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友達

「……めろ……」


 声がする。

 どこかで聞いたことのあるような声だけど、よく思い出せない。


「……ハハ……弱……」


「……何する……」


 声の主が三人に増える。

 何の話をしているのか分からないけど、言い争っているようなそんな感じが――。


「誰か、誰か助けて!!!」


 その叫び声でようやく意識が戻った。

 辺りを見回す。そこは夜の森の中だった。

 周囲は漆黒の闇に包まれ、木々のざわめきがざわざわと鳴っている。


 風に乗って誰かの助けを呼ぶ声が流れてきた。


「やめろ! 何をするんだ!」


 向こう十メートルほど先にぼんやりと小さな明かりが灯っている。


 息を殺してそっと木の陰から様子を伺うと、数人の男が何かを取り囲んで蹴り飛ばしていた。

 リーダー格の男が飛ばされたそれを無造作に持ち上げて、ニタリと嫌な感じのする笑みを浮かべた。


「ケハハハ! 知ってたか? 魔物化した魔人は闇社会で高値で取引されている! しかもお前らに至ってはあの魔王の子ども! こりゃ大物だぜ! ケハハ!」


 その男が持ち上げていたのは真っ白な体毛に包まれた耳の長い魔物――いや、違う。あれは――。


「サリーちゃん……?」


 真っ白な体に血を滲ませながら、必死に抵抗を試みていたサリーちゃんだった。

 でも私の知っている彼よりも体が小さく、幼さが残っている印象がある。


 その瞬間、サリーちゃんの話が頭をよぎった。


 ということは……ここは二人が暮らしていた廃村?

