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お話

 明日からの特別授業の書類を受け取り、私は一人で家路についていた。


 ウィルは先に帰っちゃったし、馬車も待ってないだろうから歩いて帰ろうと思っていたのに、校門前にはちゃんと王家の紋章の入った馬車が堂々と佇んでいた。


 わざわざ私なんかのために、と多少の申し訳なさを覚えつつも、せっかく待ってもらっているので御者の人にお礼を言って乗り込んだ。


 ちなみにツジッキーは一緒ではない。


 最近よく、「ごめんね。今日は野暮用があるんだ」と言ってふらりとどこかに行ってしまうのだ。


 以前からたまにそんなことをしていたんだけど、特に魔王軍の侵攻以降は顕著になった。

 まあ、ツジッキーは大精霊とか言われてるし私が知らないだけで色々な仕事をしているのかもしれない。

 一緒にいてくれた彼が近くにいないことに物足りなさを感じながらふと馬車の窓の外を見る。


 中世的な石造りの街並み。色とりどりな商店。中心にそびえ立つ王宮。

 景色は来たときと何も変わらないけど、街を行き交う人々の表情は大きく変わってしまったように思う。


 笑顔は少なく、不安そうな、何か怯えている顔をしている。

 はしゃぎまわる子どもたちの姿もなく、街全体に彩りがない。

 魔王軍の侵攻は確実にこの国に影を落としていた。


「前の街に戻ってほしいな……」


 つい一週間前の街の姿を思い浮かべながら、私は馬車に揺られ続けた。




 王宮に帰ると、街や学校とは対照的に普段通りの風景が広がっていた。


 お手伝いさんが廊下をひっきりなしに往来して料理の準備や洗濯に勤しんでいる。

 彼ら彼女らは私とすれ違うたびに笑顔で挨拶をしてくれて、その変わらない光景に少し安心感を覚えている自分もいた。


 自室へと向かった私はさっさと宿題を片付けて、晩ごはんを食べてお風呂に入って、寝る前に読書をするという普段のルーティンを実践する。


 こういう時こそ変に気張らず、いつも通りに過ごすことが精神的な安定感につかがると思ったから。


 そうして一時間ほど読書に集中し、心のざわめきが治まって来た十時頃、部屋のドアが軽くノックされた。


 こんな時間に誰だろう?


「は、はい」


 私の返事に扉の向こう側から一番の精神安定剤といっても過言ではない、親しみ深い声が聞こえてきた。


「リコ、私よ。入ってもいい?」


「ウィル!」


 すぐに立ち上がってドアを開けると、ニコリと目を細めたウィルが姿を見せた。


ウィルは特に着飾った様子もない風にパジャマを着ていて、私も似たようなパジャマなのに私よりも断然綺麗に見えるし、オーラがある。


 それは彼女が王族だからなのか、はたまた彼女自身が生まれ持ったものなのかは定かではない。

 しかしその立ち姿には同性の私ですら見とれてしまいそうだ。


「どうしたの、ボーっとしちゃって」


「え、あ、ううん。なんでもない。入って入って」


 ウィルは「おじゃまします」と言って少し遠慮がちに部屋に入ってきて、ベッドに腰かけたのだけど、今にして思えば私、友達を自分の部屋に招き入れるの初めてじゃない?


 うわっ、嬉しくてつい勢いで部屋に入れちゃったけど、この後どうすればいいんだろう。


 お菓子でも出す? いや今は夜だし、第一そんなのも持ってない。

 ならお茶でも、って私お茶なんて淹れられるほど器用じゃないしどうすれば……。

 

 これまでの人生で経験を積んでこなかったことを後悔していると、ウィルがキョロキョロと私の部屋を見回していることに気づいた。


 ま、まさか――。


「わ、私の部屋、何か変?」


 ウィルはハッとこちらに視線を定めて、


「え。いや、そういうわけじゃないの。ただ……この部屋、リコが使ってるんだなーって思って」


「? そ、そうだけど……なんかまずかった?」


「えっと、そういうわけじゃなくて……」


 はっきりとした物言いのウィルだけど、今はすごく歯切れが悪い。


 どうしたんだろ?


 答えを待ちつづけていると、ウィルが言おうか言わないか迷ったあげくやっぱり言おうと決意したかのように口を開いた。


「実はこの部屋、昔、私のお母さんが使っていた部屋なの」


「へ、へー。そうなんだ……。ウィルのお母さんが……ん?」


 ちょっと待って。

 ウィルのお母さんってことは……女王様ってこと!?


