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校舎裏

 午後の実技が終わり今は放課後。


 私は帰り支度を進めながら午後にあった出来事を思い返していた。


 初めから魔法少女の片鱗(?)を披露して、ちょっぴり楽しいかも、と思っていたけれど、調子に乗って何発か撃っていたらすぐに体がだるくなって立っているのさえ辛くなってしまった。


 これはウィル曰く、


『それは魔力切れね。魔力って体力と一緒で鍛えないとすぐに底をついちゃって体が言うことを聞かなくなるの。リコは魔法を打つセンスは抜群だけど、魔力量が少ないから連発しちゃうとすぐそうなっちゃうのよ』


 ということでそこからはウィル監督のもと魔力量増幅のための基礎訓練が始まった。


 魔力を増やすためには継続的に体に負荷をかけ続ける必要があるらしく、訓練内容としてはひたすらに魔力を放出し続けるというものだった。


 私の場合だと魔力を練り上げて小さなエネルギー弾を作ってはそれを放射する、ということを何度も繰り返すという感じ。


 こうすることで魔力の総量も段々増えてくるらしいんだけど、最初のうちは数発撃つだけですぐに魔力がなくなってしまった。


「も、もう無理……」


 私は体が重くなってすぐにへたり込んでしまったんだけど、ウィルが手を緩めてくれることはなく。


「まだいけるわ! さあ、あともう十セットよ!」


 ツジッキーに言われたからなのか、ウィル自身が根性型なのかは知らないけれど、午後めいっぱい使って昭和の野球部みたいな指導を受けていたせいで私はもうへとへとだった。


 ずっと杖を持ってたから腕は痛いし、魔法を酷使したせいで体は重いし。


 机の中身をカバンに詰め替え終えた私は決意した。


 よし、今日は早く帰って体を休めよう。

 疲れたままだと明日以降にも支障が出かねないからね。


 言い訳を並べ立てて席を立ち、さっさと教室を立ち去ろうとしていると。


 「リコ、待って!」


 疲れなど微塵も感じさせない明るい微笑みを浮かべてウィルが駆け寄って来た。


「ウィ、ウィル……。ど、どうしかしたの?」


「ええ! リコの才能を見込んで提案をしに来たの!」


「て、提案……?」


 その言葉にぞくっと体が強張る感覚を覚えた。


 まさか、ね……。


 心の中で納得しようと努力をしてみるけれど、ウィルはとびきりの笑顔で、


「ねえ、この後居残り練習とかどう? リコはセンスあるんだから、あとは魔力が増えれば自由に魔法を使えるように――」


「も、もう勘弁してくださいー!」


「あ、こら! 逃げるんじゃないわよ、待ちなさい!」


 ウィルが呼び止めてくるけれど、私はなりふり構わず教室を飛び出した。


 今日はとにかく帰って休みたいの!




「はぁ……はぁ……。やっと着いた……」


 私は曲がり角を利用したり、物陰に隠れたりしながらなんとか玄関にやってくることができた。


 今一度辺りを見回してみるけれど、ウィルの姿は見当たらない。


 どうやらうまく撒けたらしい。

 だけどあの熱血根性娘のウィルのことだ。


 今も私を探し回っているかもしれないし、のんびり休んでいる暇なんてない。


 追われる恐怖と焦燥感を味わいながら靴箱に手を伸ばす。


 すると横から誰かの手が伸びて来て私の手首をがっしりと掴んだ。


 まさかウィル!? 

