別れ
「僕が昨日先生に掛け合っておいてね。君ならこの子たちに会いたいとかって言うと思ったから」
ツジッキーはぱちりとウインクをするけど、あまりの衝撃に私はお礼の言葉も言えずにただ直立しているだけ。
そんな私の前にクラス委員長であるウィルが歩み寄って来て微笑みを向けてくる。
「久しぶり。元気にしていた?」
「う、うん……。見ての通り、元気だよ」
「そう、ならよかったわ。こんな大事な時の前に元気じゃないって言われたらどうしようかと思ったわ」
「ははっ、そんなの言うわけないじゃん……」
一瞬答えに迷ったことは言わない方がいいよね……危ない危ない……。
ウィルは相変わらず穏やかな笑みを私に向けていて、
「まずはおめでとう。こうして王国軍の一員になれるということはこの国では本当に名誉なことよ。そして自分のクラスからそんな子が出るなんて、私たちもとても誇らしい気分でいっぱいだわ。心から祝福するわ」
「うん……ありがとう」
「あと、これ。もしよかったら持って行って」
ウィルがこちらに一歩近づいてきて、何かを手渡してきた。
「これは……ピンバッジ?」
朝日に反射してキラリと輝くそれには、シャープな字体で7-1と印字されていた。
「クラス全体で協力して全員分作ったの。離れたところにいたとしても、私たちはクラスメイト。リコのことずっと応援しているから」
ウィルが言い終わると、クラスのみんなが一斉に胸もとにつけているピンバッジを見せてくれる。
クラスの一員として認めてくれていて、こうして見送りに来てくれて。
日本にいた頃では考えられない光景に思わずうるっとなちゃったものの、頑張って涙は抑え込んだ。
泣いちゃったら、ここから動きたくなくなっちゃうような気がしたから。
私は自分の胸元にピンバッジをつけてぎこちないながらも目いっぱいの笑顔を向けて言った。
「ありがとう、みんな! なんかすごい頑張れそうな気がする!」
するとクラスのみんなが一気に駆け寄ってきてくれて声をかけてくれる。
「応援してるぜ!」
「リコちゃんなら絶対に大丈夫!」
「頑張ってね!」
などなど一人一人の言葉がじんわりと胸にしみ込んできちゃって、またまた涙腺が緩みそうになっていたにも関わらず、次の瞬間にはあまりの衝撃に涙も引っ込んでしまった。
「あっ……」
思わず声が漏れてしまったけれどそれもそのはず。
なんとシーラたちが私の前にやって来たのだ。
あの事件以来、同じクラスに在籍していたにも関わらず、互いに一言も話すことなくここまで来てしまったので正直何を話せばいいのか分からない。
さすがのシーラといえどもこの場、この雰囲気で『あんたはどうせすぐくたばるでしょうから最期に面を見に来てやったわ。あら、すごい死相ね。さっさと無様に消えなさい』とかは言ってこないと思うけど……。
「…………」
「…………」
周りはガヤガヤと騒がしいのに私の半径一メートル以内だけ防音結界が張られてるかのように静まり返っている。
うう……気まずい。
なんか言おうか……。でも何を言えば……。
と口を開きかけては閉じてを繰り返している最中だった。
「……あ」
ついにシーラが目を伏せながらそう一言発したのだ。
あ、という発音にイマージナリーシーラの辛辣な口撃を覚悟して体全体にぎゅっと力を入れてその時をびくびく待っていると、耳に飛び込んで来たのは斜め上の言葉だった。
「あの時は本当にごめんなさい!!!」
「…………へっ?」
シーラが深々と頭を下げている衝撃展開に素っとん狂になっていると、他の二人もそれに続いて「ごめんなさい!」と頭を下げる。
シーラは顔をサーっと青ざめさせながら、
「あの時、なんであんなことをしちゃったのか自分でもよく分からなくて……。そもそも記憶もあやふやで……。でもそれは言い訳にしかならない。あなたを傷つけたことは事実で取り返しのつかないことをしてしまった。だから、その……本当にごめんなさい!!!」
シーラたちはそうやってもう一度頭を下げた。
眼前の光景に加えてシーラたち自身の様子が脳の情報処理の負荷をさらに押し上げている。
あの校舎裏の時とは印象が大きく違っていて、この様子を見るに口先なんかの薄っぺらさじゃない、本当に申し訳ないという思いがありありと伝わってくる。
目がうっすらと濡れているのもその証拠で、体も少し震えていた。
それはそうだ。
謝るってことは自分の過ちと真正面から向き合うということ。
それだけでも勇気がいるのに、相手に伝えるとなるとなおさらだ。
