別れ
式典が始まる少し前に王宮に戻るとすでに多くの人々が集まっていた。
私は一応魔法少女だとは言っても、この世界線では数年前にツジッキーとサリーちゃんを盗賊から救っただけなので端っこにこそっと座るだけかと思ってたんだけど。
「リコは僕たちの恩人。もちろん最前列さ!」
まさかまさかの特等席が用意されていた。
最前列というと、ツジッキーやウィルレベルの王族や国のお偉いさんがいらっしゃる席で、私には不釣り合いどころの話じゃないと思うんだけど……ツジッキーが王子様だってことを改めて認識する。
「それと式典に出るからには正装をしないとね。ウィルと一緒に着替えておいで」
「そうね。早く着替えないと間に合わないわ。行くわよ、リコ!」
「えっ、ちょっと待って!?」
ということで反論する間もなく、着付け室に連れていかれた私は、煌びやかなドレスの数々とたくさんのお手伝いさんの姿をバックにあっという間にドレスアップ。
庶民の私だとドレスを着ているというよりドレスに着られているなと姿見を見て思ったんだけど、王女様のウィルはさすがというかザ・お姫様! という感じで言葉にできないほど似合っていた。
ウィルに連れられ式典の最前席に向かうと、一人分の席に蝶ネクタイをしたツジッキーがちょこんと座っていた。
「お待たせ。ちょっと時間がかかちゃったわ」
「全然大丈夫だよ。……うん、二人ともすごく似合ってるね」
「フフ。お世辞がうまいわね」
「お世辞じゃないさ。本当にそう思ってるよ」
「さて、どうかしら?」
と、なんか二人で王族同士っぽい会話を繰り広げていたんだけど、会話が落ち着いたところで気になってたことを聞いてみた。
「そういえばツジッキーのお兄さんはどこにいるの?」
「にいさんは壇上に座っているよ。次期国王候補だからね。ほら、ウィルのお母さんの隣に」
ツジッキーの見つめる先には確かにサリーちゃんが堂々とした姿で座っていた。
ちなみにサリーちゃんは今はウサギの姿ではなくて、人型、つまりリアム先生の姿なんだけど。
改めてその顔だちをじっと見ていると、やっぱり高身長でイケメン、その上若いともなると目を引かれるものがある。
ちょこっとだけサリーちゃんに見とれつつも、他の参加者は誰がいるのか視線をスライドさせる。
するとサリーちゃんの隣に絶大なオーラを放つ女性がいることに気づいた。
それは絶世の美女とはこういう人のことを言うんだみたいなお姉さん。
……ん?
「え? ごめん、聞き間違えたかも。隣にいらっしゃるのがウィルのお姉さん?」
「何言ってるのよ。どう見ても私のマ……じゃない。お母さんじゃない」
「……!!!」
驚きすぎて声が出なかった。えっ、若すぎない?
でもウィルのお母さんなんだし、当然のように美人さんだよね……。
「黙っちゃってどうしたの?」
「いや……確信があるんだけど、ウィルって将来すごく美人さんになるんだろうなって思って……」
素直に答えを返すと、ウィルは途端に頬を桜色に染めて、
「!? は、はあっ!? ちょ、い、いきなり何を言ってるの!?」
「あっ。ご、ごめん。つい本心が口に出ちゃって……。でも今のウィルもすっごく可愛いよ! 可愛すぎてずっと見つめていたいくらい! ほんとに!」
「か、かわっ……もう! バカッ!」
ウィルは顔を真っ赤に染めてふいっと顔を逸らしてしまった。
「え? え? あれ? 私、何か変なこと言っちゃった? ご、ごめんなさい」
「そういうところよ! リコのあんぽんたん!」
「ええっ!? なんで!?」
助けを求めるようにツジッキーに視線を送ると、ツジッキーは肩をすくめた。
「そういうところだよ、リコ」
式典はつつがなく終了し、今は夕食パーティーの時間。
王宮内の広間みたいなところでバイキング形式で料理が提供されていて、相変わらず絶品の料理にウィル、ツジッキーの三人で舌鼓を打っているとサリーちゃんがやって来た。
「リコ、久しぶり」
「サリ……えっと、リアムさん。お、お久しぶりです」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。あとリコが呼びやすい名前で呼んで」
