エピローグ 魔法少女はやめておけ
随分久しぶりに聞いた電子音が早朝の自室に響き渡る。
重い瞼を少しずつ持ち上げていく。
見えるのは自分の部屋の天井。
だけどそれは王宮の高い天井ではない、見慣れた家の天井だった。
布団の誘惑に打ち勝ち、カーテンを開けて窓の外をうかがう。
現代的な一軒家の数々、舗装された道路、仕事に向かう人々。
十数年間毎日見てきた、でも久しぶりの街並みが目の前に広がっていた。
デジタル時計を手に取って時刻と日付を確認する。
あっちの世界では二か月以上の時が流れていたのに、日本では一日も経っていないことになっている。
そんな非現実的な現実に直面してしまうと今までの出来事が全部夢だったんじゃないかと思えてしまう。
普通に考えれば夢だよね、というオチで片付くんだろうけど。
机の上には朝日に照らされて輝く一つのピンバッジが置いてある。
小さなそのピンバッジが、この二か月が本物だったことを示す何よりの証拠であり、私にとっての思い出の結晶だった。
それを手に取ってキュッと握り、机の引き出しに大事にしまった。
この間までは朝起きた後はすごく憂鬱だったけれど、今はなんだかいい気分だ。
机の上の鏡に映った自分に向かって私は頷いた。
「よし、学校行こ」
朝一番に登校して校舎裏のウサギ小屋に行ってみたけれど、そこには何もいなかった。
私が世界を救うために過去を変えてしまったから未来が変わり、サリーちゃんが私に接触する必要がなくなってしまったからだと思う。
それはしょうがないことで、ある程度は受け入れていたんだけど、やっぱり友達に会いなくなるのはちょっとだけ悲しかった。
それでも日常は何事もないように進んでいく。
予鈴が鳴り、ホームルームが終わり、授業が始まる。
授業内容は魔法ではなく、数学や国語。
これまでずっと繰り返してきたいつもと変わらない日常。
休み時間も相変わらず一人ぼっちで、やっぱり友達もいない。
これまで私が過ごしてきた日常だった。
「野山さーん」
昼休みになって本を読んでいたら、声が飛んできた。
目線を上げると、大橋さんたちが意地の悪い笑顔を浮かべて正面に立っていた。
「今日のぼっちで読書ですか? みじめだね~」
この世界ではサリーちゃんがいないから、どうやら私はかわいそうなぼっちということになっているらしかった。
「私だったら耐えられないな~。ねえ」
「同感~」
「ぼっち乙~」
ケラケラと楽し気に笑い声を響かせる三人。
前なら縮こまって何も言わないのが正解だって思ってたけど。
私はあえてにこやかに微笑んだ。
「そうなの。私一人ぼっちで少し寂しいの。だから大橋さん。私と友達になってくれない?」
「……はっ?」
虚をつかれたのか返事に窮する三人。
私は臆することなく続けた。
「だってあなたたちが友達になってくれたら私はぼっちじゃないし寂しくもないから。もし友達になってくれたら一緒に本屋にでも行かない? おすすめの本、紹介するからさ」
別に私は嫌味で言ったわけではない。
もしかしたら本当に友達になれるかもしれない。
意外と話せば分かり合えることもあるかもしれない。そう思ったから。
だけど、三人は豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をして固まっているだけだった。
さすがにこれは望み薄かな?
