変容
翌日の朝。
いつも通りに王宮の門前に停められている馬車に向かっていると、後ろから快活な声がかけられた。
「おはよう、リコ!」
この声は。
私は自然と笑顔を向けつつも、心配を含ませた声音で、
「ウィル、おはよう。……その、体は平気なの? 熱とか頭痛いとかない?」
「全然平気よ。むしろ元気が有り余っているくらいだわ!」
ウィルは自らの健康を示すようにニコリと眩し気な笑顔を見せる。
強がってるだけなんじゃないかと思ってじっとウィルを観察してみるものの、本当に元気そうで昨日の様子が嘘みたいだ。
それでも病み上がりだから無理してほしくないな、と思っていたらツジッキーが私の肩にひょっこりと乗って来て。
「おはよう、ウィル。その様子だともう大丈夫そうだね。治ってよかった。ちょっと疲れていたのかな?」
「おはよう、大精霊様。そうかもしれないわね。でも寝たらこの通りよ。心配をかけてしまったわね」
「いやいや、君が元気で何よりだよ。やっぱりウィルは元気が一番似合うね」
「ふふ、ありがとう」
とかツジッキーのちょっと気障なセリフを聞きつつ、三人で馬車に乗り込み学校へと向かう。
カタカタと小刻みに揺れる馬車の中、普段なら雑談に華を咲かせるところで、今日は昨日の話の続きを切り出した。
「それでね、ウィル。昨日の話の続きなんだけど……」
「……昨日の話?」
ウィルは困ったように顔を曇らせる。
「ごめんなさい、なんだったかしら。私、あまり覚えていなくて」
「えっ、そ、そうなの? でもあれだけ調子悪かったら覚えてなくても仕方ないか……」
ウィルは首をひねりつつも、やっぱり思い出せないようで、
「ごめんね」
「ううん、全然。じゃあ最初から話すよ」
私が昨日と全く同じ流れで特別授業のことを話すと、ウィルは昨日とほとんど同じリアクションをとった。
「なによ、それ! あんまりじゃない!」
この初耳としか思えない反応、本当に忘れてしまっているらしい。
でもこれはウィルの方から持ち出してくれた話なのに、本人も忘れているなんてなにか変だな……。
そんな名状しがたい違和感に囚われていたけど、ウィルが会話を続けたのでそれはたちまち消えてしまう。
「リコは特別授業受けたいの?」
「いや……本当のことを言うと、あんまり受けたくはないけど……」
「なら学校に着いたら先生に抗議しに行きましょ! 生徒の意向を無視して話を進めるなんて言語道断よ!」
ウィルはまるで自分のことのように怒ってくれる。
この子が一緒なら、もしかしたら……。
なんて楽観的に見積もっていると、平常運転な口調でツジッキーが指摘してきた。
「もう無理なんじゃないかな。リコの話だとその授業今日からなんでしょ? さすがに間に合うとは思えないんだけどな」
「でも昨日の今日で急すぎるでしょ! やり方があまりにも横暴だわ!」
「それは僕も思うよ。だけどリコはもう授業変更の書類にサインしちゃったんだよね? それで後からやっぱりなしでって言っても聞き入れてもらえるかな」
「うっ……。た、確かに……」
うかつだった。
あの時は雰囲気的にサインをする流れだったからよく考えずにサインしちゃったけど、まさかそれが仇になるとは。
ツジッキーは淡々と意見を述べ続ける。
「それにウィルも分かっているだろう? リコは魔法少女で特別な存在。成長に合わせて授業の形態を変えることくらい何もおかしなことじゃない。むしろこれまでみんなと同じ授業を受けてきたことが変だったのさ」
「でも――!」
反論を試みたウィルだったけど、言い返す言葉が思いつかないのか口を開いては閉じるを繰り返す。
その様子を見て、私は精一杯の笑顔を作りながら会話に入った。
「ウィル、ごめんね。確かにツジッキーの言う通りだよ。そもそも私が昨日先生と話したときにはっきりと断らないでサインしちゃったのが悪いんだから。それに受ける授業は違うけど同じクラスメイトであることには変わりはないし」
ウィルはやっぱり何かを言いたそうに口を開きかけるけど、最終的には悔しそうに、悲しそうに肩を落とした。
「……そう。リコがそう言うなら、何も言わないわ……」
その姿に罪悪感がのしかかってくる。
私はどこかで、ウィルならもしかしたら私の代わりに特別授業について反対だと言ってくれるんじゃないかって思ってた。
