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不穏

 魔王軍の侵攻から一週間経った日の放課後。


「リコ、帰りましょ」


 日課というより習慣と化していたウィルとの帰宅。

 普段なら喜んでご一緒させてもらうところを今日は手を合わせて断る。


「ごめん。今日は先帰ってて」


「あら、何か用事?」


「うん。さっき先生に話があるからって職員室に呼び出されちゃって」


「先生に? なんで?」


「それが分からないんだよね。でも今後に関わる重要なことだから絶対に来てくださいって」


 理由は皆目見当もつかないけれど、呼び止められた時のリアム先生の目からはいつもの穏やかさは消え失せており、真剣みが漂っていた。


 あんな先生見たことがないから、それほどまでに大事な話なのだろう。


「だからウィルは全然先帰ってて。ちょっと長引きそうだし、ウィルもこの後習い事あるんでしょ? 待たせるわけにもいかないよ」


 私は再度そこを強調した。

 自分の都合で人を待たせちゃうのは申し訳なさでいっぱいになっちゃって先生の話を集中して聞けそうになかったから。

 当然これが二人にとって最善だと踏んでいたんだけど、予想に反してウィルはちょこっとだけ唇を尖らせた。


「……ふーん。なら仕方ないけど……むー」


「ど、どうしたの? 何か不満なことでもあった?」


「べっつにー? 全然気にしてないから。私、そんな器小さくないから」


「? う、うん……」


 ウィルの気持ちをうまく読み取れないでいると、彼女はより一層じとっとした目を向けてくるけど、「鈍感なんだから……」と小さくため息を吐いて、


「じゃあ職員室まで一緒に行かない? どうせ玄関と職員室に向かうなら同じ方向になるんだし。それならいいでしょ?」


「う、うん。もちろん。行こ」


 私たちはそれぞれ帰り支度を終えてから教室を出た。

 すると廊下が多くの生徒たちでごった返していた。


「うわ、すごい人ね。もう少し早く出るべきだったかしら」


「ごめん。私が支度遅かったせいで……」


「別にリコのせいじゃないでしょ。いうなら学校……いや、魔王軍のせいだわ」


 なぜこの大混雑が魔王軍のせいなのか、というのはここ数日の環境の変化で説明がつく。


 一週間前、王国軍の活躍により無事魔王軍の侵攻を退けることに成功したブライト王国だったけれど、楽観的になっている人は少なかった。


 というのも今回の侵攻は過去最大規模のものだったし、多くはないとはいえ犠牲者まで出してしまい、死者ゼロの無敵の王国軍神話が崩れてしまったからだ。


 みんな口に出しては言わないけど、もしかしたら次の侵攻があれば王国は落とされるのでは、という小さな不安が心に渦巻いているんだろう。


 王国に漂う見えない不穏な空気感はついに政府まで動かしてしまった。

 昨日の朝、リアム先生は朝のホームルームで開口一番こう言った。


「大事なお知らせがあります。王国政府からの通達により今後しばらくの間は放課後の活動が制限されることになりました。クラブ活動や魔法の自主特訓はもちろん、遊びに外出するのも禁止。授業が終わり次第すぐに下校し、外出をしないように」


 これが聞かされた時はクラス中で大ブーイングが巻き起こっていたけど、それも今日には収まってしまっていた。


「魔王軍が攻めてくる前だったらリコと一緒に魔法の練習したり、クラスの子たちと遊んだりできたのに……ホント嫌になっちゃうわね」


「うん……でも、しょうがないよ。もし放課後外出てるのバレちゃったらすごい怒られるらしいし、最悪退学だって聞いたし……。それに今は放課後呑気に過ごしてる場合じゃないっていう空気があるしね」


「そうね。ついこの間まで学校もクラブ活動してる生徒で放課後も活気があったのに……なんだか別の学校に来ちゃったみたい」


 ほんの少しだけ寂れた学校を悲しく思いつつ、玄関でウィルと別れる。

 玄関を通り過ぎて、滅多に訪れない職員室に辿り着く。


 ノックをしてから入るものの、先生たちは相変わらずせわしなく走り回っていて、わざわざ私にかまう先生は一人もいない。


 担任であるリアム先生も例外なく自分の机で書類と睨めっこしていた。


「リアム先生」


 少し気が引けたけど、呼び出されたわけだから思い切って声をかける。


 先生はハッと気づいたように顔を上げると、瞬時に微笑みを作り出して、


「ああ、ごめんごめん。急に呼び出しちゃったけど大丈夫だった?」


「いえ、全然大丈夫です」


「どうぞ、座って」


 先生の出してくれた丸椅子に座ると、彼女はいつもと変わらぬ穏やかな語り口で話し始める。


「今日君を呼んだのは明日からの個別の特別授業について話しておきたかったからなんだ」


「特別授業、ですか?」


 聞き慣れない単語を反復すると、先生は引き出しから何かの書類を取り出す。


「今日までは午前中に学科を受けて午後に実技をしていただろう? でも特別授業は午前も魔法の練習をするんだ。講師は王国軍魔法部隊所属の上級魔法使いに来てもらうことになってる。君はすでにその域を超えているけど、きっと学ぶこともあるはずだから。詳しいことは明日の午前中に説明するけどその前にこの書類にサインを――」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 流れるような先生の説明に私は待ったをかけていた。

 理解が追い付かない頭でも最初に聞くべきことを先生にぶつける。


「な、なんで私にだけその特別授業の話をするんですか? ク、クラスのみんなは受けないんですか?」


 その戸惑いに先生はすぐには答えを返してくれなくて。

 一拍おいて取り繕った微笑みを浮かべてから理由を教えてくれた。


「君は学科の成績がすごくいいだろ? だから学科よりも実技の方を優先するべきだと担任の私が判断して特別授業を受けてもらうことになったんだ」


「わ、私よりも学科の成績のいい子もいるのに、なんで……」


「個別で受けてもらうのは君に合った指導で才能をさらに開花させるため。午前も魔法の授業を受ければこれまで以上に魔法を自在にかつ強力に操れるようになる。そうすれば魔法少女として、さらにこの国の力になれるはずだから」


 『魔法少女として』。

 そう言われてしまっては私には言い返しようがない。

 私がここに来たのは魔法少女になってこの国を魔王の手から救い出すため。

 それを拒否してしまえば私がここにいる理由はなくなってしまう。


 黙り続ける私を見て、先生は特に何を言うでもなくいつもの優し気な口調で、


 「君の気持ちも分かる。いきなりこんなこと受け入れられないよね。でもあくまで指導方針が違うだけで君がクラスの一員であることには変わりはないから」


「で、でも――」


「それに学科と魔法で優秀な子がいれば君と同じカリキュラムを受けてもらえる。だからまずは君がクラスの手本として、受けてもらえないか?」


 今の、先生はわざと私の言葉にかぶせてきた。

 そんなのが分からないほど私は鈍感ではない。

 でも、その意味が分からないほど鈍感でもないのだ。


「…………分かりました」


 私は差し出された書類の署名欄にサインをすると、先生は再度微笑んだ。


「……はい、確かに受け取りました。頑張ってな。何か困ったことがあったらすぐに私に言って。力になれるように先生もできるだけ頑張るから」


 その時見た先生の瞳は、かすかに揺れていたような気がした。

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