「ええ、そうなの!?」


 私の仰天っぷりにウィルはクスリと笑った。


「やっぱり知らなかったのね。大精霊様もロンさんも言ってなかったってことね」


「そ、そんな部屋をただの庶民の私が……す、すぐに出ていった方がいい!?」


「なんでよ。言ったでしょ、昔使ってた部屋だって。それに今はリコの部屋なんだから思う存分使えばいいじゃない」


 そう言ってくれてもなんだか気が引けちゃう。

 もしかしたらあの二人がこの話をしていなかったのは私が変に気を遣わないようにしていてくれたということなのかもしれない。

 

 ん? でもちょっと待って。


 この部屋は王様やウィルたちが住んでいる王宮の最上階とはそこそこ離れたところにある。

 それにこのフロアは政府の高官とかが住んでいるところで確かに格式は高いんだけど、女王様が使うにはちょっと違うような気もする。


「なんで女王様はこの部屋を使っていたの?」


 その質問にウィルはあっさりと。


「お母さん、王国軍の魔法部隊の隊長だったの」


「ええっ!?」


 魔法部隊の隊長といえば王国軍の中でも最高の実力と人望を持つ魔法使いしかなれないもので、まさしくこの国の魔法使いの頂点たる存在だ。


 待って、全然話が呑み込めない……と思っても口に出さなければ通じるはずもなく、ウィルは母君のお話を続行。


「元々はちょっと位の高い貴族のお嬢様で、昔からお父さんと仲がよくてそのまま結婚したらしいんだけど、なにせすごい魔法の才能があったらしくて。私たちの魔法学校を卒業した後、魔法使いになったの」


 ウィルのお母さんは王女様で私たちの学校の先輩で元魔法部隊のトップだった。


 色々と情報が盛りだくさん過ぎて理解が追い付かないよ……。


「実際に強くて優しくて。魔王軍が攻めてきた時も率先して戦ってたって軍の人から聞いたわ」


 膨大な処理量の多さにてんやわんやになっちゃった私は、平々凡々な感想を漏らすことしかできない。


「す、すごいね……あこがれちゃうな」


 その一言にウィルは自分が褒められたかのように誇らしげに胸を張った。


「そうでしょ? ママはすごいんだから!」


「マ、ママ……」


「あっ、いや、違う! お母さん!」


 ウィルは頬を赤く染めてわたわたと否定する。

 その可愛らしい一面を垣間見て、ほっこりとしているとまたしてもふいっと疑問が現れた。


 女王様は魔法部隊の隊長とウィルは言うけど、今の魔法部隊の隊長は確か男の人だったはず。


「今はもう引退しちゃったの?」


 ウィルはすぐに答えずに一拍おくと、


「……そうね。引退したというよりさせられたといった方が正しいわね」


 二つの瞳は悲しそうに伏せられていた。

 そこで私は自分の軽率な発言に気が付いた。


 ウィルは女王様の話をするときはずっと過去形だし、そんな才能ある魔法使いが隊長じゃないってことはウィルのお母さんは……。


「ご、ごめん……」


「いいのよ、もう何年も前の話だし。お母さんは最期まで魔王軍と勇敢に戦った。それで助かった人がいたのなら多分、お母さんも本望だと思うから」


 ウィルは力なく笑っている。

 まるで自分を無理やり納得させるみたいに。自分の気持ちを押さえつけるように。


 なんて言えばいいのか分からなくて、それでも何か言葉をかけようと言うべきことを探していると、ウィルはさらに表情に明るさをプラスして話題を変えた。


「ごめん、なんか辛気臭くなっちゃったわね! つまりね、私が言いたいことはリコがこの部屋を使っていてくれてすごく嬉しいってことなの」


「う、嬉しい?」


「そう。リコは本当に魔法の才能のある子。この国を守る力も資格もある子。そんな子がこの部屋で過ごしてて、頑張ってるって分かって。ちゃんとお母さんの守ってきたものを受け継ごうとしてくれてる人がいるなって思って嬉しくなっちゃったの。だけど……」


 ウィルは一度話を区切って、


「だけど嬉しさと同時に不安もある。リコが自分を犠牲にしてしまうあまり、お母さんみたいにならないかって。私、大切な人を二人も失いたくないの」


 ふいに真剣な瞳で私を見つめてきた。


「リコ、あなた明日から特別授業を受けるんですって?」


「! な、なんで知ってるの!?」


「今日の習い事、魔法の個別指導だったから。今の先生は軍の魔法部隊で小隊長をやってるんだけど、その人の上司の中隊長が魔法少女の指導をすることになったって自慢してて。詳しく話を聞いたの」


