犠牲
始業前に始まった魔王軍との戦いは太陽が昇り切る前にすでに終わっていた。
戦いに勝利した王国軍の兵士たちは城壁の正門から領内に凱旋し、王宮へと続くこの国一番の大通りを進んでいた。
勇敢なる兵士たちの姿を一目見ようと街中の市民が通りに集まって来ていて、歓喜に沸いている。
その祝賀ムードの中、私は王国軍に交じってひっそりと歩いていた。
私って目立つの苦手だからこっそりと学校に戻ろうと企んでいると。
「リコも出た方がいいよ。こんな名誉なこと中々ないからね」
ツジッキーの強い要望によってこうして王国軍の一員として参加することになってしまったのだった。
私なんてぽっと出の魔法少女だし、知名度もないし、参加しても「誰あの子?」って言われるのがオチだと思っていたんだけど。
「魔法少女様ー!」
「助けてくれてありがとうー!」
老若男女問わず色々な人が満面の笑みを向けてくれた。
最初は名前を呼ばれるごとに照れくさくなってしまってお辞儀をしてそそくさと立ち去る、といかにも内気な私っぽいことをしていた。
でも何度も繰り返しているうちに同時に誇らしさが芽生えていることに気づく。
これまでの人生、人を助けたことなんてほとんどなかった。
だけど助けてあげれば、こんなにも感謝されて清々しい気持ちになるんだ……。
「ね? 来てよかったでしょ?」
まるで心を見透かしたようにツジッキーが私の顔を覗き込んでくる。
「う、うん……。でも別に私、大したことなんかしてないのに、こんなことしてもらってもいいのかな? 最前線で戦ってた人たちの方がよっぽどすごいよ」
ツジッキーは私の一言にため息を一つ。
「はぁ、リコも素直じゃないなー。じゃあ聞くけどその人たちを助けたのは誰だい? 紛れもない君だろう? 君が彼らを助けたからこうして多くの人が笑顔でいられるんだ。そしてそれを認めてる。これは君が頑張ったから見られてる景色なんだよ?」
「私が頑張ったから、この景色がある……」
自分でも口に出してみてやっと実感が湧いてきた。
私は魔法少女としてできるだけのことをした。怖かったけど頑張った。
それなら少しは自分がしたことを認めてもいいのかな……?
「おねえちゃん、ありがとうー!」
小さな女の子が私に向かって叫んで、手を大きく振っている。
太陽のような、眩しくてとびきり明るい笑顔。
この笑顔に自信を持って応えてもいいのかな……?
その資格があるのかな……?
私はぎこちないながらもできるだけ精一杯の笑顔を作り、その子に手を振り返そうとした。
その時、私のそばをこの世の終わりのような顔した大きな男の人が通り過ぎた。
彼は私の後ろに運ばれていた棺桶の近くに膝まづき、屈強な面持ちをわら半紙のようにくしゃりとゆがめて大粒の涙を流した。
「うぅ……なんで、なんで先に行っちまったんだ……帰ってきてくれよ! おい……返事、してくれよ……」
棺桶の上に小さな水たまりができていく。
「あの人の友達、軍の騎士をやっててさっきの戦いで亡くなってしまったんだって」
ツジッキーの一言に私は完全に手を下ろした。
「……わ、私がもっと早く行っていれば……もっと早く魔法を出していれば……」
そうすればもしかしたらその人は死なずにすんだかもしれない。
友達と笑って再会できていたかもしれない。
なのに、私のせいで……。
後悔と罪悪感がじわじわと水に落とした黒の絵の具みたいに広がって、底なし沼のように私を引きずり込んでいく。
「リコのせいじゃないよ。だって君は君の全力を尽くしたじゃないか。今回の魔王軍の侵攻は突然のものだった。彼には気の毒だけど、本当にどうしようもない犠牲だったんだ」
……確かに、そうかもしれない。
私が早く行ってても結果は変わらなかったかもしれない。
だけど……あの涙を止められた可能性はあったし、目の前の現実は変わらない。
なら、私はどうすればよかった? どうすればいい?
自問自答の果て、辿り着いた答えをもって私は固く決意した。
「もう、こんな景色見たくない。誰にも泣いてほしくない。大切な人を失ってほしくない。だから私……もっともっと頑張る」
「そうだね。この戦いで犠牲になってしまった人たちの意志を生きている僕たちが継いでいかないといけないね。彼らが戦ってまで守りたかったをものを守るために」
この気持ちと光景を心に深く刻みつけて、私は振り返らずに歩みを進めた。
この場にいる権利はない。私の居場所はここじゃない。
今から行けば午後の実技に間に合う。
少しでも魔法を鍛えて強くならなければいけない。
今の思いを忘れないように、決して後悔しないように。
繰り返してはいけないんだ、この悲劇を。
そう思って王国軍の列から外れ、魔法学校へと向かおうとした最中、人ごみの中から私に向かって一直線に飛んでくる影が見えた。
「リコ!!!」
私をそう呼ぶのはこの世界では二人だけ。
無意識に声の主を探してしまう。
ごった返す人々の中、特徴的な色の長髪が彼女の存在を際立たせていた。
彼女は私の姿を認めると、乱れてしまった髪なんて構わずにこちらにやって来て、私を強く抱きしめた。
「ウィ、ウィル? ここまで来てどうしたの? 学校があるんじゃ……」
「今はそんなのどうでもいいでしょ! リコ……無事でよかった……」
彼女の手は少し震えている。
顔は見えないけれど、声の調子とか時々体が揺れているのを見るともしかして泣いているように思えた。
「そこまで心配してくれなくてもよかったのに」
「バカッ! 心配するに決まってるでしょ!」
ウィルは私から離れて不安と怒りと安どなど、何種類もの感情をブレンドしたような目を向けてきた。
瞳は少し潤んでいて、端に小さな水滴が浮いている。
そんなに心配してくれてたんだ……。
予想以上の反応に思わず面食らってしまったけど、それ以上に胸の底から嬉しさが湧き上がってくるのが分かった。
私は真正面からウィルの目を捉えると、本心を伝えた。
「……ありがとう、心配してくれて。ちゃんとウィルとの約束、守ったよ。無事に帰って来たよ。だから……ただいま」
ウィルは目じりを拭って一拍おいてからいつものように明るく笑った。
「おかえりなさい、リコ!」
全ての人がこんな笑顔になれるように。
悲しみの涙を流さないように。
ウィルとの再会を喜びながら、私はそう固く誓った。