 つまり……二人が全てを壊すと決意したあの時、あの場所だ。


「ぎゃあああ!!!」


 男の悲鳴が森にこだました。

 ツジッキーがサリーちゃんを掴んでいる男にかみついたのだ。


「それ以上近づくな! さもないと、もっとひどい目にあわせてやる!」


「もっとひどい目、か……。ケハハハハ! こりゃ傑作だぜ! どんな目に合わせてくれるのかな、おん?」


 男たちがバカにするようにあざ笑っていると、


「舐めるな!」


 ツジッキーはそれに触発されてしまって男たちにとびかかってしまうが、体格の差は歴然。再び蹴とばされてしまう。


「雑魚の魔物化風情がぬけしてんじゃねえよ。あームカつくな~。こりゃストレス発散しないとなあぁ! まずはお前からだああぁぁぁ!!!」


 リーダー格の男は叫んで、懐からナイフを取り出しサリーちゃんの背中を薙ごうとした。


 その瞬間、私の体は動いていた、

 木陰から飛び出しナイフを魔法で吹っ飛ばす。


「うおっ!? なんだ、お前!?」


 驚いたのか男はサリーちゃんを離したので問答無用で魔法で体ごと吹き飛ばす。


「リーダー! てめえ!」


 残党たちも私に襲い掛かって来たけれど、強烈な風を巻き起こすと風圧で木に激突し、もれなく気絶した。

 場に静寂がやってくるけれど、私はサリーちゃんの方に振り返って、彼に近づこうと歩みを進める。


「来るな!!!」


 鋭い牽制。それはサリーちゃんのものではなく、ツジッキーのものだった。

 ツジッキーはサリーちゃんをかばうようにして前に立ちふさがると、険しい表情を向けてきた。


「お前が誰だか知らないが、どうせそいつらと同じなんだろう? それ以上近くづくなら、どうなっても知らないぞ!」


 全く人を信用していない目だった。

 こんな時、無理やり近づいても余計に不信感を強めるだけだ。

 私は杖を地面に置き、ゆっくりとしゃがみこんだ。

 ツジッキーと目線を合わせるように。

 あの日校舎裏で、彼女が私にしてくれたように。


「私は君たちをさらいに来たんじゃない。助けに来たの」


「嘘だ! 僕たちを助ける理由なんてないはずだ! あるなら言ってみろ!」


「だって君、さっき『助けて』って言ってたでしょ?」


 この時、自然と微笑みを浮かべていた。

 自分でも分からない。なんで笑顔になったのか。

 多分、二人が生きていてくれたことが嬉しかったんだと今は思う。


「私は君たちに何もしない。信じてくれないかな?」


 精一杯の優しさを持って語り掛けるも、ツジッキーはやはり警戒心をほどいてはくれなかった。


「正気か、お前! お前なんか信じてやるものか!」


 ツジッキーの魔力が高まった。

 同時に頭の中でツジッキーの声が響いてくる。

 私に洗脳魔法をかけているらしかった。


『死ね! 自殺しろ、殺人犯が!』


 少しずつ両手が首の方に動いていき自分で自分の首を絞め始めたけれど、瞬時に洗脳魔法を解析。

 それを打ち消す魔法を放つと両手は再び意のままに動くようになった。


「そ、んな……魔法が……」


 ツジッキーは驚きのあまり目を見開いていたけれど、最後は諦めたように目を閉じた。


「……もう観念する。僕のことはさらうなり殺すなり好きにしろ。だけど、にいさんだけは見逃がしてくれ」


「何を言ってるんだ!」


 サリーちゃんの怒号が飛ぶ。


「お前が行く必要はない。頼む、弟の代わりに私で手を打ってはくれないか」


「にいさんこそ何をふざけているんだ!」


「ふざけてなどない! 真面目だ!」


「にいさんはいつもそうだ! なんで自分ばっかり犠牲になろうとして――」


「ストップ、ストップ!」


 目の前で兄弟げんかが始まりそうになったので割り込む。


「さっきも言ったでしょ。私は君たちを助けに来たんだって」


「「そんなの信じられるか!!!」」


 息の揃った反論がこっちに向かって飛んできた。

 この兄弟は私のことを全く信じていないことだけはよく分かった。


 さて、ここから信じてもらうにはどうすればいいのだろうか。

 二人の気持ちは痛いほど分かる。

 私にも同じように人を信じられない経験があったから。

 二人は昔の私によく似ている。なら、そう難しいことでもないはずだ。

 あの時、私はどうしてほしかったのか? どんな声をかけてほしかったのか?