けどそれは、ウィルを体よく利用しようとしていたってことに他ならない。
そんな打算的な考え、普通に考えてみれば友達に対してすることじゃない。
こんな私のためにここまでしてくれた友達を相手に……自分の卑しさに腹が立つ。
でも、いくら怒ったって後悔したって過去は消えたりしないから。
私は深く頭を下げた。
「本当にごめん。話聞いてもらって味方までしてもらったのに。でも……頑張って特別授業受けて、もっと立派な魔法少女になるよ。そして、ウィルもツジッキーも王国の人全員、守ってみせるよ」
そう言うしかできなかった。
私にできる唯一の償いは自分の行いに責任を取ることだから。
頑張れば、ウィルもみんなも助かるのならそうするしかないから。
ウィルは私の言葉から少し間を置いてから、返事をした。
「……うん。頑張ってね、リコ。応援しているわ」
ウィルは笑みを浮かべていたけれど、その笑顔が本物かどうかは分からなかった。
学校では普段と授業の流れが違っていた。
朝のホームルームが終わったら昨日までは教室で座学を受ける流れの中、ホームルームの終わり際にリアム先生から、
「リコさんは射撃場へ行ってください」
って名指しで指示されてしまった。
他のクラスメイトと離れるのは少し悲しいけれど、今更あがいてもどうにもならないのも事実。
ツジッキーとともに射撃場へ向かうと、王国軍の制服を身にまとった背の高い女性が私たちの到着を待っていた。
彼女はこちらに目を向けると、丁寧にあいさつをしてくる。
「お待ちしておりました。大精霊様、魔法少女様。ブライト王国軍魔法隊中隊長のベルと申します。以後お見知りおきを」
言葉遣いは荒っぽくなくて強面でもないけれど、言葉も表情も無機質なためそれが別の恐怖をかき立てるような印象の先生だった。
「よ……よろしく、お願い、します……」
久しぶりに人見知りを発動してしまって、おずおずと挨拶を返す私に対し、ツジッキーはやっぱりいつも通りのトーンで、
「よろしくー。話は聞いてるよー。すごい優秀で次の隊長候補なんだってね」
「滅相もありません。まだまだ精進が必要です」
表情一つ変えることなく言うから、本当にそう思ってるんだろうな。
中隊長まで上り詰めても上を目指してるって……もしかしてこの人、相当スパルタな人なんじゃ、と不安の高まりを感じているとツジッキーが耳打ちしてきた。
「鍛えられがいがありそうな人だね」
「うぅ……。あんまり嬉しくはないけど……。でも、魔法が上手くなるにはやるしかない、よね」
「そうだね。今のリコも十分に強いけど、魔王軍を打ち倒すにはさらに磨かれた技量と圧倒的な力が必要だ。頑張ろうね」
「うん……頑張ってみる……」
というわけでベル中隊長のもと魔法の個別指導が始まったんだけど、結論から言うと彼女の指導は午後の実技の比じゃなかった。
午前中はひたすらに魔法の基礎技術や魔力量向上のトレーニングを延々とやらされ、午後は日が暮れるまで実践演習の繰り返し。
授業時間とか関係なく、教えられたことをできるまでずっとやらされた。
それに中隊長は私と同じ想像魔法の使い手らしく、手を抜こうとすればすぐに見抜かれるので、常に全力で魔法を使うしかなかった。
時間が流れるように過ぎ、気づけば夜の気配が近づいてきた午後六時。
「本日はこれで終了です。お疲れ様でした」
「あ、ありがとう……ございました……」
やっと授業から解放された私はその場に座り込んでしまった。
体中のあらゆる部分から悲鳴が上がっていて、徹底指導されたせいで心もすっかりすり減ってしまっている。
ちゃんと覚悟を決めて授業に臨んでいたつもりだったにも関わらず、早くも気持ちが折れかけている。
多分、これを毎日続けていたら魔法はとても上達すると思う。
でもどれだけ上達しても褒めてもらえることはないし、自分事のように喜んでくれる仲間もいない。
昨日までは魔法があるから色々な人とつながれていた。
ウィルやクラスのみんな、ツジッキーや先生だってそうだ。
だけど今はその魔法のせいで離れ離れになってしまっている。
これが正しい道なのかは分からないけど、自分の選んだ道だから今更引き返すなんてことはできなかった。




