初日
翌日、私は予定通りに魔法学校へと向かうことになった。
黒を主体としたローブという魔法使いっぽい制服を身につけて王宮の正門を抜けるとその前には馬車があった。
「ここから学校まではちょっと遠いからね。馬車を使うよ」
「馬車……」
流石と言うべきか、王宮に住んでいるだけでものすごい待遇だ。
ロンさんが御者を務める馬車に乗り込んだ私は相変わらずの小市民マインドで申し訳なさを覚えつつ、馬車に揺られること二十分ほど。
件の魔法学校の校舎が見えてきた。
魔法学校というのはこの世界ではどこにでもあるもので日本でいう公立中学校と同じ扱いらしいんだけど、今回私が通うのがその中でもかなりの名門校らしかった。
お金と家柄がある程度あることは前提で、入試を突破した精鋭たちが集うというエリート校。
つまり難関私立中学みたいなものかな。
長い歴史のある格式高い学校なので敷地は広いし、建物は立派だしで近所の普通の公立中学に通っている私には完全に釣り合っていない。
学校に行きたくないとかそんなこと以前に入試も受けていない、魔法もやったこともない、至って平凡な私が入る資格なんてあるのかな?
そんな疑問をツジッキーにぶつけるとこう返って来た。
「これくらい当然だよ。リコは選ばれた人なんだから、最高の教育を受けて最高の魔法少女になる権利があるのさ」
「でもあまりにも不釣り合いっていうか、ここまでしてもらって申し訳ないって言うか……」
「そんな心配しなくていいよ。さ、もうすぐで学校だよ。準備は万端かい?」
「うっ……や、やっぱり行かなきゃだめ?」
「ダメだよ。大丈夫、今日は僕も一緒に行くから」
まあ、それなら……。
と少しは不安が和らいでいたんだけれど、馬車から降りると別の問題が発生してしまった。
それは私が一番嫌いなこと、つまり目立ってしまうことだ。
自分で言うのもなんだけど、私って存在が薄いから同じ制服さえ着ていれば学校内の一生徒として溶け込めるんだけど、妖精のツジッキーを連れだって歩いていればさすがに目立つ。
奇異なものでも見るかのような視線が集中しているのが分かる。
ううう、見ないで……見ないで……。
私は目を伏せたままそそくさと最短ルートで職員室へと向かった。
本当は入りたくなかったんだけど、ツジッキーが「早く入ろう」と急かしてきたので仕方なくノックして職員室へと入る。
「し、失礼……します……」
中では先生たちが始業前にも関わらずせわしなく動き回っている。
ツジッキー曰く、まずは私が所属するクラスの担任の先生のところへ行って、色々注意事項だったり、教科書を受け取ったりするらしい。
怖い人じゃありませんように……そう祈りながら職員室の中をゆっくり静かに進んでいくと、目的の席に若い男性が座っていた。
「あ、あの……えっと……す、すみま――」
「リアム先生、おはよう」
忙しそうに机に向かっていたので小声で声をかけようとしたんだけど、ツジッキーはいつも通りの口調で先生に挨拶をした。
その先生は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに微笑み返してくれた。
「大精霊様、おはようございます。今日もお元気そうですね」
「まあ、ぼちぼちだよ。昨日はいきなり頼みを聞いてもらって悪かったね。ありがとう」
「いえ、そんな。大精霊様直々の要請だったのですぐに手配させてもらいました。ということはそちらが魔法少女の?」
先生の瞳が私を映す。
私はその視線に促されるように咄嗟に頭を下げた。
「えっと……。の、野山リコと、言います……。今日からよろしく、お願い、します……」
自分でも小さいと思うほどの声量で挨拶といっていいかも分からない挨拶をすると、先生は穏やかな口調で言った。
「リアムと言います。こちらこそよろしくお願いします。リコさん」
私は視線を少しだけ上げて先生の様子を伺うように見る。
とてもかっこいい先生だ。
薄い茶髪をさっぱりと揃えていて、雑誌にモデルとして載っていそうなほどの美男子。
身にまとっているオーラもキリキリとしていなくて、たったこれだけの言葉を交わすだけでこの人が優しそうだと分かる。
先生がいい人そう、という事実だけで緊張が少し和らいだ。
同時にこんな美男子を間近で見たことがなかったので、別の意味で緊張してしまい、結局プラスマイナスゼロだ。
「それではまず学園内の注意事項から説明していきますか。大精霊様も聞かれますか?」
「一応聞いておこうかな」
「分かりました。ではまず授業についてですが――」
その後は聞いていた通り、先生から色々魔法学校のことについて教えてもらったり教科書をもらったりした。
