資格
「そんなのできるわけないじゃん……。だって世界はめちゃくちゃだし、ツジッキーももういないし……」
「大丈夫だ。魔法少女の君ならきっと――」
「だから無理だって言ってんじゃん!」
サリーちゃんの話を無理やり遮る。
怒りと絶望で自分で自分を制御できなくなっていた。
「そんなことどうでもいいよ! なんで今になってそんなこと言ってくるの!? サリーちゃん、元々人間と魔族を滅ぼそうとしてたんでしょ!? 救う意味なんてないじゃん!」
「確かに最初はそうだった。でも考え方が変わったんだ。君と出会って、そしてこの世界の結末を見てから」
「今更そんなこと言っても遅いよ! じゃあこんなことになる前にさっさとツジッキー説得すればよかったじゃん!」
「私だってそうしようとした。でも無理だった。弟はもはや手が付けられなかった。説得をしようとすれば洗脳されて記憶を消されたんだ」
「そんな言い訳通用しない! サリーちゃんがツジッキーを止めていればこんなことにはならなかったかもしれないのに!」
自分のことを棚に上げ、他責思考に口を任せる。
行き場を失ったぐちゃぐちゃな気持ちをサリーちゃんに向けることでしか、私はまともな精神状態を保てなかった。
サリーちゃんはそっと目線を下げた。
「……そうだね。私は、あの子の兄としてなすべきことを成せなかった。兄失格と言われてもしょうがない」
「そんな次元の話じゃないよ! 人間も、魔族もみんないない! ツジッキーも、ウィルも、みんな死んだ! 街も全部壊れちゃった! サリーちゃんのせいだ! サリーちゃんが、サリー、ちゃん、が……ううっ……」
彼らの顔、彼らの声がよみがえってくる。街の景色が浮かび上がってくる。
でも私が彼らの全てを奪ってしまった。
サリーちゃんに当たったとしても何も解決しない。
そもそもこれはサリーちゃんのせいではない。
全ては私が、私がやってしまったことなのだから。
「もう、遅いんだよ。私が、全部壊しちゃった……。魔法少女なのに……。みんなを守る力があったのに、できなかった……。全部、全部私の責任なんだ……。……ねえ、サリーちゃん、お願いがあるの」
「お願い?」
「うん……。聞いてくれる?」
「……言ってごらん」
「私を……殺してほしいの」
その発言にサリーちゃんの動きが一瞬止まった。
「……正気かい?」
私は静かに頷いた。
「私は死んで償わなきゃいけない。死んでみんなに謝らなきゃいけないの。ううん、死んでも足りない。……ねえ、サリーちゃんお願い。私を苦しめて苦しめて。生きてることを後悔させるくらいの地獄を、見せて。お願い……」
自分でも自分が言ってることがめちゃくちゃだと思う。でもそんなことを願うほど生きているのが苦しかった。
罪悪感と後悔で心がちぎれそうだった。死んだらどれだけ楽になれるか。
生きるのをとっくに諦めていた。
なのに。
「そんなことできるわけないじゃないか」
サリーちゃんは私の願いを拒絶した。
「どうして……? だって私は、ツジッキーも殺したんだよ? サリーちゃんの家族を、一番大切なものを奪ったんだよ……? 憎くないの? 悲しくないの?」
「……憎くないといえば噓になるよ。もちろん弟を失ったのは悲しいさ。胸が張り裂けそうなくらいにね」
「だったら――!」
「でも、元はといえばそれは私たちが決めた道。誰かに恨まれ、殺されてもおかしくない道だった。それを覚悟で私たちは計画を実行した。こんな結末になることも覚悟はしていたさ」
サリーちゃんの目はまっすぐに私を射抜いていた。
強い意志と復讐の炎が揺らめく眼差しだった。
だけど瞬きをした次の瞬間、それらは消えてなくなっていた。
「でもそれ以上に。私はリコに死んでほしくないんだ」
「なんで……? どうしてそこまでして私を……」
「簡単な話さ。友達がいなくなってしまうのは、悲しいからね」
「とも、だち……」
パリン、と音がした。
あまりにもまっすぐな理由と瞳に、全身の力が抜けて手に持っていたガラスを落としてしまった。
それは同時に私の中のわだかまりが壊れた音でもあった。
