初陣
学校を出た私とツジッキーは急ぎ足で王国の城壁へと向かっていた。
城壁は王国領地を取り囲むようにして設置されている二十メートルくらいはある巨大なものであり、外部からの攻撃を跳ね返す強力な結界まで張られているというおまけつきだ。
初めて見た時は何のためにあるのかと疑問に思ったけれど今ならその理由がよく分かる。
しばらく走り続けて外に通じる門が見えたところで、ツジッキーが指示を出してきた。
「リコ、城壁のてっぺんに上るんだ。そこでどうすればいいか話すよ」
「分かった。ツジッキー、私に掴まって」
私は走りながら想像魔法を発動する。
自分の体がふわりと宙に浮かんで走る勢いそのままに城壁に向かって飛んでいく。
その想像をし終えた瞬間、私の体は浮かんで予想通りの軌道で城壁の頂点に到達することができた。
一か月前までは目を閉じて集中力を高めなければ魔法を使えなかったけど、今は制限なく使えるようになった。これもウィルとツジッキーとの特訓の賜物だ。
二人に感謝を覚えつつ、城壁のへりから外側を見下ろす。
城壁を挟んだ外側は広大な平原が広がっていて、数本だけ他の国につながる道が引かれているだけの穏やかな場所なんだけど、今は全く違う景色が広がっていた。
「なに、これ……」
見渡す限り、人、人、人。
城壁から数キロ行った先に川があるんだけど、その川を挟んで王国側には銀色の鎧に身を包んだ何万もの王国軍が陣取っていた。
一方で川の向こう岸には見たことのない生き物が多数蠢いている。
体は全体的に黒っぽい紫色の体だけど、ある個体は子どものような背丈、別の個体は岩のように屈強な肉体を持っているなどまさに千差万別。
話には聞くけど実際に見るのは初めての魔物の群れだった。
「あれが、魔王軍なの?」
「うん。魔王軍といっても実際に魔王が来るわけじゃなくて、魔物の群れがたくさん集まってできたものを一部の魔人が統率してるだけのものなんだ。しかも魔人が統率しているといっても魔物は知能が低いものが多いからね、互いに連携とかもしないから大抵は少人数でも対処できるんだけど……」
ツジッキーは一度話を区切って状況を注視する。
「今回は想像以上に多いね。詳しい数は分からないけど数万じゃきかないレベルだよ」
「てことは、十万とか……?」
「いいや、あの数……三十万はいるだろうね」
「さ、三十万……」
今、それだけの魔物が王国を落とそうと攻め込んで来ているのだ。
いつもは平和な平原のあちこちで爆発音が鳴り響き、攻撃の応酬が繰り広げられている。
現実感のない光景に私は言葉を失うほかなかった。
「お、王国軍は勝てるのかな……?」
「分からない。今はなんとか食い止めてはいるみたいだけど……もしかしたら時間の問題かもしれないね」
ツジッキーはそう結論を下すが、実際にその通りのことが眼前で起こっている。
たしかに王国軍は隊列を組んで魔物の群れが川を渡ることを阻止できている。
ただ時間がたつごとに王国軍側にも綻びが生じ始めていて、徐々に川を渡ってくる魔物の数が増えているような気がする。
今は膠着状態が続いているけど、それもいつまで続くかどうか分からない。
そう思ったのも束の間、恐れていた事態が起こってしまった。
「あっ!」
隊列を組んでいた騎士団の一部が魔物の突破を許してしまったのだ。
ちょうど前衛にいた騎士隊と後ろに控えていた騎士隊の交代の瞬間と、後衛の魔法使いたちが詠唱のために魔法を放つのを止めた時が重なってしまった。
魔物たちは絶好の機会とばかりに前衛の騎士団を呑み込み、その姿は黒ずんだ紫色の中へと消えていった。
「騎士団が危ない! リコ、早く変身してここから援護するんだ!」
ツジッキーが声高に叫ぶ。
私も全く同じことを思っていたから動こうとするけれど……金縛りにでもあったように体が言うことを聞かない。
初めて目の当たりにした戦場。
全身に怖気が走り、手がガタガタと震えだす。
「はっ、はっ……」
「リコ! 早く!」
分かってる、動かないといけないってことは。
私が動かなきゃさらに被害が拡大することは必至。
私にはそれを防ぐ力があるはずなのに――。
「……ツジッキー、私……怖いよ……」
自分の言葉に愕然とした。
力はあるのに勇気がない。
多くの人に応援してもらって、託されたのにそれでもまだ怖いだなんて。
そんなの……今までの私と何にも変わってないじゃん……。
やっぱり私は弱いまま、変わることなんてできないのかな……。
「リコ」
ツジッキーが私を見上げてくる。
彼の潤んだ瞳に私の怯え切った顔が映った。
この子は今、こんな私を見て何を考えているんだろう?
まだ期待しているのか、とっくの間に失望しているのか。そこから感情は読み取れない。
でも俯くしかできていない私に期待する方がおかしいだろう。
「つ、ツジッキー……わ、私……」
この期に及んで口だけは達者に動く。
何を考えていたわけでもなかったけど、これまでの人生で染みついた負け癖がみっともない言い訳を並び立てようとして――。
それよりも早く、優しげな声音が耳に届いた。
「怖いのは僕だって一緒さ。そしてあそこで戦っている騎士や魔法使いたちもそうだろうね」
びっくりした。
返事をするのに数秒はかかった。
「……えっ。……そ、うなの……?」
「うん。だって命がかかっているんだよ? 怖いのは当たり前さ」
怖いのは私が弱いせいだからだと思っていたのに……誰だって怖いの?
