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急襲

 そこからさらに二週間ほどが経った日の朝。


 私とウィルは馬車での登校の最中、日課となりつつある雑談に花を咲かせていた。


 今日の話題は魔法について。


「そういえばリコって本当に魔法が上達したわよね」


 リコが何の気なしにそう言ってくる。


「そ、そうかな?」


「ええ。自分でも分かってるんじゃない?」


 謙遜してはみたけどウィルにはそんなもの通じないらしい。


 実のところちゃんと魔法が上手くなっている自覚はあった。


 こちらに来てからというもの魔法の練習を毎日かかさず繰り返していたから、その成果が出ているのかもしれない。


 私の魔法は想像魔法だから想像力がものを言うんだけど、元々フィクションとか空想の世界に飛び込む習慣があったので想像魔法用の訓練で鍛えればどんどんと成長できた。


 さすがに見たことないものや大きすぎるもの(タイムマシンとか山)とかはまだ完全には想像できないから作れないけど、それ以外のものなら大抵は想像して作れるようになるまでに至った。


「大精霊様もそう思うでしょ?」


 ウィルからの問いかけにツジッキーも頷く。


「うん。僕も色々な魔法使いを見ているけど、リコは今の時点でも王国で五本の指に入るくらいの実力はあるかな。このまま伸びていけば将来的には王国一の魔法使いになれるかもね」


「そ、そうかな~? わ、私なんてまだまだだよ~」


「言葉と態度が一致してないわよ」


 私は嬉しさを隠すことができない。


 褒められるってことは認めてくれているってことで。

 私が期待されているんだなって分かって、少し誇らしい気分になった。


「あとは魔力量も大分増えていると思うよ。前は魔法を連発したら貧血みたいに倒れこんだり、『もう動けない~……』って言ってウィルに叱られていたのに」


「うっ……。は、恥ずかしいこと思い出させないでよ……」


「別に恥ずかしいことでもないよ。それだけリコが成長したってことだからね」


「そうよ。最初みたいに弱音を吐かなくなっただけ偉いわ、リコ」


 二人に褒められてやっぱり心をふわふわさせていると、ツジッキーはウィルに向き直って、


「これもウィルの基礎訓練のおかげかな。ありがとう」


「ふふん。それほどでもないわ! これからもビシバシ鍛えてあげるから覚悟することね!」 


「えええ……そ、それはちょっと勘弁を……」


 みたいなことを話していると、あっという間に学校に到着してしまう。


 教室に向かうと、クラスメイト達の明るい笑顔が私を迎え入れてくれる。


 本当は魔法の練習はちょっぴりつらいこともあるし、たまに行きたくないな、なんて思ったりもする。

 でもみんなのこの笑顔を守るために、いつまでもこんな平和な日々が続くように頑張らないと! と思うようにしている。


 そして今日も決心を固めて心の中で「やるぞー! えいえいおー!」と奮起していた最中だった。


 カンカンカン!!!!!


 突然、けたたましい鐘の音が教室内に響き渡った。


 さっきまで笑みを浮かべていたクラスメイト達の表情が凍り付く。


 ただならぬ空気を感じつつも動けないでいると学校の窓から男の人の声が聞こえた。


「魔王軍だ! 魔王軍が攻めてきたぞ!!!」


 ま、魔王軍!?


 それが教室内にこだまするや否や、クラスが一層騒然となる。

 ある子は困惑の表情で立ちすくみ、ある子は恐怖のあまりふさぎ込む。


 クラス全体が恐慌状態に陥っててんやわんやの中、私の隣にいた子だけは冷静さを欠いていなかった。


「みんな落ち着いて! ひとまず先生が来るまで待ちましょう! 勝手に行動してはダメよ!」


 ウィルの呼びかけにクラスのざわめきは落ち着く気配を見せるけれどあくまで対処療法でしかなく、不安の火はくすぶったままだ。


「魔王軍……また来たのね」

 

「ま、魔王軍ってどういうことなの? 攻めてきたって?」


 ウィルの独り言に反応する形で聞いてみると、ツジッキーが答えを返してくれた。


「前にも言っただろう。人間たちの国は魔王軍に攻められているんだ。特にここ、ブライト王国は人間側の国の中で一番魔王領に近いところにあるから、こうして魔王軍が攻めてくることがたまにあるんだ」


 魔王軍の襲撃。


 確かにこの世界に来る前にツジッキーから聞いていたし、たまに日常会話とかでも話題に上がったりはしていたけど一か月も何もなかったから記憶の隅っこの方に追いやっていた。


