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理想

 気がつくと私は椅子に座っていた。


 固いけれど、でも座り慣れた懐かしい感触。

 目の前には机があって、その上には小説が一冊おいてあった。

 ぼんやりとそれを眺めていたけれどタイトルを見て、それが異世界に来る前に読んでいた本だということを思い出した。

 

 ハッとして辺りを見渡す。

 見慣れた天井、満杯の本棚、いつも寝ていたベッド。

 そこは明らかに異世界ではなく、日本の私の部屋だった。


 机のデジタル時計を見ると、夜中の零時前で日付は異世界に行ったその日だった。


「……帰って、きたの?」


 行きはツジッキーによって開かれたゲートに飛び込んで行ったけれど、帰りはそんなことをした記憶がない。


 頭をひねっていると、いつかのツジッキーの言葉を思い出した。

 あのペンダントには私を異世界に留める魔法も組み込まれているとツジッキーは言っていたから、多分そのせいで戻ってきてしまったのだろう。


 そういうことだったんだ、と一瞬納得しかけた私だったけど、嫌な可能性に思い当たってしまう。


 私自身はそう思ってるけれど、周りは何も変わっていない。

 ただただ異世界に行ってから二時間ちょっとがすぎただけという現実。


「もしかして……今のって全部夢……?」


 確か異世界に行く前は小説を読んでて、そこからツジッキーが来て、異世界に行ったけど、机で寝落ちしてしまった可能性もあるにはある。


 もしそうならかなりリアリティがあって壮大で辛いものだった。

 でも同じくらい大切なことも学べた。

 いい夢ではないけど悪夢でもなかったようなそんな夢。


 だけどいざ終わってしまうと、一抹の悲しさが残る。

 あの世界は幻想で私の大切なものは幻で、もう彼らにも会うことができない。

 だけど叶うのなら、私の、大切だったあの世界の結末を見届けたかった。


 ポツリとつぶやく。


「もう一度だけ、魔法少女になれたらいいのにな……」


「なれると思うよ」


 窓際から声がした。

 それは子どもっぽくて、聞き慣れているはずなのに、懐かしいようなそんな声。


 視線を窓へと移していく。

 ほんのちょっとの期待と不安を込めながら、私は彼の姿を捉えた。


「つ、ツジッキー……?」


「ああ。久しぶり、リコ。元気にしていたかい?」


 その真っ白な体、特徴的な長い耳。

 歩み寄って、幻覚じゃないかと思って体を持ち上げてみるけれど、確実に実体があるし温かい。

 なででみると初めて会った時とおんなじ反応をする彼がそこにはいた。


「ツジッキー、ツジッキーだ! 本物だ!」


「そりゃ本物だよ。そんな反応してどうしたんだい、リコ」


「だ、だってもしかして今までのが全部夢なんじゃないかって思ってて……」


「夢? そんなわけないじゃないか。全部現実だよ。リコはおかしなことを言うね~」


「うう、だって……」


 泣きそうになった私を見かねてツジッキーがなだめてくれる。

 少しして涙の気配が引いてから、私は尋ねた。

 

