屋上
こっちの世界に来てから二週間が経った。
来たばかりの時は慣れないことも多いし、魔法も使えないしで色々と不安ばかりが積み重なっていたんだけど。
今では私もすっかり王国の住人の一人としてこの世界に溶け込み、平穏な学園生活を送っていた。
相変わらずウィルは厳しめの指導をしてくるので魔法の練習をするのがたまにつらい時もあるけれど、それでも一日一日魔法が上達していくのを体感できるのはとても嬉しいことだった。
クラスのみんなも優しくてウィルをはじめとする友人関係も日本の時と比べれば驚くほど順調にいっていた。
みんなで勉強して遊んで、毎日が夢のような時間だった。
そしてお昼休みになると、今みたいにウィルとツジッキーの三人で学校の屋上でお弁当を食べるのが習慣になっていた。
「いただきます。ツジッキー、どれ食べたい?」
「んー、そうだね。今日は魚の気分だし焼き魚がいいかな」
「はーい。あーんして」
と、仲良くツジッキーとお弁当を半分こして食べているとウィルがちらちらとこちらを見ていることに気づいた。
「ウィル? 私の顔に何かついてる?」
「あっ、いやそういうわけじゃなくてね。えっと……」
いつもの明快さはどこへやら歯切れがすごく悪かったけれど、最終的には意を決したのか、ど直球に聞いてきた。
「あれからシーラたちに何かされていない?」
「もしかして心配してくれていたの?」
ウィルはこくりと頷いた。
「だってリコ、あれから何も言ってこないから。もし何かされてて我慢してたりしたら私の責任でもあるし心配で……」
「そんな。何かされてたりましてや我慢なんてしてないよ。大丈夫だから」
「本当に?」
「本当本当。安心して」
私は微笑みながら答えた。
会話に出てきたシーラたちとの一件だけど、結局彼女たちとはあれ以来絡むこともなく互いに接点を持たないようにしているというのが現状だ。
こうなったのはウィルの戦略が関係している。
あの一件の翌日、ウィルがこんなことを提案してきた。
『これは先生に言ってもいい事案だと思うんだけど、リコがいいのなら言わないでおかない?』
ウィルによると、ここで先生に言ってあの事件が明るみに出たら今のシーラは本当に何をしでかすか分からない。
それにあえて言わないで切り札を持っておいて彼女を牽制するのが今はいいということだった。
腐っても六年間一緒にシーラと学校生活を送っていたウィルがそう言うのなら、それは間違いないんだろう。
私もあえて問題を大きくしたくないということで、ウィルの案を受け入れることにしたのだ。
不安が完全に払しょくされたかといえば噓になるけど、ウィルもツジッキーもいるし、彼女たちも怪しい動きを見せていないから特別心配しているわけでもない。
私の取り繕っていない表情を見て、ウィルは安堵したように胸をなでおろす。
「ならいいんだけど。はぁ……シーラって昔はあんな子じゃなかったんだけどね。ここ半年くらいで変わっちゃったっていうか、彼女みたいじゃないというか。前はすごく優しい子だったのよ?」
「そ、そうなんだ……」
頭の中でイマージナリーシーナが優しい笑顔を向けてくる場面を想像してみる。
……全然似合わないし、想像もつかない。
日々魔法で使うから想像力を鍛えているのにそれでも想像できないとは相当だ。
と、ここで耳を器用に使っておかずを口に運んでいたツジッキーが入ってくる。
「まあ、シーラにも色々あるんだよ。そういうお年頃だしね」
「だとしてもやりすぎだと思わない?」
「そうだね。シーラには僕から注意しておくよ。でもあの一件は僕がリコのそばについていてあげられなかったのも一因だ。リコ、ごめんね。怖い思いをさせて。何かあったらすぐに言ってほしい」
ツジッキーが真剣なまなざしで見つめてくる。
それに促されるようにウィルも目を合わせてきて、
「私にも遠慮せずに言って。すぐに助けてあげるから!」
「二人とも……。ありがとう。すごく心強いよ。二人がいてくれてよかった。二人が友達でよかった」
意識せずともそんな言葉が口からこぼれ出ていた。
この二人とならどんなことがあったとしても立ち向かっていけるような気がする。
本当に私はいい友達に恵まれたんだな、と二人に感謝を覚えていると突然、ウィルが私に抱き着いてきたのだ。
「ええっ!? ウィルどうしたの!? 熱でもあるの?」
「違うわよ! 違うけど、なんか、こう、うまく言葉では言い表せないんだけど、抱きしめたくなっちゃったの! そういう気持ちになっちゃったの!」
「そ、そっか……」
なされるがままウィルの抱擁を受けていると、彼女の体温と鼓動が伝わってきて体がじんわりと温められていく。
「リコ、私たちずっと友達よ」
体だけじゃない。
心までもがポカポカとした、お日様に照らされているような気分になる。
この気持ちはなんだろう。私はこれの名前を知らない。
けれど、すごくいい気持ちだ。
気づけば私もウィルを抱き返していた。
「うん。絶対にずっとずっと友達でいようね」
それは本心からの言葉だった。
日本にいた頃、サリーちゃんにしか言えなかった本当の自分。
自分でもそんなことを言ってしまうなんてびっくりしたけど、それほどまでにウィルが私にとって大切な存在になっていることを改めて認識することができた。
そんないい雰囲気で私たちが友情を深めているところだったんだけど、呑気なテンションで割り込んでくる妖精が一匹。
「ふゅー。お熱いね~、ご両人。本当にお互いのことが好きなんだね」
ウィルはこっちの世界での初めての友達で、私のあこがれの人。
そんなウィルと仲良くなれたなんてこれ以上ないほど幸せなことだと私は思っていたんだけど。
当のウィルは顔を真っ赤にして勢いよく離れていってしまった。
「べ、別にそんなんじゃないわよ! 好きだなんて……大精霊様言いすぎ! リコもそう思うでしょ!?」
えっ、なんかちょっとショック……。
ウィルってそこまで私のこと、好きじゃないってことなのかな……。
自信を無くしかけるけど、ここは少し踏ん張ってみることにする。
自分の気持ちを素直に伝えて、もっとウィルと仲良くなりたいから!
「えっと……私はウィルのことすごく好きだよ。それにその、ウィルは私のあこがれの人、だから。尊敬もしてる、かな」
ちょっぴり恥ずかしいセリフだったけれど、これが私の偽らざる思いであることには間違いない。
どう思っているのかなとウィルの様子を覗いてみると、ウィルは耳まで真っ赤にして声にならない声をあげた。
「~~~~~!!!」
「あれ、どうしたの?」
「な、なんでもない! なんでもないからそれ以上近づかないで!」
ガーン。
「そんな……。ウィルがいないと私、私……。つ、ツジッキー……」
もう一人の友達であるツジッキーにすがるように目を向けると、ツジッキーはやれやれといった感じで首を振る。
「リコは魔法だけじゃなくて、人たらしの才能もあるみたいだね」
「……? ど、どういうこと?」
「そういうところさ」
結局その言葉の意味は分からなかったけど、その日の午後の実技でウィルはなぜかすごく優しかった。