「ま、魔王軍が攻めてきたって、大丈夫なの? わ、私たちはどうすればいいの?」


 恐怖と焦りに駆られて尋ねると、ウィルが笑って答えてくれる。


「特別なことはしなくていいわ。落ち着いてここにいればいいの。魔王軍は王国軍が対処してくれるから」


 その笑顔は引きつっていてウィルも怖いと思っていることは明白だった。


 それでもウィルは無駄な不安を与えないようにか、気丈に振る舞っている。


「安心しなさい。王国軍は強いんだから。半年前も魔王軍が攻めてきたけれど、一人の犠牲者も出さずに追い返したの。だから今回もきっとなんとかなるわ」


 けどその張りぼての強がりも長くはもたなかった。


 突然クラスの男子が焦った様子で教室に駆け込んできて、言い放った。


「おい! さっき聞いたんだけどさ、魔王軍の軍勢前回の倍以上だってよ!」


 その一報にクラス中に戦慄がはしる。

 明らかにみんなの表情が強張り、ついにクラスの不安が爆発した。


「えっ、えっ、えっ……逃げよう逃げよう!」

「でもどこに!?」

「こんなことしてる場合なのかよ!?」


 クラスはさっきよりもひどい混乱状態に陥る中、頼みの綱のウィルはそれでも声を張り上げる。


「み、みんな落ち着いて! こういう時こそ焦ってはダメ! 先生が来るまで待ちましょう!」


「委員長さっきもそう言ってたけど先生全然来ないじゃん!!!」


「そ、それはっ――!」


「なんかあったら委員長責任取れんのか!!?」


「っっ!!!」


 いくら学級委員長とはいえども責任なんて取れるわけもない。

 しかし下手に動けば余計危険な事態に巻き込まれるかもしれない。


 ウィルは額に汗を浮かべ、ひどく思い悩んでいるようだった。


 ウィルが、友達が困っている。


 こんな時こそ私が助けてあげたい。力になってあげたい。


 けど……どうすれば――。


「リコ、今こそ君の出番だよ」


 迷いの霧を晴らすようなお告げ。


 ツジッキーは机の上にぴょこんと飛び乗って、私をつぶらな瞳で見上げてくる。


 表情も口調もいつも通りだけど、その目にはどこからか固い決意が感じられた。


「わ、私の……出番?」


「そう。みんなが困っている。恐怖で震えている。そんな時に助けてあげられるヒーローは魔法少女の君しかいない」


 ツジッキーの言葉が何を意味するか。


 魔王軍と戦って、勝って、みんなを安心させる。


 それができるのは、このクラスでは私しかいない。


「君はこの一か月、ずっと頑張ってきた。自分自身と向き合って、努力して、魔法を磨いてきた。そして強くなった。その力を今、困っている人のために使う時だよ」


 手の震えが止まらない。

 本音を言うなら全然行きたくない。

 当たり前じゃん。だって怖いんだから。


 でも、私は多分行かなきゃいけない。

 だって私は魔法少女で、他人を守れる力があるのだから。

 もう弱くて、何も守れない私ではないのだから。


 私はやっと決意を固めて、ツジッキーを真正面から見据えた。


「分かった……私、行くよ。魔王軍と戦って、みんなを守ってみせる」


 想像以上に大きな声が出ていたのだろう。


 クラス中が私に注目していて、喝さいが上がった。

 私に魔王軍撃退を期待する声援が教室中のあちこちから飛び交う。


 そんな空気感に当てられ、私も覚悟を決めようとしていた中、ただ一人それに反対した子がいた。


「ちょっと待って!」


 訝し気な視線がウィルに集まるけど、彼女はそれを傲然と受け止めて続ける。


「私は反対。確かにリコは強くて戦えるだけの力を持っている。だけどこの子はここに来てまだ一か月の学生よ? いくら魔法少女だからって行くのは危険すぎるわ。それに……私は友達にそんな危険なところに行ってほしくない」


 それにツジッキーが全員の気持ちを代弁するかの如く語った。


「君の気持ちは僕にだって分かる。だけどリコが行かなきゃ王国はどうなるんだい? 騎士団はもちろん、ここのみんなも含めた王国の人々も無傷じゃすまないだろう。今はリコの力が必要なんだ」


「だけど――!」


 一人対その他大勢という圧倒的劣勢の中でもウィルは抗い続ける。


 彼女だって本当はそんな立場に置かれたくはないだろうけど、多分私のためにやってくれていんだと思う。


 その気持ちはすごく嬉しくて頼もしくて、本当は私も同じ思いだったんだけど……私はウィルが憎まれ役になることは望んでいない。


 私はウィルの手をそっと握って彼女の目をまっすぐに見た。


「ウィル。私はみんなを助けたいの。ウィルの、ツジッキーの、ここにいる全員のおかげで私は強くなれた。その恩返しをさせてほしいの」


「でも、リコが――!」


 その目は心配の色に染まっていた。


 今まで心配してくれる友達なんていなかった。

 嬉しいな、ここまで私のことを思ってくれて。

 だから私は、この子のために頑張りたいと思えたのかもしれない。


「大丈夫。ウィルは、信じて待っててほしいな」


 私は笑ってみせた。

 

 心のうちに秘めた感情を全部込めたつもりの笑顔だった。


「……そう。分かったわ」


 ウィルは何かを言いたそうに口を開いたけれど最後は私の両手を握り返してきて、


「でもこれだけは約束よ。絶対に無事で戻ってくること。いい?」


 それに私は大きく頷いた。


「うん、約束する。じゃあ……行ってくるね」

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