「あっ、ありがとう。じゃあ、えっとサリーちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。こういう立場になっちゃうとニックネームで呼んでくれる人も少なくてね。リコがそう呼んでくれると少し新鮮な気持ちになるな。嬉しいよ」
白い歯を見せて笑いかけくれるサリーちゃんに危うくハートを撃ち抜かれそうになっていると、ウィルが勢いよく間に入って来た。
「リコ! 私も! 私もニックネームで呼んでほしいんだけど!?」
「え? いきなりどうしたの?」
「いいから!」
「あっ、じゃあ僕も何かニックネームつけてよ。なんか楽しそうだ」
「私が先! サリーちゃんなんかよりもとびきり可愛いやつ!」
ウィルはサリーちゃんをじとりと睨むも、サリーちゃんは余裕の笑みでそれを受け流す。
サリーちゃんというニックネームに端を発した三人の謎の小競り合いに巻き込ましばらくてんやわんやが続いてちょっと大変だったけれど。
それがすごく楽しくて。
この時間が永遠に続けばいいなって、そう思った。
料理も少なくなって、そろそろ食事会もお開きになりそうな空気が漂いはじめたところで私はバルコニーに出た。
空には星が瞬いていて、見下ろせばブライト王国の街明かりが夜空の鏡映しのように煌めいていた。
夜風に当たりながら夜景を眺めていると、ウィル、ツジッキー、サリーちゃんの三人がこちらにやって来た。
「リコ、ここにいたのね。なにしているの?」
「えっと、ここから見える夜景綺麗だから。いいなって思って見てただけだよ」
「確かに綺麗だね。でも、魔王城から見える夜景も負けてないと思うよ、どうだい、リコ。今度魔王城に遊びに来ないかい?」
「あっ、リコだけずるいわ! 私ももちろんついていってもいいわよね?」
「えー、ウィルも来るの? 君、少し騒がしいからせっかくの夜景が台無しになっちゃうよ」
「ちょっとそれどういう意味よ!」
ウィルとツジッキーの小競り合いに思わず微笑みがこぼれてしまう。
この二人、こうやって冗談を言い合えるってことは結構相性がいいのかもしれない。
そんなことを少し思いながら小競り合いの仲裁をしていたけれど、気づけばまた同じことを考えていた。
いろんなことが頭の中にあって、どうすればいいのか決めかねている。
心ここにあらずといった感じだ。
すると突然、サリーちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んで来た。
「リコ、どうしたんだい?」
「えっ、あっ。えっと……」
いきなりのことだったので戸惑いを隠せず、思わず口ごもってしまう。
「何か悩みでもあるのかい?」
「えっと……う、うん。ちょっと、ね……。これからどうしようかなって……」
これから、というのは当然だけど二次会に行くかどうかとかそんな問題じゃない。
このままこの世界で暮らしていくのか、それともまた日本に戻るのか。
魔法少女になる前の私なら絶対に前者を選んでいたはずだ。
日本に戻るなんて考えていなかった。
でも今の私にはすぐに答えを出すことができないでいた。
自分の中の考えを整理するように口をつぐんでいると、ツジッキーが一歩前に歩み出てきて、
「リコ。君さえよければもう少しこっちの世界にいないかい?」
「えっ?」
思いがけない提案だった。びっくりして二の句が継げない。
「君は僕たち兄弟を救ってくれた魔法少女。勇気も才能もある君なら僕たちみたいに困っている人たちを救ってあげることもできると思うんだ」
ツジッキーが話し終えるとウィルもその隣に並んできて、
「家の心配はいらないわ。王宮には空き部屋がいくつもあるし。魔法も私の通っている学校に通えばリコならすぐに使えるようになると思うから。よければ私と一緒に暮らさない? 平日は一緒に学校に行って、休日はこの四人で遊ぶの! 夏休みには魔王城にお泊りも行ったりして!」