多分彼女たちの中には今、恥ずかしさとか後悔とかいろんな感情が渦巻いていて、 私が出発してしまえばわざわざそんな思いをしなくても済んだのに、彼女たちは謝りに来てくれた。
それは当たり前のようでいて、実はかなり難しいことだ。
もちろんあの時の記憶は消えてなくなったりはしないけど、でもこうして勇気を出して謝ってきてくれたのなら、それに誠心誠意答えるのが一人の人としての筋というものだ。
私はぎこちなくも微笑みを浮かべながら、
「……いいよ。こっちこそ実技の時、的壊しちゃってごめんなさい」
そう告げるとシーラたちはゆっくりと顔を上げて、恥ずかしそうに視線を下げつつ言った。
「……うん。えと、あの……頑張って。応援してる」
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ」
その後はクラスの子たちとこれまでの学校生活を振り返ったり、帰ってきたらしたいことなどお喋りを楽しんでいたけれど、刻一刻と集合時間は近づいてきて。
ついに集合の号令がかかってしまった。
それは同時に、永遠に続いてほしい時間の終わりを告げる合図でもあった。
王国軍の一員たるもの、集合時刻に遅れることなど許されない。
私は名残惜しさを振り切って、彼らに笑いかけながら手を振りつつ、
「そろそろ時間だ。じゃあ……またね、みんな」
クラスの子たちの声援が聞こえる。
本当は振り返ってまだお話していたい。
こんな楽しい空間に、最高の時間にずっといたかった。
でも私は歩き続けた。
それに応えてしまえば、行きたくなくなってしまうから。
私を受け入れてくれた、このクラスにずっといたいってそう思ってしまうから。
周りの兵士たちの波に紛れるように、私はただただ前を見据えて進み続けた。
だけど。
「待って!」
凛とした声が私を呼び止めた。
振り返らずとも分かる聞き慣れた声に反射的に体が反応してしまう。
振り返ると息を切らしたウィルがいた。
兵士たちが続々と進みゆく中、私たちだけが取り残されたように佇んでいる。
「……本当に、行くのね」
ウィルは私の気持ちを確かめるようにそう訊いてくる。
その問いかけに込められた意味。
それが分からないほど鈍感ではないつもりだ。
けど、首を振ることなんてできない。
「……うん。行ってくるよ」
「……そう」
ウィルは寂しさに目を染めて俯いたものの、直後何かを決意したように自分の気持ちをさらけ出した。
「リコ。私ね、本当はあなたに行ってほしくないの。友達が危険な目に会うかもしれないんだよ? そんなの絶対ヤダ。なんなら今すぐリコの手を取ってどこか遠くへ逃げ出したい気分」
ウィルは一拍おいてから、凪のように穏やかな目を向けてきた。
「だけど……リコが行くって決めたのなら、私はそれを尊重するわ。だって、友人の進む姿を見送るのも友達の役目でしょ?」
それは、また必ず会えると信じて疑わないようなそんな眼差しだった。
「ねえ、リコ。私とした約束覚えてる?」
約束、と言われれば一つしか思いつかない。
一か月前に交わした、ウィルとの大切な約束。
「絶対に無事で戻ってくること、でしょ?」
「うん。覚えているなら上出来だわ。それと、最後に……」
ウィルは言葉で言うのではなく、行動で示すかのように私を抱きしめてきた。
いきなりのことにびっくりしていたら、ウィルは震える声で言葉を紡いだ。
「私、待ってるから。リコが魔王を倒して戻ってくるのを、ずっと待ってるから。だから……絶対に、絶っっ対に、帰って来てね」
「……うん。分かった」
「無理しちゃだめよ」
「うん」
「ちゃんと寝て、ご飯食べて。リコなら大丈夫だわ」
「うん。……って、なんかウィル、受験生のお母さんみたい」
「もう、ここ茶化す場面じゃないでしょ!」
ウィルはそうたしなめてくるけれど、私はそうせざるを得なかったんだ。
だってここまで友達に思ってもらえて、嬉しくて、嬉しくて。
もう、泣き出しそうだったから。
そうやって何とか涙を引っ込めようとするしかなかったんだ。
私たちはそのまま笑いあって、最後にギュッと抱きしめ合った。
どちらからともなく力を抜いていき、離れて、互いを見合った。
「じゃあ、行くよ」
私がそう告げた時、ウィルの目は少し潤んでいた。
でもそれを吹き飛ばすかのようないつものとびっきりの笑顔で彼女は言った。
「いってらっしゃい!」
だから私もとびっきりの笑顔で返した。
「いってきます!」




