成長
特別授業が始まってから二週間、私は以前にも増して日夜魔法の鍛錬に明け暮れていた。
朝は授業を受ける前よりも早起きして朝練に励み、学校では中隊長からの徹底指導を受け、夜も寝る前までその日習ったことを復習するという毎日。
正直に言ってしまうとすごく辛くて楽しくないけれど、王国を守るためなら仕方がないことだと受けて入れて、なんとか日々を過ごしていた。
そんな私にも安寧の時が存在する。
お昼休みに屋上でお弁当を食べているときだ。
特別授業になってからというもの、正規の時間割に則られない独自の時間割で授業が進んでいたから私が昼休憩を取っているときは大体他の生徒たちは授業中だった。
屋上で青空のもと一人でお弁当を食べていると、無駄なことを考えることもなく心身ともに休まることができるのだ。
まあ、ウィルとのお弁当タイムが恋しくないといえば嘘になるけど……。
と、思っていたら今日は珍しく午前の授業が早く終わり、昼休憩がお昼休みの時間と重なった。
これはひょっとするともしかして。
期待に胸を躍らせながら屋上への階段を駆け上がってドアを開くと彼女の姿がそこにはあった。
「ウィル!」
いつも二人でお弁当を食べていた場所でウィルは一人黄昏ていた。
彼女は空から視線をこちらに向けると驚いたように目を大きく開けて、こっちに駆け寄って来る。
「リコ! 久しぶり! 元気にしてた?」
「うん、まあ、ぼちぼち元気だよ。久しぶり」
互いに言葉を交わし合ったのちウィルは嬉しさに染まった笑顔を見せるけど、私は少しおかしくなってクスクスと笑い声を立てた。
「どうしたの? 笑っちゃって……って、まさか私の顔に何かついてる!?」
「違う違う。いや、私たち普段は一緒の場所に住んでて一緒の学校に通ってるじゃん? なのになんでこんなこと言ってるんだろうなって思ったらおかしな話だなーって」
「確かに言われてみれば……そうよね。こんなこと普通話さないわよね」
「でしょ?」
そう言って私たちは二人でくすっと笑う。
こうやって他愛もないことで笑い合えることに懐かしい気分を味わいつつ、私たちは屋上フェンスそばの段差に腰かけた。
「リコは特別授業が始まってからいつもここでお昼食べてたの?」
「うん。ここが一番落ち着くから。そう言うってことはウィルも?」
「ええ。いつもお昼休みはここに来てたわ」
「そんな。私なんか待ってないで他の子と食べればよかったのに。クラスの子たちもウィルのこと誘ってきたでしょ?」
その問いかけにウィルは頬を少し掻いて、
「まあ、ね。嬉しいことに色々な子に誘ってもらったの。それでも……やっぱり私はリコのことを待っていたかったの。あなたと話したかったの」
純粋でまっすぐな、言葉通りの意志を宿した瞳を私は見つめ続ける。
心の中で芽生える温かい気持ち。
長らく感じていなかった、本当に自分を思ってくれている人の思いに触れて私は嬉しさで心が埋まってしまい、動けなくなってしまった。
そのまましばらく互いに見つめ続けていると、ウィルの頬が桜色に染まっていることに気づいた。
「……あの、何か言ってほしいんだけど? 何も言われないと変なこと言っちゃったかと思うから……」
なるほど、そういうことか。
ウィルはどうやら沈黙に耐え切れなくなったらしい。
ならお望みどおりに私も自分の気持ちを素直に伝えることにしよう。
「ああ、ごめんね。うん、そう言われるとすごく嬉しいな。ありがとう、ウィル。大好き」
「…………へっ? い、いまなんて……」
「だから大好きって。ウィルのことが」
エメラルドグリーンの瞳をまっすぐに見据えて繰り返すと、ウィルはトマトのように顔を真っ赤にさせて、
「大、好きって……~~~!!!!!」
「あれ、なんで顔背けるの? ちゃんと何か言ったじゃん」
「そ、そういうことじゃなくて! とにかくこっち見ないで!」
「えー、なんでなんで? どうしたの?」
「あー、もう! リコって本当に! もう!」
なぜかウィルは嬉しそうに怒っていた。