「じゃあ……な、なんでみんな戦えるの?」
ツジッキーは私の疑問に怒るでもけなすでもなく諭すようにゆっくりと答えた。
「自分の大切なものを守るためさ。リコ、君にも命をかけるほど大切なものが、守りたいものがあるはずだ。今、君が逃げてしまえばそれは全部壊されてしまう。そんな時、君はどうする?」
今の言葉で多くの人の顔が脳裏に浮かんだ。
ツジッキー、ウィル、クラスのみんな。とても大切な人たち。
こんな私を見捨てないで、友達だと言ってくれて、助けてくれた人たち。
その人たちを、私はどうしたいのか。
考えるまでもない。
そんなの当然決まっている……!
「絶対に守りたい!!!」
そう誓った瞬間、私は身に着けていたペンダントを天に掲げていた。
白くまばゆい光が辺り一面に広がりだす。
身に着けていた魔法学校の制服が光の粒子に包まれて、輝いて、そして魔法少女の服装へと変わっていく。
ピンクと白のフリルスカート、純白の手袋、フリルソックス、赤色のメリージェーン。
人生二度目の魔法少女への変身だった。
変身を終えて魔力があふれ出してくるけれど、感心している場合じゃない。
私は右手のステッキを高々と持ち上げると、練習した通りに想像魔法を発動させる。
虚空から生まれる、火の種。
パチパチとゆらめく弱弱しい火が、燃え盛る炎となって、恒星のように光り輝く火球となることを脳内に思い描く。
ステッキの先には半径1メートルほどの火の玉が浮かんでいた。
「はああぁぁ! やあああぁぁぁ!!!」
勢いよくステッキを振り下ろした。
火球は王国軍の間隙を縫うようにして魔王軍に向かって猛スピードで直行し、川の対岸で爆発を引き起こす。
まばゆい光が届いたあと数秒遅れて轟音が平原一帯に鳴り響く。
立ち込める煙が晴れると、平原の中央部に城壁からでも分かるほどのクレーターができていて爆発の威力を物語っているとともに、そこにいた魔物たちの姿はなかった。
「もう一発!!!」
今度はステッキで空中に一度大きな円を描くと、辺り一帯にそよそよとそよ風が吹き始める。
風を見えない糸を巻き付けるようにステッキの上に集めるイメージを構築すると、小さな竜巻が魔王軍の中心部に出現した。
思いっきりステッキを回すと次第にそれは勢いを増していき、終いにははるか上空まで立ち上る巨大なサイクロンとなった。
それに魔物たちが次々と巻き込まれて行き、吹き飛ばされていく。
「はああぁぁぁ!!!」
全力で魔力を込めると、サイクロンは川の向こうの平原を縦横無尽に駆け巡り全てを呑み込んでいく。
私は無我夢中で全力で魔法を放ち続けた。
魔力が底をつくまで、魔王軍を全て蹴散らすべく魔法を行使し続けた。
そして――。
「リコ……リコ!」
ツジッキーの呼び声で目を覚ました。
「……あ、あれ、私……」
視界いっぱいに広がるのは真っ青な澄んだ空。
気づけば私は大の字になって寝ころんでいた。
体は鉛のように重くなっていて、思うように動かせない。
「な、なんで私、寝てるの……?」
かろうじて思い通りに動く口で尋ねると、ツジッキーは焦る様子もなく、
「本当に覚えていないようだね。まあ、無理もないか。あれだけ魔力を消費したんだ。倒れない方がおかしいくらいだからね」
「ま、魔王軍は……魔王軍はどうなったの……?」
「自分の目で確かめてみるといいよ」
ツジッキーの魔力が高まると、電動ベッドのように私の上体が少しずつ持ち上げられていく。
目の前には平原の景色が広がっている。
私は目を疑った。そこから魔王軍は跡形もなく消え去っていた。
サイクロンが通過したあとの平原にはあれだけいた魔物たちの姿はなく、鮮やかな新緑の映えていた平原は無機質な大地と化していた。
「やったね、リコ。君の魔法は素晴らしかったよ」
「これ、全部私がやったの……?」
「そうさ。魔王軍はリコのおかげで全滅さ」
ツジッキーは喜びの表情で私を労ってくれる。
未だに私が魔王軍を壊滅させた事実に信じられないでいると、城壁の下がなにやら騒がしくなっていることに気づいた。
「なに、この声……?」
体を動かし、城壁のふもとを覗き込むと王国軍の兵士たちが一斉に集合し、わーわーと何かを叫んでいた。
「ここからじゃ聞こえないだろうからね。聴力を上げてあげよう」
ツジッキーが遠くの音も聞こえるように魔法をかけてくれると一人一人の兵士たちの声が耳に届いた。
『魔法少女様が魔王軍を撃退してくださったぞ!!!』
『なんとお強いんだ!』
『まさに伝説……伝説の魔法少女リコ様だ!!!』
その全ては私を賛辞する言葉だった。
私はゆっくりとツジッキーの方を見て、やっと芽生えてきた実感をかみしめながら、
「つ、ツジッキー……私、うまくできたの……? みんなを守れたのかな……?」
「もちろん! リコはちゃんと魔法少女として、この国中の人々を守ることができたのさ! お疲れ様。みんなにもいい報告ができそうだね!」
「そ、そっか~……。それは、よか、った……うぅ」
それを聞いた途端に私の体は空気を抜かれた風船みたいによれよれとなってしまって再度倒れ込んでしまったけど、胸の中は大きな安心感と達成感でいっぱいだった。




