会合
時はウィルがリコの部屋を訪れる一時間ほど前にさかのぼる。
ブライト王国王宮内。
王族が暮らす塔の、ある一室にて極秘の緊急会議が行われていた。
開始時刻が近づくにつれて次々と出席者が入ってくるが、姿を見せているのはそうそうたる面々である。
王国政府の各行政機関のトップ、王国軍の総司令官や各部隊長、そしてウィルの実父である現ブライト王国国王までもがこの会合に参加していた。
普段ならば王国の中枢を担う人物が一堂に会することはなく、また会合も日時も公開されるのが常であるが、今回は出席者、日時ともに非公開で王宮内でも限られた人物しかこの会合が行われていることを知らない。
その事実がこの会議の重要性を如実に物語っていた。
「時刻ですので、会合を始めさせていただきます」
開始時刻ちょうどに合図を発したのはロンブランだ。
普段はリコやウィルの御者として働いている彼であるが、実は国の合議機関における長であり、こういった会合においてはしばしば円滑な議論進行のため司会進行を買って出ているのである。
今日の議題はもちろん、先の魔王軍による侵攻について。
ロンブランは出席者全員に資料を配布し、戦況の分析や被害の報告等を淡々と進めていく。
「――以上が今回の侵攻の概要です。結果としては騎士隊所属の騎士数名が死亡しましたが、我がブライト王国軍はほぼ被害を受けることなく、魔王軍の侵攻を退けることに成功しています。数名とはいえ犠牲者が出てしまったのは大変遺憾ではありますが――」
「必要な犠牲だ。仕方あるまい」
ロンブランの話に口をはさんだのは王国軍騎士隊の隊長である。
資料に目を落としながら切り捨てるようにそう言った彼の体躯は一目見て鍛え上げられていると分かるほど立派なもので、眼光も鋭い。
その目に情などはなく、おそらく幾人もの犠牲者を戦場で見てきたからこそ発された言葉であることがうかがえる。
騎士隊の隊長は資料から視線を上げるとロンブランを視界に捉えて、
「教育機関への通達は完了したのか」
「そちらに関しましては私の方からご説明させていただきます」
するとロンブランではなく、眼鏡をかけた三十代半ばの女性がすくっと立ち上がり報告を開始する。
彼女もまた若くして教育を司る行政機関のトップの座についた、選ばれしエリートである。
「王国全土の教育機関にへの通達、完了しております。魔法学校を始めとする教育機関に通う生徒は全て放課になり次第帰宅させ、安全を確保させています」
それに騎士隊長は満足げに頷く。
「魔王軍への内通者の話も聞く。そいつらに国の宝である子どもを奪われるわけにはいかん。特に将来王国軍で活躍しそうな人材は徹底的に保護しておけ」
「了解しました」
「そういえば、今の話で思い出しましたが魔法少女はどうなっているのです?」
今、二人の会話に参加してきたのは王国軍魔法隊の隊長である。
前隊長である女王の後を引き継ぐものとして十二分の才覚を持ち合わせており、魔王軍との戦闘で片手を失ってしまったが、それでも魔法においては王国内で彼の右に出る者はいない。
唐突な質問にも女性は丁寧に回答していく。
「魔法少女様につきましては前回の会合での決定に従い、所属する魔法学校への指示を行いました。特別授業を受けていただき、さらなる魔力と技術の強化を図り、魔法の強化に努めていただくことになっています」
魔法隊長は想定した答えが得られたことで柔和な笑みを浮かべる。
「いいですねー。今回の戦いで魔法少女は重要な戦力であると判明しましたのでね。正直魔法少女の実力については懐疑的だったのですが、あれは間違いなく本物です。目の前で魔法を見せてもらいましたが、軍の上級魔法使い、いやもしかしたら私以上かもしれませんね。あれでまだ魔法を習って一ヶ月とは。天才……いや化け物です、あれは」
「確かにあれは並大抵の魔法ではなかった。貴重な人材だ。特別授業かなにかは知らないが、壊さないようにしろよ」
「承知いたしました」
「私からも魔法少女の指導役の者にそう伝えておきましょう。まあ、彼女は私の部下ですし、そんなことはしないと思いますがね」
前回の会合における議題の処理が完了したことを受け、司会のロンブランが話を進める。
「それでは前回同様今後の方針を決定していきたく思うのですが、ご意見のある方はいらっしゃいますか?」
それに反応し、立ち上がったのは経済を司る行政機関の長だ。
「それについて一つ報告したいことが。先の侵攻により王国全土で経済活動の鈍化が見られています。市民が怯え、外国との貿易量も激減。物資の流通も滞っており、一部物資が不足し始めています。対策が必要かと」
それには騎士隊長も賛成の意を示す。
「それは王国軍の威信にも関わる問題だ。これまで無傷の王国軍と謳って大量の軍事費を受け取っておきながら不意打ちとはいえ今回は死者が出てしまった。このままでは経済鈍化と市民の不満の高まりで軍事費が不足するやもしれん」