 驚くと同時にその小隊長の人、多分言っちゃいけないこと言ってるよ……という感想を抱いていると、ウィルは神妙な面持ちで語りかけてきた。


「リコはそれでいいの? 納得しているの?」


「えっと……正直に言うとあんまりよくはないし納得もしてない、かな……。みんなと一緒に授業受けるの楽しかったし……」


「ならそう言わなきゃダメじゃない」


「で、でも私は魔法少女で、それが私の役目で――」


 私が秘めた責任感を伝えようとした瞬間だった。

 ウィルが私の両肩を勢いよく掴んできた。


「うえぇっ!?」


 突然のことにあっけにとられてしまう私。

 情けない声をあげる私に、ウィルはもう一度こちらをまっすぐに射抜いてくる瞳を向けた。


「リコ、あなたは私のお母さんにすごく似ている。自分を犠牲にしてまで、何かを守ろうとする。それはとても殊勝なこと。だけどね、自分がいなくなったら悲しむ人がいることを忘れないで」


 その目にはいくつもの感情が重なっていた。


 お母さんはすごかった。勇敢だった。そんな美談なんてどうでもいい。

 ただ生きてもう一度会いたかった。

 なのにそんな当たり前のことすら叶わなかった。

 もう二度と同じことは繰り返したくない。


 多分これがウィルの本当の気持ちなんだろう。


 そして彼女が私に望んでいることのようにも思えた。


「魔法少女としてその選択は間違いじゃない。でもリコという一人の人間としてはどうなの? 自分の嫌なことは嫌だと言わなきゃいけないの。リコがどうしたいか、どうやって生きたいのか。それを決めるのは他人じゃない、あなた自身よ」


「……!」


 言われて初めて気がついた。


 確かに魔法少女になると決めたのは自分だけど、魔法少女としての選択も、私自身の選択も本来ならどちらも等しく尊重されるべきはず。


 なのにいつの間にか私は野山リコとしてではなく、魔法少女リコとしての選択を優先するようになっていた。


 それなら……。


「わ、わがまま言っても、いいの?」


「そもそもそれはわがままではない。正当な権利よ。学校が生徒の意志に反して半強制的に授業形態を変えるなんて聞いたことがないわ。お父さんに言って、そんな授業なくしてもらえるように頼んでみる。そもそもなんでリコがそんな授業を……。まさか――」


 ウィルは何かに気づいたように勢いよく立ち上がる。

 けど、次の言葉を継ぐこともなく時間が止まったように制止してしまう。


「……ウィル? どうしたの?」


「……あれ? なんで私、リコの部屋にいるんだっけ? あれ、何も思い出せない……どうしてだっけ……? お、思い出せない……思い出せないわ!!!」


 突然ウィルは頭を抱えてしゃがみこみ、顔をひどくゆがめだした。

 額には汗が滴り、視線は床の一点を見つめている。


「うあぁぁぁぁ!!! 痛い、頭が痛い!!! ううぅああぁぁぁ!!!!!」


 それは錯乱状態といっても過言ではなかった。


「あ、頭痛いの!? 大丈夫!? しっかりして! だ、誰か! 誰か助けて!」


 私はウィルに寄り添いながら目いっぱいに叫んで助けを求めた。

 その時、その叫びに呼応するかのようにドアが開いた。


「どうしたんだい?」


 努めて平常通りのツジッキーがやってきてくれた。


「ツジッキー! ウィルが! ウィルが変なの!」


 ツジッキーに医療の知識があるのかは分からないけど、この際そんなこと言っていられない。


 気が動転していた私がそう叫ぶと、ツジッキーはゆっくりとこちらに歩み寄って来た。


「僕が見よう」


 そして耳を聴診器みたいにしてウィルの体に当てていく。


 大丈夫なのかな……? 早く病院とか行った方がいいんじゃないかな。

 数多の不安がうずまいていて内心全く穏やかではなかったんだけど。


「はぁ……はぁ……ふー、ふー……」


 乱れ切っていた呼吸はゆっくりとしたものに変わっていき、ウィルは少しずつ落ち着きを取り戻していって、最終的にはくったりと眠り込んでしまった。


 すーすーと寝息を立てるウィルを見て、目の前の光景をうまく処理できず固まる私。


「ね、眠っちゃったの?」


「催眠魔法をかけて眠らせたんだ。色々と診てみたけど、どうやら少し疲れすぎていたようだね。でも大丈夫、このまま一日眠れば治るはずさ」


 その後、駆け付けたお手伝いさんによってウィルは寝室に運ばれていったので、ひとまず胸をなでおろせた。

 それでもその夜は心配で、すぐに寝付くことはできなかった。

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