 それを考えれば、おのずと答えは出てきた。

 私は杖を地面に置くと、彼らをまとめてそっと抱きしめてあげた。


「なっ、にをやって……」


 困惑に表情を染める二人に私は囁いた。


「魔法は誰かを傷つけるものじゃない。誰かを助けるために、大切なものを守るために使うものなの。私はもう魔法を使うつもりはないよ。君たちを守ることができたから」


「な、何を言っているんだ、お前は……」


「さあ、なんだろうね? でもこれで信じてくれないかな? 私は君たちの敵じゃなくて味方だって」


 そう語りかけてみるけれど、二人は無言を貫いていた。

 でも少しすると、ツジッキーの体が小刻みに揺れ始めた。


「誰が、お前なんか……うぅ……ううっ……」


「泣くな! 泣かせて油断させる気かもしれないんだぞ!」


 サリーちゃんがツジッキーを戒めるけど、


「君がこの子のお兄ちゃんだよね? ここまでよく頑張ったね。もう大丈夫、私がいるから。だから君も泣いていいんだよ?」


 その一言にサリーちゃんも目を潤ませ始めた。


「信じない……お前のことなんか……ううっ……」


「誰も見ていないから。好きなだけ泣いていいんだよ」


 その言葉を皮切りに、私の胸の中で二人は号泣し続けていた。




 二人は泣き止むと、涙を拭きながら自己紹介を始めた。


「助けてくれてありがとう。僕の名前はツジッキー。こっちがにいさんの――」


「リアムだ」


「あっ、リアムっていうんだ……」


 サリーちゃんの本名を知って内心驚いていると、「君の名前は?」と言われたので、微笑みながら答えた。


「私は野山リコ。通りすがりの魔法少女です。よろしくね」


「ま、魔法少女!? 聞いたにいさん!?」


「ああ。本物は初めて見たよ。すごいね」


「そんなにすごいものでもないよ」


「いいや、すごいさ! 魔法少女が来てくれるなんて夢みたいだ!」


「あはは……」


 子どものように目を輝かせている二人と会話を続けて信頼感を構築したのち、私は意を決して聞いてみることにした。


「二人はなんでここにいたの?」


 途端に二人の表情が固まったけれど、サリーちゃんが切り出した。


「……うん。ちょっと長くなってしまうけど、聞いてくれる?」


 そうしてサリーちゃんはポツリポツリと自分の過去を語ってくれた。

 魔王の子どもであること、魔物化のこと、国を追い出されてしまったこと。

 全て私が知っているものと一致していた。


「これが私たちがここにいる理由の全てだ。笑えるだろう? 王子なのに国から逃げて来て、何もかも失って」


「……大変、だったんだね」


「そう、だね……大変だったよ。すごく大変だった……」


「にいさん……」


 俯くサリーちゃんにツジッキーが寄り添う。


「なんで僕たちがこんな目に合わなくちゃいけなんだ……」


 その時、ツジッキーの瞳の奥に憎しみの炎が揺らめきだしたのが分かった。


「ねえ、リコ。提案があるんだ。僕たちと一緒にこの世界を壊そう。僕らの力があれば世界をゼロにできるはずだ。やろう、一緒に。理想の世界を創るんだ」


 ツジッキーは憎悪に支配されているようでそうするしかないと思い込んでいた。

 でもその方法を取ってしまえばまた同じことの繰り返しになってしまう。


「……ごめん、それはできないよ」


 否定の意志を明確に伝えると、ツジッキーの目から光が消えた。


「な、なんで……? リコは僕たちを助けにきてくれたんじゃないの?」


「そうだよ」


「なら助けてよ! 全部壊してよ! 君の力で!」


 ツジッキーの様子を見るに、提案を断っても平行線となってしまう。

 私は言葉ではなく、別の手段で気持ちを伝えることにした。

 二人に近づく。


「二人とも、目を閉じて」


「……何をする気なの?」


「いいから」


 多少訝しげにしていたけれど素直に従ってくれたので、両手を二人の手に重ねる。


 私も目を閉じてこれまで見てきたもの、聞いてきたもの、感じてきたもの全てを想像し、それを二人と共有していく。


 これは想像魔法を応用したもので、頭の中で想像したものを他者と共有できるものだ。

 ほんの数秒のことだったけど、目を開けると二人は呆然としていた。


「これは……何?」


「ツジッキーが言ってたことをやったらどうなるか、私が想像したもの。もちろんこうなるかは分からないけど、私はこうなると思ったの」


 あえてそれが実体験だとは言わなかった。

 あくまで可能性ということにしておくことで刺激を避けたかったから。


「さっきのめちゃくちゃになってた街ってまさか……」


「魔王城の城下町だよ。人間との戦争でみんな死んじゃうの。そして人間もその後に滅ぶことになる」


 ツジッキーは絶句していた。

 一方サリーちゃんが一歩前に出て来て私を見上げる。


「一つだけいいかい? 私たちは、どうなるんだい?」


 私はサリーちゃんから目を逸らし、無言を貫いた。

 それが答えだった。


「……分かったよ。ありがとう、リコ」


 サリーちゃんは目線を下ろすと、振り返ってツジッキーに言った。


「やめにしよう、世界を壊すのは」


「! 本気かい、にいさん!?」


「ああ。リコのおかげで改めて気づいたよ。私はお前も含めて、あの国が好きだったんだ。私はあの国を、大切なものを失いたくはない。そして何より、私の一番大切なお前を失いたくないんだ」


 終始目を見開いていたツジッキーだけど、ふと表情を曇らせると身を翻した。


「リコに限らずにいさんまで……もういいよ。僕は一人でもやってやる。今までありがとう、にいさん。さっきはありがとう、リコ。どうやらここでお別れのようだ。じゃあね」


「待って、ツジッキー」


 その背中に声をかけると、「なに?」とぶっきらぼうな答えが返って来たけど、私は続けた。


「ツジッキーは自分の国が好き? 大切だと思う?」


「そんなわけないだろう。滅んでほしいくらい憎んでいるさ。じゃ、もう行くから」


 去り行く背中に私は言葉を投げ続けた。


「嘘、だよね?」


「……どうしてそんなこと分かるんだい。リコは心でも読めるのかい?」


「読まなくても分かるよ。その涙を見れば」


「……はっ?」


 ツジッキーはこちらを向いた。その瞳からは涙が流れていた。


「い、いつから……」


「リコの想像を共有してもらってからずっとお前は泣いていた。本当に国を滅ぼそうとしているならそんな涙は出ないはずさ」


「違う、これは涙じゃなくて汗だ! それに僕は本当に国を滅ぼしたくて――」


 声を荒げるツジッキーをサリーちゃんは抱き留めた。


「もうそんなこと言わなくていい。壊す必要なんてない。私たちで変えていけばいいんだ。互いに奪う必要のない、私たちみんなで笑い合える世界へと」


 抱きしめられたツジッキーは再び泣き続けていた。




「本当にごめん。私も力になってあげたいんだけど、ここに長くいられなくて……」


 未来のサリーちゃんの魔法の効果がもうすぐで切れてしまうためそう告げると、サリーちゃんは微笑んで、


「大丈夫。あとは自分たちで何とかやってみるさ。それにリコは盗賊から助けてくれた。感謝してもしきれないよ。ありがとう」


 もう少しできることがあったような気がしたけれど、一応素直に感謝は受け取っておく。


「二人はこれからどうするの?」


「一度国に戻ってみることにするよ。どうなるかは分からないけど……さっきにいさんと話してていい計画を思いついたんだ。あ、もちろん国を壊すとかそんな暴力的なやつじゃないよ。リコみたいに人を助けて守るために魔法を使うつもりさ」


「そっか……。頑張ってね」


「うん。もし国に正式に戻れたら、リコにも遊びに来てほしいな」


「分かった。約束するね」


 二人はにこやかに笑った。

 そして小さな荷物を背負うと二人は廃村の出口に向かって歩き出した。


「じゃあここでお別れだ。ありがとう、リコ。またいつか」


「リコ、ありがとう。じゃあね、また会おうね」


「うん、またね。あ、そうだ。その前に二人にこれあげる」


 私は首に下げていた二つのペンダントを二人にあげた。

 未来の二人にもらったものを、今の二人へと。


「これは?」


「私の大切なもの。友達の印と、これからの二人の未来がよくなるようにと思って。大事にしてくれると嬉しいな」


 ツジッキーとサリーちゃんは顔を見合わせて、息を揃えて言った。


「「ありがとう!」」


 私も笑顔で返した。


「どういたしまして」


 そうして去り行く二つの背中を見つめながら完全に彼らが見えなくなった時、私の体が輝きだした。


 どうやら魔法の効果が切れたらしい。


 二人が歩いて行った道を見やりつつ、私は今の気持ちを口に出した。


「頑張れ。二人ならできる」


 その瞬間まばゆい光が私を包み込み、意識が遠くなっていった。

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