「リコがあの子たちから守ってくれた時、私はすごく心強かった。リコが毎日遊びに来てくれて、私はすごく楽しかった。リコが友達だって言ってくれて、私はすごく嬉しかった。憎しみに支配されていた私に、君が一人の人として大事なものを思い出させてくれたんだ。そんな恩人に手をかけられるわけがないだろう」
「でも……それは昔のことで! 今の私は、魔法少女の私は何も守れなかった! そんな最低な人間が、生きてる資格なんてないよ!」
「私はあると思う。現に君に救われた人間だっているんだよ? それに、最低な人は多分、君のように泣いたりしないんじゃないかな?」
「……えっ?」
目元を拭う。
指先には大きな雫が乗っていた。
「大切な人たちのためにもがいて、苦しんで、戦える。その人たちを失っても彼らを思い、涙を流せる。君は強くて、勇気があって、とても優しい子だよ」
拭いても拭いても頬には熱い水滴が流れて、落ちていく。
「そんな君を誰も責めたりはしない。誰も恨んだりはしない。誰が何と言おうと君はみんなのヒーロー、立派な魔法少女さ」
その瞬間、堰を切ったように涙があふれ出した。
サリーちゃんはそんな私に近寄って来て、そっと寄り添ってくれる。
私は、ただただ泣き続けるだけだった。
熱くなった目頭を拭っていると、サリーちゃんが切り出した。
「さっき私は魔法を使うことができないと言ったけれど、実は一度だけ魔法を使うことができるんだ」
「それって、サリーちゃんの固有魔法ってこと?」
頷くサリーちゃん。
「時を戻せる魔法、それが私の固有魔法だ。私の魔法を使えば少しの間だけ過去に戻ることができる」
「ほ、ほんとに……!?」
思わず喜びを出してしまう。
過去に戻れればこの悲劇を回避することができるだろう。
しかし喜びも束の間、サリーちゃんの意味深な表情が気にかかった。
「……何か、問題があるの?」
「……実はね、固有魔法を発動してしまうとこの世界線は消えてしまうんだ。過去を変えれば未来も変わる。その未来の私は君のことを覚えていないだろう」
「へっ……? 嘘でしょ……?」
「本当さ」
「どうして……いやだよ、そんなの!」
「そうすることでしかこの結末を変えられないんだ」
何も言うことができない。
私はみんなを救いたい。
ウィルも、ツジッキーも、クラスのみんなも、この戦いで命を失ってしまった全員を。
でも引きかえにこれまでの軌跡はなかったものになってしまう。
サリーちゃんたちとの日々も思い出も全部。
「そんなの、ないよ……。あんまりだよ……」
ショックでうつむいていると、サリーちゃんが私の近くに寄って来てそっと手のひらに体を寄せてきた。
「リコ、私は君のことが大好きだ。世界で一番、宇宙で一番大好きだ」
サリーちゃんの魔力が高まりだすと同時、光の粒子が私の体を包んでいく。
「サ、サリーちゃん……? ま、待って……ダメだよ!」
「ごめんね。私にはこうすることしかできないんだ」
「そんなこと言わないで! 私、まだあなたと話したいことたくさんあるの! まだあなたと一緒の時間を過ごしていたいの! なのに……!」
「リコ、そんな顔しないで。過去の私たちは何も覚えていない。けど君の中では今の私たちは生き続ける。私たちのことを忘れないでいてくれると嬉しいな」
光の粒子を掴んでどけようとしても数が多すぎて取り除ききれない。
私は手を止めた。これは私がどうこうできるものじゃない。
自分の記憶と引き換えにこの結末を変える。
そんなサリーちゃんの覚悟を止められるわけないと分かったから。
目に再び涙が溜まり始めた時、サリーちゃんが何かを手渡してきた。
「そうだ、これを君に預けるよ」
「これって……」
「私の大事なペンダントだ。今はこんなものしかあげられないけれど、どうか受け取ってほしい」
いよいよ輝きが増し魔法が完全に発動する直前、サリーちゃんは言った。
「じゃあね、リコ。元気で」
視界がかすんでいく。
同時に周りが光に包まれていく。
最後に私は叫んだ。
「私、サリーちゃんのこと絶対に忘れないから! 私たち、ずっと友達だよ!」
消える直前、サリーちゃんはとびきりの笑顔を見せてくれた。
目の前が完全に消えると、まばゆい光が私を包み込んだ。