もちろんここは日本ではないので色々と違うところがあるのかな、なんて思ってたんだけど、聞いている限りは日本の中学校と大差ない学校生活を送ることになるらしい。
そしてちょうど先生が話し終わったタイミングで予鈴が校舎内に響き渡った。
「それでは向かいましょうか。私たちのクラスは東校舎四階の7-1です」
先生とともに生徒がすっかりはけた廊下を進んでいくこと二分ほどで、件の7-1教室に辿り着いた。
「今からホームルームなんだけど、リコさんにはそこで簡単な自己紹介をしてもらうね」
「……えっ」
一瞬息が詰まる。
「じ、自己紹介、ですか……?」
「うん。名前と何か、例えば趣味とかそういうのでいいから。じゃあ、ついてきて」
「えっ、あの、ちょ……」
声にならない声で先生を呼び止めようとするけれど、先生はさっさと教室の中へと入っていって、はきはきと一言。
「みんな注目。ホームルームの前に転入生を紹介するぞ。魔法少女のリコさんだ」
紹介をされるとともに数十人分の視線が一気に降りかかってきた。
途端に私の鼓動は乱れ始める。
息も荒くなっていって、背中に冷汗が滲みだしてくる。
自己紹介みたいな大勢に注目されるのは一番嫌いなことだ。
視線に込められた思いを一身に受け止めなければならない。
それが私にとってはただの恐怖でしかない。
「……えと……あの…………」
口を動かしては閉じるを繰り返すけど、何も言葉は出てこない。
これまで他人とのかかわりを避け続けていた弊害が如実に今の私を表していた。
やっぱり私は、弱いまま変われないダメ人間。
魔法少女になったからって何もできはしないんだ……。
「大丈夫だよ」
目の端に涙の気配がした時、足元から声が聞こえた。
潤む視線を下げていくと、私を見上げるツジッキーと目が合う。
ツジッキーは柔らかな声音で励ますように言ってくれた。
「君のペースでいいんだよ。ゆっくりだったとしても誰もそんなことで怒りはしないさ。君は怖がらずに堂々と自己紹介すればいいんだ。見てごらん、みんなの顔を。怒っている子はいるかい?」
促されるように顔を上げれば、たくさんの眼差しが私に集まっている。
やっぱり見られるのは怖い。それは変わらない。
だけど……よく見ればその視線には悪意は含まれていない。
純粋に私のことを知ろうとしている好奇心がそこにはあった。
なら……私も彼らに応えないといけない……!
「…………は、はじ、まし、て……。……の、やま……リコ、と、いいます……。よ、よろし、く……お願い、しま、す……」
自分でもまともな自己紹介ではないことは分かる。
でも私は私の精一杯を出した。そこに後悔はなかった。
お辞儀のつもりで頭を下げる。
でも特に何も変化はない。静寂が教室内を支配する。
うう、やっぱりみんな私のこと変な子だって思ってるんだ……。
そりゃそうだよ、自己紹介すらまともにできないんだもん。
負の感情が芽生えて心を蝕んでいき、ついに目から涙がこぼれそうになった。
その時だった。
パチパチパチパチ。
一つの拍手が静寂を打ち破った。
内心驚きつつもそっと顔をあげると、視界に飛び込んできたのは恐れていたものとは真逆の、友好的なクラスメイトの姿だった。
その拍手を皮切りに一気に教室全体が色めきだった。
「すごーい、魔法少女だって!」
「どんな魔法使えるの!?」
「大精霊様と仲良しなの?」
「なんでこの学校来たの?」
「え……。えっと……その……あわわ……」
右に左に次々と疑問文が飛んでくるから、さばききれないであたふたしていると先生がクラス全体に呼びかけた。
「静かに。色々とリコさんに聞きたいことがあるかもしれないけど、今はホームルームの最中だから。休み時間になってからにするように」
先生の言葉でクラスが落ち着きを取り戻すと、
「席はあそこで」
先生が指さす先、私は教室の一番後ろ窓際という絶好の席を割り当てられたので、さっさと自席に向かって静かに腰を下ろした。
ホームルーム中ということもありクラスメイト達は先生の方を向いているので、一時的に視線からは解放される。
達成感よりも乗り切った安堵にほっと胸をなでおろしていると、ツジッキーが私にだけ聞こえる声で囁いてきた。
「ね? みんないい子たちでしょ?」
「う、うん……そう、だね……」
「どうだい? このクラスでやっていけそうかい?」
ここで自信を持って頷くことはまだできないけれど。
少し考えたのち、私は胸に宿った不思議な高揚感に動かされるように思い切って首を縦に振った。
「わ、分かんないけど……頑張ってみる……!」
「そっか。さすが魔法少女になっただけはあるね。リコ、その意気だよ。頑張ろうね!」
「う、うん……!」




