出陣式
そこからさらに二週間、魔王軍の大規模侵攻を受けてから一か月が過ぎた日の朝。
ついに魔王領への進軍の日を迎えた今日、王国の中心部にある大広場にて王国軍の出陣式が執り行われていた。
王国軍に所属している兵士はもちろんのこと、出兵の準備に尽力した関係者や王国軍の勇士を見届けようとする市民たちで広場は埋め尽くされていた。
数十万人が参加している式で、ついさっきまでは街の喧騒を倍に濃縮したくらいの騒がしさがあったのだけど、今は物音一つしない静寂が場を包んでいた。
その場にいる全員がこの国の元首、ブライト王国国王のお言葉を胸に刻み込んでいるからである。
「諸君の健闘を祈る」
国王陛下が演説を締めくくると、地鳴りのような喝さいが巻き起こった。
魔法少女である私も式典に当然出席していてその場にいたんだけど、あまりの熱気にちょっとだけびっくりしてしまう。
「すごい……」
私の独り言に一緒に式に出ていたツジッキーが応える形で、
「みんなこの日のために一丸となって頑張ってきたうえに国王陛下からあんなお言葉を賜れたんだから、誰だって士気は上がるよ」
「そうだよね。この一か月この日のためにみんな頑張って来たんだもんね」
私だけじゃなくて王国軍の兵士たちは一人残らず訓練に励んでいただろうし、街の人も進軍に際して食料、装備品、武器など陰ながら色々な支援をしてくれた。
その結果、今この場で押さえこんでいたものが爆発しているという感じだ。
「いよいよ始まるって感じだねー。周りの人はいつでもいけるって感じだけどリコはどうだい?」
「そうだね……私は……」
周りの空気に圧倒されていて意識していなかったけど、改めて自分自身に向き合ってみると心臓の鼓動が心なしかいつもよりも早い気がする。
これは緊張しているのかな? それとも戦場に向かう恐怖?
いや、違う。
これは……気持ちの昂りだ。
前回の臆病な私とは違うんだ。
この気持ちを明確に自覚した時、自然と口が動いていた。
「頑張れそうな気がする。これまで色々な人に助けてもらって、守ってもらって、成長させてもらった。こんな私のためにたくさんの人が頑張ってくれた。なら今度は私が頑張る番。この戦いで魔王を倒してその人たちに恩返しをするよ!」
力強く宣言すると、ツジッキーはまるでお父さんが成長した娘に向けるようなまなざしを向けて来て、
「リコ、君は本当に立派になったね。君の言う通りさ。必ずや忌々しき魔王を打ち倒して、この国に平和と安寧を届けよう。そして誰も傷つかない理想の世界を目指そう。それが魔法少女としての君の役割さ」
「うん!」
私はしっかりと一度頷いたのち、すぐに進軍の準備にとりかかった。
食料等の必要物資をリュックサックに詰め込み、魔法使いの生命線の杖もちゃんと携帯して、出発地点である城壁の正門前にやってきた。
そこではこの進軍に参加する兵士たちが各々の家族や友達と出発前最後の言葉を交わしていた。
笑顔で笑いあっている人たちもいるけれど、大多数の人は悲しそうな顔をしていたり、涙を流していたりして、騒がしさのわりに雰囲気はとても落ち込んだものになっていた。
もし仮に戦場で命を落としてしまえばもう二度と会うことができないんだから、そんな顔にもなるよね……。
そしてこれは私も例外ではない。
もしもそんなことになってしまえば、ここに帰ってくることも、ウィルやクラスのみんなの顔を見ることも一生叶わなくなってしまうんだ……。
ここ最近、特別授業の影響でクラスに顔を見せることもなくなっていた。
最後にクラスメイトとまともに話したのはいつだったっけ……。
奥さんと赤ちゃんに別れを告げている見ず知らずの男性騎士を横目にそんなことを思い出していると、ツジッキーがとことこと私のところにやって来て。
「どうしたんだい、暗い顔して」
「えっ……? そ、そんな顔してた?」
「うん。まるでこの世の終わりみたいな感じだったよ」
ツジッキーは私の視線の先を追うと、「……なるほどね」とその理由を理解したようで。
「ウィルやクラスのみんなに会いたいんだ?」
「……う、うん……。そんなところかな。今更何言ってんだって感じだけど、もしかしたらってこともあるから……。最後に会っておきたかったなって思ったけど、今は学校あるし無理だよね……」
自分の発言に裏付けされるようにさっきまでの高揚感がだんだんと沈んだ気持ちに変わっていくのが分かる。
ああ、もう! 出発前にこんな気持ちでいちゃダメだ!
会えなかったことは寂しいけれど、個人的な感情を戦場に持ち込んでしまったらどうなるかは分かり切っている。
私は一度大きく深呼吸をしてその雑念をかき消そうとするもののやっぱり消えてはくれなくて。
それほどまでに彼らは私の中でかけがえのない存在になってしまっていたのだと再度気づかされる。
やっぱり、最後に顔くらいは見ておきたかったな……。
「ならはっきりとそう言わなきゃ」
「えっ? ま、まさか今の声に出てた?」
「はっきり出てたよー。リコはやっぱり寂しがり屋さんなんだねー」
「うぅ……だってしょうがないじゃん。会いたいんだもん」
「今のセリフ、まるで恋する乙女だ」
「もう、ツジッキー!」
頬を膨らませる私に対し、ツジッキーは悪びれている様子もない。
「はは、ごめんごめん。でもそんなにプンスカしてちゃ、せっかくの再開が台無しになっちゃうよ?」
再開?
「ど、どういうこと?」
素直に訊いてみたけれど、ツジッキーは「もうそろそろ分かるよー」と言うばかりで何がなんだか分からない。
そうして答えを求めて頭をひねっている最中のことだった。
「あっ、来た来た! おーい、こっちだよー!」
ツジッキーが手の代わりに耳をブンブンと振り回し始めた。
そんな使い方もできるんだ、その耳。
とかぼんやりと思いながら彼の視線の先を追いかけた時、視界に飛び込んできたのは。
「えっ!? み、みんな!?」
リアム先生に引率されたクラスメイト達だった。