と、そんなこんなで懐かしいじゃれ合いを一通り終えた私たちはお弁当を食べつつ昔懐かし雑談を開始。
「それで特別授業って実際どんな感じなの?」
やはり最初の話題はこれだ。
私は小さくため息を吐きながら、
「本当にずーっと魔法の練習してる。担当の先生、すごい厳しいしなんか怖いし、あんまり楽しくはないんだけど……。でもそのかいもあって魔法は上手くなってはいると思う。そっちはどう? 何か変わったことあった?」
「特にはないわね。クラスも相変わらずの雰囲気で、これまで通りに授業を受けてって感じなんだけど……」
ウィルは話を一度区切ってから、ちょっと心配するような感じで、
「でも強いて言うなら笑顔が少なくなったかもしれないわね。楽しむべき時に思いっきり楽しめていないというか、一歩引いているというか。まあ、あんなことがあったのなら仕方ないことかもしれないけどね」
あんなこと、というのは先週王国内に流れた衝撃のニュースのこと。
なんと、王国軍が魔王領に攻め込むというのだ。
これまで専守防衛を貫いていたブライト王国の反転攻勢に発表時は賛否両論様々な意見が飛び交っていたけれど、その発表を国王様本人がしたことと前回の侵攻による犠牲者の存在が賛成論を後押ししたという格好になった。
進軍開始日は今日から約二週間後。
王国内では進軍のための準備が急ピッチで進められていて、軍人は訓練に、商人は物資の調達に、金物屋は武器の製造に、と、街の大人たちはもれなく全員その準備に東奔西走している。
そんな雰囲気の中で学生だけが自由に遊びまわるなんてできないのは必然だった。
この一週間にあった出来事を思い返していると、ウィルが目に不安を映しながら訊いてきた。
「リコも行くのよね? 魔王領に」
「うん、多分だけど」
もちろん、私も参戦することになっている。
おそらく前回の侵攻で戦って一定の成果を出したことを買われての結果だと思う。
思えば特別授業も実戦的なものが多いし、元々この世界に来たのは魔法少女として魔王を倒すためだったんだから私が行くのは既定路線だったんだと思う。
初めてそれを中隊長から聞かされた時、「ああ、やっぱりそうか」という感想しか出てこなかった私に対し、ウィルはそれに猛反対。
しかし最終的には私が自分で行くという旨を聞かされて、声を潜めたらしかった。
それでもいまだにウィルは反対らしく、今も「リコの参戦反対!」と書いてあるような顔をしている。
「リコを戦場に連れていくなんておかしいわ。だってリコは私と同じでまだ学生なのよ? 大人たちは何を考えているのかしら」
ウィルは本当に憤っているようだったけど、私はあえて落ち着いた口調で話した。
「それはそうかもだけど……私は魔法少女だから。ウィルも含めた国の人たち全員を守るためにここにいるから。それが私がここに来た理由。だから私、なるべく頑張るよ」
未だにうまく笑えずに、でも精一杯自分の思いを伝えてみるとウィルは目を丸くした。
「……リコ、変わったわね」
「えっ? 私が?」
ウィルはこくりと頷いて、
「会ったばかりの時はおどおどしていて、シーラにいじめられて泣いていたのに。今じゃそんな目をするようになって。まるで別人みたい。……強くなったわね」
「え、えー? そ、そうかな?」
そう言ってもらえて素直に嬉しい反面、照れくささも覚えているとウィルが独り言ちるように、
「……でもこんなに近くにいるのに、リコが遠い存在になってしまったようでちょっとだけ寂しさもあるけどね」
ウィルは微笑みを向けてくれるものの、それは『寂しさ』を隠すためのものに思えた。
こんな時、気の利いた言葉の一つでも言えたらいいんだけど、私は人づきあいが苦手で口下手だからそんな器用な真似は出来ない。
だから素直に気持ちを伝えようと思った。
「今はそうかもしれない。でも私は自分がいくら変わろうが周りの環境がどうなろうが、ウィルのことを思い続けるよ。だってウィルは私の一番大切な友達だからね」
「……そうね。ありがとう、リコ」
言うと、ウィルの表情からほんの少しだけ寂しさが薄れているように思った。