教室の壁に据え付けられた時計を見る。
あと十分もしないうちに昼休みが終わってしまう。
「ごめん。私ちょっと他に用事があって。また今度話そ」
私はポカンと突っ立ったままの彼女たちを置いて、自席でノートと睨めっこをしている子に話しかけた。
彼女からしたら昨日ぶりだけど、私からしたら数か月ぶりのことなのでちょっと緊張。
うまく話せるか、なんて考えなくてもいい。
今はただ、自分の気持ちを素直に伝えるだけでいいから。
「佐々木さん、ちょっといいかな?」
佐々木さんは私に話しかけられると思ってなかったのか、少し驚いた様子で私を見上げた。
「野山さん? どうしたの?」
一度小さく深呼吸。息を整えて。
佐々木さんは多分すごくいい子だから、悪いことにはならないはず。
だから勇気を出して言ってみた。
「昨日はああ言っちゃったんだけど、その……私にも脚本、手伝わせてくれないかな? あっ、もし無理だったら全然いいんだけど……」
佐々木さんは一瞬ポケッとした表情のまま固まってしまう。
うっ、やっぱりそんな都合よくいくわけないか……。
断られたら今回は観念してまた次の機会にでも……と思っていると、突然両手を強く握りしめられた。
驚いて顔を上げるとあの時の二倍くらいの明るい笑顔の佐々木さんがそこにはいた。
「もちろん! よろしくね、野山さん!」
その笑顔に心がちょっとポカポカした。
その後のことを少しだけ話そうと思う。
中一の文化祭で初めて脚本を書いてみて全力で書いたものの、そうとんとん拍子にうまく行くとは思ってなかった。
しかしなんということか、その劇が出し物の中での最優秀賞を獲得してしまったのだ。
見た人からは絶賛の嵐で、もちろん演じてくれたクラスの子たちの演技も最高の仕上がりだったんだけど、中には脚本を褒めてくれるコメントも多く届いていて。
おかげで私は演劇にドハマりしてしまったのだった。
これまでは小説やマンガばかり読んでいたけれど、戯曲を読んでみたり実際に劇場に足を運んでみたりしているうちにそれだけじゃ満足できなくなっちゃって。
「演劇部のある高校に行こう!」
そこから怒涛の猛勉強の日々。
成績もみるみる上昇し、厳しい受験勉強の末に私は演劇部が有名な高校に進学することができた。
入学初日にすぐさま入部した感想としては、演劇部はやっぱりいい。
みんな演劇が大好きで情熱を持っていて、本当に楽しい毎日を送れている。
それに一番の親友とも一緒にいられるからね。
「ささっちゃん、文化祭でやりたい題材とかある?」
私は早くも一年生にして演劇部のエースを張っている佐々木さん(あだ名はささっちゃん)に声をかけた。
ささっちゃんは部室のオンボロソファに寝っ転がってマンガを読みふけっている。
「ん~、別になんでも。リコの好きなやつにしなよ」
「ささっちゃん、いつもそんなことばっかり言って。ちょっとは真面目に考えてよ」
「考えてるって~。ん~、そうだな……じゃあこれなんてどう?」
ささっちゃんは読んでいたマンガを持ち上げる。
「あ、これ最近話題のやつじゃん」
「知ってるの!?」
ささっちゃんの声のトーンが一つあがる。
「うん。読んだことはないけど。魔法少女ものなのにバトルがめちゃくちゃ熱くて、すごい人気だって」
「そうなんよ! ほんとにおもしろくて手が止まらないの! 今度全巻貸してあげるから読んでみ」
「ホント? ありがとう~、ってそうじゃなくて! 題材!」
「リコもノリツッコミするんだね。新発見~」
「そんなことはいいから! お願いだから真剣に考えてよ~」
「真剣だよ~。私は魔法少女ものでいいと思うけどな~。だって今、私すごい魔法少女になりたい欲高いよ? 魔法少女になれるなら練習のモチベ上がるかも!」
「うーん、魔法少女か……」
私は顔をちょっとだけひきつらせた。
「ん? なんか不満?」
「いや、不満ってわけじゃないんだけど……。ちょっと魔法少女には色々思い入れがあるっていうか……」
頬をかきながらそう言うと、ささっちゃんは目をキラリと光らせて体を乗り出してくる。
「えっ、なになに!? 何があったの!?」
「言っても信じてもらえないかもしれないし。正直言いたくないんだけど……」
「信じる! 信じるから言って!」
ささっちゃんがお得意のお願い手合わせポーズを繰り出してきたので結局私は折れるしかなかった。
「んー、じゃあ誰にも言わないでね。いい?」
「もちろん」
「……実はね、私……昔、魔法少女になったことがあるの」
「……今日、エイプリルフールじゃないよ? カレンダー読める?」
「だから言いたくなかったのに! もう!」
からかわれてふくれっ面を披露していると、ささっちゃんは私をなだめてくる。
「ごめん、ごめんって。信じる、信じるから。めっちゃ信じてる。……ぷふっ」
「笑ってんじゃん!」
「笑ってない! 笑ってないから! アハハッ!」
どうやらツボに入ったらしくささっちゃんが涙すら浮かべて笑っている。
「はー、おもしろ。……それで? 魔法少女になってみてどうだったの?」
ささっちゃんはやっぱり冗談半分に、笑いながら訊いてきた。
冗談じゃないんだけどな。
そう思いながら、私も笑ってこう返すのだ。
「魔法少女はやめておいた方がいいよ。大変だからね」