 びっくりして思わず手が伸びている方向に目を向けると、そこにはウィルではなく眼光の鋭い一人の女子が取り巻きを二人引き連れて佇んでいた。


 こ、この子……見覚えがある。


 たしか実技の時に冷たい視線を送って来た子だ。


 その子は表情一つ変えず一言、


「ちょっと話があるんだけどいい? すぐ終わるから。ついてきて」


 彼女はくるりと踵を返した。


 あくまで刺々しくない言葉を使ってはいるけれど、手首を掴まれているから拒否権を行使しようもない。


 彼女が歩き始めると残りの二人も私の横にぴたりとくっついてくる。


 まるで逃がさないとでも言いたいかのように。


「あ、あの……えっと……」


「早くして」


 嫌な予感しかしなかったけど、抗議なんてできるはずもなく。

 私は三人についていくしかなかった。




 三人に連れられてやってきたのは人目のない校舎裏。


 校舎の陰に完全に隠れているせいで日が届いておらず、ひんやりしていて表の校庭とは別世界のような場所だった。


 嫌な予感が確信に変わりつつ、今更になって逃げられなかった弱い自分を悔いていると私の手を握っていた子が手を離して振り返った。


「ごめんね、ここまで来てもらって」


 彼女は人畜無害そうな微笑みを浮かべているけれど目は全然笑っていないし、実技の時に見せた真っ黒な何かが宿ったままだ。


 その目に気圧されるようにずっと黙っていると、その子はさらに口調に気持ちの悪い甘さを加えていく。


「そんなに警戒しないでよ。別に私たち何もしていないでしょ。ねえ?」


 その呼びかけに私のそばの二人が同調するように首を縦に振る。


「せっかく同じクラスになったんだし仲良くしましょ? 私、シーラ。よろしくね」


 シーラは右手を伸ばしてくる。


「……よ、よろしく……お願い、します……。の、野山、リコ……です」


 ここで握手しないのもなんだし、一応差し出された手を握り返す。

 でも、少し経ってもシーラは右手を離してくれないどころか、手を握る力は段々と強くなっていく。


「えっ、あの……放して――」


「そうそう。ところであなたに一つ言っておきたいことがあったの」 


 シーラがわざと言葉を重ねるようにしてそう言った時、明確な悪意の籠った言葉が校舎裏にとどろいた。


「私ね、あんたのこと大っ嫌いなの」


「……えっ?」


 顔を上げシーラの表情を捉えると、今度こそ彼女の口から笑みは消え去っていた。


 代わりにひどく軽蔑した視線が私の両眼に向けられている。


「魔法少女だがなんだか知らないけどさ、平民風情が転校初日から人気者気取り? 調子に乗ってるの?」


 シーラが威嚇するようにもう一歩私の方に近寄ってくるけど、恐怖で私の口は動かない。


 こんな時、どうすればいいのだろう? なんて言えば正解なんだろう?


 必死に頭を働かせて状況を打開する方法を考えるけれど、それがまとまる前に視界がぐらりと揺れた。


「へっ?」


 目の前にはシーラの長い両足。

 おしりがひんやりと冷たく、生乾きの土が制服をどんどん湿らせていく。


 そこでようやく理解した。


 私、突き飛ばされたんだって。


「弱っ。魔法少女ってこんなものなの?」


 地面に這いつくばっている私の姿にシーラたちが嘲笑するのが聞こえる。


「あんたさ、今日いきなりやって来て何なの? わざわざ隣に来て私の的まで吹っ飛ばして。平民だけど貴族の私より魔法使えますって? 初心者だけど私、こんなに魔法出来ますって? 調子乗ってんじゃないでしょうね?」