「わあ、それはすごく楽しそうだ! 僕、色々おもちゃ持ってるからみんなでやろう!」
「いいわね! リコもやるでしょ!?」
ウィルとツジッキーの弾ける笑顔が目に映る。
二人は純粋に私を歓迎してくれているようだった。
二人の提案にサリーちゃんも頷いている。
目の前の光景に素直に嬉しいって思った。
こんな私を、受け入れてくれる人たちがいるなんて、ついこの間まで考えもつかなかったから。
本当に、本当にすごく幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
だけど……私は下手な笑みを浮かべて言った。
「……ありがとう。誘ってくれてすごく嬉しい。でも……私はやっぱり自分の世界に帰るよ」
一瞬の静寂。のち、ウィルが驚きを持って聞き返してきた。
「な、なんで!? 私たちのこと嫌いになったの?」
「違う、そうじゃないよ。ウィルたちのことは大好き。ずっとここにいたいって私自身もすごく思ってるんだ」
「なら、どうして……」
どうして、か。
改めて言葉にするのは難しいけれど、端的に言い表すならこれしかない。
「もう私は魔法少女じゃないから」
一拍おいて私は話し続ける。
「実は私ね、魔法少女になってから色々なことを経験してきたの。初めての友達ができて、大事なものに出会って、それを守ろうとして。だけど失敗して、くじけて、傷ついて」
前の世界線では全てを失った。
目の前にいる友達も、街も、人の思いも全部失くしてしまった。
「それでも励まされて前を向いて歩いていたら、自分の中の大切なものを守ることができたの」
私は強くなりたくて魔法少女になろうとした。
魔法少女になって大切なものを守りたいって思った。
そして今、それらは目の前にある。
「私、気づいたの。そこで私の魔法少女としての役目は終わったんだって」
私はすでに魔法少女ではない、ただの中学一年生の野山リコ。
ならここにいる理由はもうないんだ。
三人に向き直ると、私は今一度頭を下げた。
「断っちゃってごめんなさい。これはただのわがまま。だけど……私は自分の世界でも前に進んでいきたいの」
魔法少女になって世界を救いたいと思ったのは本当だけど、それは弱い自分から逃げるための言い訳にもなっていた。
でももう逃げなくてもいい。
この世界での経験が、出会えた友達が大切なことを教えてくれたから。
せっかく誘ってくれたのに断っちゃったから、さぞかし怒られるのかと思って覚悟してた私に対して、三人は一言。
「顔を上げて、リコ」
素直に顔を上げると、視界には三人の穏やかな笑みが飛び込んで来た。
「謝らなくていいよ。私は君の意見を尊重する。友達が進むべき道を選んだんだ。嬉しいことだ」
「僕もにいさんと同意見だ。リコならきっと日本でもうまくやれるはずさ」
「ツジッキー、サリーちゃん……ありがとう」
涙がこぼれそうになったけど、頑張って堪える。
最後にウィルがいつか見せた穏やかな笑顔を見せながら私の前にやって来て、
「じゃあ、しばらくお別れということになるわね。とても寂しいけれど……リコ、あっちでも元気で。それと……えっと、何を言おうとしてたのかしら」
「もう、しっかりしてよ」
「ごめん、ごめん。あ、思い出したわ」
ウィルはとびっきりの笑顔と、潤んだ瞳を向けて来て、言った。
「私たちずっと友達よ。あなたのこと、忘れないわ。だからあなたも私たちのこと、忘れないで」
「……うん。忘れない。絶っっ対に忘れない! 忘れるわけないよ、友達だもん!」
目から熱い何かがこぼれ落ちた。
壊れた王宮でのお別れとは違う、別れの涙だ。
「そうね。じゃあ……またね。いつかまた会いましょ。また四人で。約束よ」
「うん……ううっ、うううっ……!」
途端に涙が止まらなくなった。
もう、止められなかった。
そんな私の目元にウィルはハンカチを当てて、一言。
「泣かないの。あなた魔法少女でしょ」
ウィルがニコリと笑う。
ツジッキーとサリーちゃんも晴れやかな笑顔を見せてくれた。
だから私も涙を拭いて、笑い返すのだ。
「うん。じゃあ、またいつか!」