「しかし経済対策を優先させると、今度は国防がおろそかになりませんか? もし再び魔王軍が攻め込んできたらどうするのです?」
「そんなことが起こる前に経済回復を目指せばいいだろう」
「楽観的ですね、騎士隊長殿は」
「貴様、喧嘩売っているのか?」
「いいえ、毛頭そんなつもりは。ただあなたの見通しが甘いという事実を述べたまでです」
「お前……!」
「まあ、お二方。落ち着きなさって」
元々犬猿の仲である騎士隊長と魔法隊長をロンブランがなだめる。
一見両者は個人の感情を会合の場に持ち込んだだけかに思えたが、実際にはどちらの意見も一理あるのだ。
どちらかを優先させればどちらかがおろそかになる。
リスクを取って国の活動を元に戻すのか、それとも安全策を取って防衛に努めるのか。
この会合に出席している全員が知恵を振り絞りながら各々の考えをまとめようとしている中、緊張感のない声が密室にこだました。
「じゃあ今度はこちらから魔王領へ攻め込むのはどうかな?」
皆が驚いたように一斉に声の主へと視線を向けた。
「……大精霊様、それはどういう意味で?」
沈黙の中、ロンブランが司会らしくその真意を推し量ろうと問うと、大精霊はあっけらかんと続きを語りだす。
「そのままの意味さ。不意打ちには不意打ちで返す。王国軍の兵力を結集して今度はこちらから攻勢に出るんだ。やつらは今、侵攻に失敗したあげく弱体化して士気も落ちているだろう。今が絶好の機会さ」
「しかし……それはあまりにもリスクが高いのではないですか? もしそれで軍が甚大な被害を受ければ王国は誰が守るのです?」
魔法隊長の言葉に大精霊は首を振り、
「何を言ってるんだい。君たちも分かっているんだろう? このままではいずれ王国は滅ぼされる。今回は魔法少女がいてくれたからなんとか撃退できたものの、あの子がいなかったらこんな被害では済まなかっただろうね。それに魔王軍はまだ本気を出していないと思うよ」
皆がうすうす気づいてはいたが、周りに遠慮して口に出さなかったことを臆することなく言い放つ大精霊。
図星であるためこの場の誰も何も言い返すことができない。
「それにさっきの話の通りなら国内経済も人の交流も下降気味。このままだと軍事費も集まらないよ。だったら今こそチャンスさ。魔王領に攻め込むからには多くの物資が必要だろう? それを全て王国内から調達して経済を活性化させるんだ。さらにもしこの作戦に成功すれば王国軍の名声はさらに高まるだろうね」
この場のほとんどの人間がその魅力的な提案に息を呑む。
「確かにそうだ」
「なるほど」
「しかし失敗してしまえば――」
新たな一石を投じる提案には違いないものの、多くのメリットとデメリットを内包する議題なだけに議論は紛糾。
各界のトップが結集したこの場においても結論が出る気配はなかった。
そこでロンブランは一人の人物に判断をゆだねることにした。
「国王様、いかがなさいますか」
ブライト王国国王。
彼の判断はこの王国では絶対であり、誰にも逆らうことはできない。
しかしそれは必ずしも絶対君主的なものを意味しない。
幼い頃からあらゆる学問や武術に精通し、その知識と才能と経験、己の全てを国民のために捧げてきた、まさに国民の手本たる存在。
王位についてから下してきた判断が常に最良の結果をもたらしてきたという信頼。
それがこの場にいる選ばれし人々が彼の決定に全幅の信頼を寄せることがそれを証明している。
しかしロンブランに呼びかけられた国王は微動だにせず、魂を抜かれたように虚空を見つめるだけ。
「……国王陛下?」
不審に思ったロンブランが再度返事を促すと、国王は感情のこもっていない、機械のような口調で決定を下した。
「……だい、精霊の、言う……通り、だ。ブライト、王、国の、民を守るため……名誉、を、守るため……平和を、成し遂げる、ため…………魔王を打ち倒すのだ……」
その話し方にほとんどの者が疑問を覚えたものの、大精霊の軽い口調がそれを吹き飛ばした。
「陛下もこう言っておられるし、みんなで協力してやつらを根絶やしにしよう!」
一瞬静寂が密室に充満したものの、国王の指示も相まってため込まれた鬱憤が破裂するかのように一気に室内の士気が高まった。
「そうと決まればすぐさま計画を練らればいけませんな。では皆様、一旦落ち着いてご着席願います」
ロンブランがそう呼びかけるが、一度高まった議論の熱は中々冷めない。
それ自体は悪いことではないため、ロンブランは一旦熱気が落ち着くのを待とうとしたところで、大精霊が部屋を出ていこうとしていることに気づいた。
「大精霊様、どちらに?」
大精霊は振り返ることもなく、立ち止まって、
「ちょっと用事ができちゃってね。僕はこれで失礼するよ。あとはみんながいいアイデア出してくれること期待してるね」
大精霊は会合を後にすると、自分の部屋兼リコの部屋に急いだ。
「あの子もリコに余計なこと吹き込まないでほしいな~」
そう独り言ちながら。




