っかかって来て! 正義の味方気取り? いい加減鬱陶しいのよ、この偽善者王女様が!!!」
シーラは勢いそのままに杖の先に出したままの火球をウィルに向かって放つ。
至近距離で放たれた火球はものすごい速度で直進し、ウィルに激突した。
バンンンッッッッ!!!
瞬間、轟音とともにそれは爆ぜた。
一瞬の出来事だった。止める暇もなかった。
爆風が吹きすさぶ中、私は無我夢中で叫んでいた。
「ウィル!!!」
しかし返事はなく爆煙でウィルの姿は見えない。
この爆発にあの威力、直撃すればケガじゃすまない。
私は最悪の事態を想定して、ただ茫然とウィルのいた場所を眺めるほかなかった。
煙が晴れていく。
その場に佇んでいたのは杖を前に構えて強い意志の宿る瞳を称えていたウィルだった。
「魔法は人を傷つけるための道具ではないわ。人を助けるために、何かを守るために使うためのものよ。授業で習わなかった?」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇぇええええ!!!」
シーラは正気を失ったように奇声を上げて再度杖を突きだしたけれど、その先に火球が現れることはなく。
代わりにウィルの凛とした声が響き渡った。
「!? な、んで魔法が出ない……!?」
「それ以上はやめておきなさい。これ以上すればもう私たちだけの問題じゃなくてこの国の問題になるわよ。私が言ったこと、どういう意味か分かるわよね?」
「ッ……!」
「私はあなたたちを反逆者だなんて言いたくない。これが最後よ。ここまでにしておきなさい」
その最終警告に観念したのか、シーラは杖を下ろすと私のペンダントを放り捨てて黙って歩き出した。
「……行くわよ」
言われて残りの二人もそそくさとシーラについていく。
シーラは去り際、ウィルに吐き捨てるようにもらした。
「だからあんたは嫌いなのよ」
ウィルはまっすぐに前を見て表情を変えていなかったけれど、少し目が悲しそうに揺れていた気がした。
シーラの姿が校舎裏から見えなくなると、ウィルがペンダントを拾ってこちらに駆け寄ってくる。
「リコ、大丈夫?」
彼女は手を差し伸べてくれるけれど、私はそれを掴む余裕すらなかった。
恐怖からの解放、他人を巻き込んでしまった自責の念、ウィルが無事でよかったという安心、いろんな感情がごちゃまぜになって大挙して押し寄せてきたからだ。
「うっ、うううっ……うええぇぇ……」
目から涙が次々とこぼれ落ちていく。嗚咽は止まる気配がない。
今の私の顔、多分くちゃくちゃだ。
こんな顔、見せられるものではないし申し訳ない。
目元を腕で隠して泣いていると、ウィルが私のそばにやって来て顔にそっとハンカチを当ててくれた。
「あらあら、こんなに泣いちゃって。子どもみたいね」
「うっ……あ、あり……ありが、とう……ござ、い……みゃす……」
「もう大丈夫だから。泣かなくていいのよ」
そうは言われてもウィルのあまりの優しさに熱い涙はあふれるばかり。
「うううぅ……」
「ほら、もう泣かないの。リコは魔法少女でしょ? そんなんでどうやって魔法少女が務まるっていうのよ」
「うう、だってぇ……怖くてぇ……。ペンダント壊されそうになった時、もう終わりだって……でもウィルが来てくれて……うえぇぇ……」
語彙力崩壊の幼稚園児みたいな私を見かねてか、ウィルは実技の時を彷彿とさせる元気で鼓舞してくれた。
「そんなに縮こまらないの! 魔法少女なんだから堂々と胸張ってなさい! それだけでも少しはマシに見えるから」
「うぅ……うん……」
すっかり丸っこくなった背中を叱咤して、できる限りしゃんとするとウィルは朗らかな微笑みを見せてくれた。
「うん、いい感じ。それでこそ魔法少女よ。それとこれ、大事なものなら取られないようにしなさい」
「はい……」
ペンダントを握りしめる私をウィルは上から下まで見て、
「怪我は大丈夫? 自分で歩ける? 医務室まで私が担いでいく?」
「そ、そんな……。だ、大丈夫、です……。あ、ありがとう……じゃない。あ、ありがとう、ございます……ウィル様」
「どういたしまして。ってなんで敬語? さっきまで普通に話してたじゃない」
「だって、さっき王女様ってシーラが言ってたから……もしかしてウィルって王女様なんじゃって思って……。あっ、思い、まして……」
たどたどしい敬語を使う私にウィルは少しだけいたずらっぽく微笑む。
「まあ、そうね。私が王女っていうのは本当よ。言ってなかったけど私、この国の王女様なの。だから、王女様にため口で話してたリコはこれから先生とかに怒られちゃうかもね」
「ええ! そ、そんな……」
医務室のベッドでリアム先生からお説教を受ける未来を想像してうなだれていると、ウィルはクスクスと小さく笑う。
「なーんて冗談よ。王女なんてただの肩書だし、様付けも敬語もしなくていいわ。さっきまでみたいにウィルって呼んで。私もあなたのこと『リコ』って呼んでるんだし、友達ならそっちの方が自然でしょ?」
「と、友達……友達なの、私たち?」
私の返事にウィルは驚いたような顔を見せていたけど、すぐに白い歯をニッと見せてとびきりの笑顔で言った。
「当たり前でしょ!」
その笑顔を私は生涯忘れることはないと思う。
だってその顔は、私が理想とするヒーローの笑顔そのものだったから。