「ところでツジッキーはなんでここに?」


「あ、そうだった。忘れてたよ。実はね、友達のリコを王宮に招待しに来たんだ」


「王宮に?」


「うん」




 どういうことかを聞いてみるとツジッキーはゲートを開いて移動中に話すと言ってくれた。

 ゲートは前みたいに宇宙空間に漂っているという感じで、懐かしい感覚に身を委ねながら聞いた話をまとめるとこうだ。


 私と別れた後、ツジッキーとサリーちゃんは魔王城下に帰ると作戦を実行した。

 魔王城下では反乱の火種がくすぶっていたらしいんだけど、元々は根も葉もないうわさがその元凶。


「ならこちらもうわさで対抗しようと思ってね」


 ツジッキーの魔法で操った反対派の市民に『王子たちは魔物化を克服した』といううわさを流させる。


 そして私があげたペンダントに組み込まれていた魔法でリアム先生、つまり元の姿に変身したサリーちゃんが姿を現し、反乱を鎮めていったということだった。


「そんなにうまくいくものなの?」


「もちろん僕たちだけでは難しかった。でも父様や城のみんなが協力してくれたんだ」


 続いてツジッキー達は彼ら同様に魔物化に苦しんだ人たちを救済する活動を開始。

 王子たち自らの行動が認められ、魔物化に対する差別も国内では少なくなった。

 魔物化は完全に克服できたわけではないし、いまだに差別はあるらしいけれど。


「地道にやっていくさ。僕らには頼れる友達や仲間たちがいるしなんとかなると信じてる。思い描いた理想の世界にするために頑張っていくよ」


 ツジッキーの表情は晴れやかだった。

 彼らにも大切な人やものができて、本当によかったと心から思った。


 話題は私をなぜ王宮に招待したのかということについてに移る。


「ついこの前、僕たちの魔族の国とブライト王国という人間の国との間で友好条約を結ぶことが決まって、今日はその調印式なんだ」


 これまで人間と魔族は互いに干渉することはなかったけれど、ブライト国王と魔王の外交努力もあり、貿易はもちろんのことあらゆる分野で協力していくということになったらしい。


 その中には医療分野も含まれていて、ブライト王国との協力によってもしかしたら魔物化対策の糸口を掴めるかもしれないということだった。


「これも全部リコのおかげだよ」


「ええっ!? 私、何もしてないよ?」


「そんなことない。リコが僕とにいさんを助けてくれなかったら今頃魔族と人間は戦争をしていたかもしれない。戦争は何も生まない。互いを蹴落とすんじゃなくて手を取ることが互いのため、ひいては世界のためになると気づけたんだ。君はそのきっかけをくれた。ありがとう」


 すごくスケールが大きなことになっているような気がするけれど、私が見てきた悲劇がやって来なくて、未来を変えられたのならそれは嬉しいことだと思う。


 あの時のサリーちゃんとの約束も少しは果たせた気がして心がポカポカした。

 そしてついにその時がやって来た。


「もうすぐで到着するよ。準備はいいかい?」


「う、うん! バッチリだよ!」


 私の返事を聞いて、ツジッキーは大きく頷いた。


「よし、じゃあ行こう!」


 その瞬間、まばゆい光に包まれたと思ったら、すぐに固い感触が。

 目を開ければ、あの魔法陣が描かれた部屋だった。

 またまた懐かしい場所にやってきてしまって、懐かしさのあまり一瞬ボーっとしていると、ツジッキーが心配そうに顔を覗き込んで来た。


「リコ、大丈夫かい? 酔っちゃったかな?」


「う、ううん。全然平気だよ。二回目だからへっちゃらだったよ」


「二回目? どういうこと?」


「あっ、そ、それは……な、なんでもないよ」


「なんだい、教えてよ」


 と、前回訪問時のことを言っていいのかどうか迷っていると、突然部屋の奥のドアが開け放たれた。


「ツジッキー、戻ってきているの? 魔法少女ってどの子かしら!?」


 明るく元気な、でも安心感のある声が部屋に響き渡る。


 その声の主に私は目を向けた。


 さらりと流れるような金髪に宝石のような緑の瞳。

 意思と自信の強さをのぞかせる立ち姿はまさに王女の風格。

 我が道を行くというタイプだけど、決して友達を見捨てはしない頼りがいのあるそんな子。


 そこにはウィルがいた。

 ウィルはこちらに視線を合わせるとためらうことなく歩いてきて笑いかけてくれた。


「あなたが噂の魔法少女ね。はじめまして、私はウィル。あなたの名前は?」


 言葉を、発することができない。

 もう二度とウィルとは話せないと、会えないと思っていたから。


 守れなかったはずの、大切な友達が目の前にいる。

 私のことなんて覚えていないだろうけど、そんなことどうでもよかった。

 その嬉しさだけで私は胸がいっぱいになってしまった。

 涙が込み上げてきたけど、とっさに目元を隠す。


「どうしたの? 大丈夫?」


「……ごめんなさい、なんでもないです。……私、野山リコっていいます。よろしくお願いします」


「リコ、ね。よろしく、リコ!」


 その時のウィルの笑顔は、いつにもまして明るく見えた。




 式典まで時間があったのでウィルとツジッキーがブライト王国内を案内してくれた。


 王宮、魔法学校、大広場など様々な場所を巡っていった。

 何度も通り、見慣れた街並みだったけれど当たり前のようにその景色があるということはとても素晴らしいことなんだと改めて実感した。

 何より街の人々がみんな笑顔だったことが印象的だった。

 怯えるものもなく、日々の幸せを享受している姿を見るだけでこちらまで自然と微笑みがこぼれてしまうような、そんな場所がそこにはあった。


 もう二度とあんな悲劇がこの街に訪れないことを私は心の中でそっと祈った。

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