 もちろんそんなこと思ったこともない。


 ここは冷静にはっきりと否定するのが最善だ、と頭ではわかっているけど、弱気なもう一人の私が口が勝手に動かしてしまう。


「……そ、そんなんじゃ……ない、です……」


 前にも似たような経験をしたことがあったから自己防衛反応みたいなものかもしれない。


 だけど、それは火に油をそそぐものだったと思い出した時にはもう手遅れだった。


「嘘ついてんじゃないわよ!」


 シーラが足を持ち上げる。


 危険を察知してとっさに身を丸めると同時、背中に鈍痛が走った。


「あの後あんた、デレデレしてたでしょうが! クラスの連中もバカみたいに褒めまくってさ。揃いも揃って頭の中お花畑なの!?」


 もう一度、鈍い音とともに鈍器で殴られたような痛みが背中に伝播する。


「ウィルもわざわざ私の横にやって来て。私への当てつけ? あー、もうムカつくムカつく! 死ね死ね!」


 ゴス、という肉と骨がぶつかっているような音が聞こえると、他の二人もシーラに便乗してきて。


「シーラだけずるーい! 私にもサンドバッグ使わせてよ! ほら、早く消えろよ、クズ!」


「楽しそ~。じゃあ私もー! ストレス溜まってたのよね! カス! ゴミ! 死ね!」


 痛い。怖い。苦しい。  

 いくつもの負の感情が体全体を支配していく。


 すると目の前がぼやけ始めた。

 抑え込んでいた感情が決壊したのか頬に熱い何かが流れているのが分かった。

 気づけば私は泣いていた。


「うっ……うううっ……。ご、ごめ……なさい……ごめ……な……さい……」


「なに、泣いてんの?」


 シーラに前髪をぐいっと持ち上げられる。


 やめて、今は……!


「み、ないで……みない、で……」


 滲む視界の中、三人の愉快そうな笑顔が現れた。


「ハハハッ、ブッサ! 猿が泣いてるみたい!」


「みっともな~」


「泣けば許してもらえるとでも思った? そんなわけないでしょうが!」


 今度は甲高い音ともに頬に鋭い痛みが走った。顔をビンタされたっぽい。


 体ごと吹っ飛ばされるとその拍子に首にかけていたペンダントが外れてしまった。


「あっ……ペ、ン……ダン、ト……」


 ひりひりと熱を帯びる頬に構わず、ペンダントに手を伸ばそうとするけれど先にシーラが拾い上げてしまう。


「なにこれ? ペンダント?」


「か、返して……返してよ!」


「動くんじゃねえよ、ゴミ虫! 押さえて!」


 取り返そうにも地面に押さえつけられてしまって身動きがとれないでいると、シーラは何かを閃いたようにペンダントを片手に杖を取り出し、口を邪悪な三日月形にかたどった。


 杖の先から野球ボール大の火の玉が現れる。


 まさか……。


「実技で練習してた魔法、ここで実践といこうかしらね?」


「だ、ダメっ……だめっ!!! だめぇぇぇ!!!」


 私は精一杯力を込めて拘束を振りほどこうとするけれど、二対一では勝てるわけもなく、無様にじたばたと暴れまわるだけ。


 シーラは私を見下ろし、高笑いを響かせる。


「フフフ、いい気味ね! おとなしくそこで見てなさいよ、弱くてみじめな魔法少女様ぁ!」


 ペンダントにじりじりと迫る火球を無抵抗に見つめながら私は己の弱さを嫌というほどかみしめていた。


 まただ。私はこんな時、決まって大切なものを守れないでいる。


 サリーちゃんの時だってそう。

 これまでだって、何かを守れたことなんて一度もなかった。


 弱くて、みじめで、自分の大切なものさえ守れない。

 そんな人間がヒーローなんかになれるわけがなかったんだ……。


 ついに火球がペンダントに触れる。


 私の唯一の、ヒーローになるための資格が今、壊される。


 でも…………でも、それだけは……!

 気づけば自分でもびっくりするほどの金切り声を上げていた。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 誰かああぁぁぁ!!!!!」


「うるさい! 黙れ!」


 顔を蹴られる。口の中が血の味で一杯になる。


「ううぅ……ううう……」


「無様ね。そこでおとなしく燃やされるのでも見てろよ!!!」


 ペンダントの魔力石が火球に覆われる。


 もうおしまいだ。


 そう思った瞬間だった。


「やめなさい!!!!!」


 さらりと金髪をなびかせて、颯爽と姿を現した一人の少女がいた。

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