過去
私は目を疑った。
だってこんなところにあのサリーちゃんがいるのだから。
ここは日本でもなければ地球ですらない異世界。
しかも人間ですらないサリーちゃんがなぜここにいて、喋っているのか訳が分からない。
「やあ、リコ。久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「え、あ、えっ? えと、な、なんでサリーちゃんがここに……?」
しどろもどろになりながらかろうじてそんな疑問を絞り出す私に対し、サリーちゃんは努めて冷静に答えた。
「君がそう思うのも無理はない。私は日本ではただの動物だった。喋るはずもこの世界にいるはずもないのだからね」
サリーちゃんは一度話を区切ると、真剣な口調で話し始めた。
「リコ。実は君に隠していたことがあるんだ」
「隠していたこと……?」
「そう。実は私はこちらの世界の住人であると同時に、魔族の一人でもある。そして君を魔法少女にした魔族、君にはツジッキーと名乗っていたようだが。その兄でもある」
「サリーちゃんが、魔族……? ツジッキーの、お兄ちゃん……?」
頭がフリーズする。
耳からサリーちゃんの言葉が入っては来るけれど、そのまま何事もないように頭を通過していくようだ。
「隠していてすまなかった」
「……いや、別にそれは、いいんだけど……。どうして、今になってここに……?」
「正確にいえば今になってここに来たわけではないのだけどね。ずっと君のことを近くで見ていた。この姿なら納得がいくかい?」
サリーちゃんが言い終わると周りに白煙が漂い出して、サリーちゃんの姿が人間の男の人へと変わっていく。
それはリアム先生の姿だった。
「これは擬態魔法と言ってね、自分の姿を変えることができる魔法さ。でも私は魔法を使えないからこの魔力石を使っているのだけどね」
サリーちゃん、もといリアム先生は首元にさげたペンダントを私に見せた。
「こうして私は教師として人間界に紛れ込み、君のことをずっと見守っていた。……いや、正直に言った方がいいかな。君のことをずっと監視していたんだ」
「監視……? な、なんで?」
「君が僕たちの計画の要であり、同時にリスクでもあったからさ」
「どういうこと……?」
「そうだね、話せば少し長くなるんだけど……聞いてくれるかい? 私と弟の過去のことを」
そうしてサリーちゃんは元の姿に戻ったあとに自分達兄弟の過去を語り始めた。
――――――――――――――――――――――
私たちの種族は魔人という呼び方をされてはいるけれど、見た目が普通の人間と少し異なるくらいの違いがないんだ。
生まれてくる時も人間の赤子と同じように母親から生まれてくる。
私たちも最初は普通の魔人と同じように生まれた。
でも私たちが生まれたのはただの一般家庭ではなかった。
王族だったのだ。
私たちは時期魔王候補として魔王である父と王妃である母、そして多くの大人たちによって育てられた。
魔王として特に優れた功績を立てていた父の子どもということで幼いころから厳しくしつけられていた。だが同時に育ててくれる人たちの優しさも感じながら私たちは順調に成長をしていた。
しかしある時、そんな順風満帆な人生に転機が訪れた。
忘れもしない、九つの誕生日の時だ。
私たちは双子で生まれたため同じ誕生日で、誕生日は私たちにとっても両親にとっても年に一度のお祭りのような日だった。
一年で一番幸せになれる日だった……はずなのに。
「何……何で家畜が紛れ込んでいるのよ!!!」
朝食を取ろうと食堂にやって来た私を見て、母が悲鳴を上げた。
「何を言っているのですか、母様」
「いや、喋った! 気持ちが悪い! 早く、誰かこの家畜を駆除して!」
母は相変わらず意味不明なことを叫んでいる。
まだ夢でも見ておられるのではないか。
母の体調を心配していると、そこに弟もやって来た。
「おはようございます、母様、兄さま」
「ああ、おは――」
その時、私は絶句するほかなかった。
弟の声がしたはずなのに、確実に弟の声を聞いたのに。
そこにいたのは、全身を白い体毛でおおわれた魔物だった。
同時に、その生物も私のことを驚愕の目をもって見つめていた。
「……にい、さま……?」
「きゃあああ! 家畜が二頭も! 誰か早く来て頂戴!!!」
母の叫びを聞きながら私たち兄弟は固まり続け、すぐに地下の牢獄へと監禁された。
その後地下牢にやってくる医者や魔物の専門家たちとの面会を経て、ようやく私たちが王子であること、この姿になってしまった原因が突き止められた。
「これは……魔物化ですな」
医者はそう診断を下した。
魔物化とは、ある日突然普通の魔人が魔物のような姿になってしまうという謎の現象のことを指す。
私たち魔人の先祖は元々魔物として生活していたということは知られているが、魔人の中でごくまれに魔物の血が強く出てしまう者がいるらしい。
そして何らかの原因によってそういう者たちの中でもごく一部の魔人に魔物化が起こってしまうのだという。
そうして生まれてしまうのが、喋る魔物という極めて稀有な存在だ。
「魔物化は……治るのですか? 私たちは元に戻れるのですか?」
その質問に医者が首を縦に振ることはなかった。
しばらく私たち兄弟はは地下深くの牢獄に幽閉され続けた。
魔物化は病気ではないため感染することはないものの、魔人たちの間では一種の呪い、最悪の対象として恐れられ、忌み嫌われていたものだった。
寛大な父親はそれでも私たちのことを自分の子どもとして見てくれて、私たち兄弟のことを国民に公表し、王子として今まで通りの生活を送れるようにしようとしてくれたようだった。
だがそれに猛反対したのが母だった。
毎晩毎晩牢屋にやって来ては罵詈雑言の嵐を浴びせてくる。
一日三食もらえていた食事も、母の一言で一食に減らされた。
次第に暴言だけでは飽き足らず、暴力を加えてくるようになり、終いには毒薬を注射し、私たちを殺そうとしてきた。
あの時の母親の顔は忘れることができない。
それほどまでに憎しみに染まった顔だった。でもそれだけならまだよかったのだ。
母親も表では平然としていたようだし、私たちもかろうじて生きていたのだから。
半年ほど経ったある日のこと、私たちが魔物化してしまったというニュースが魔王領内を駆け巡った。
あらぬ噂がそこかしかに経ってしまい、魔王領内は大混乱へと陥り、ついに恐れていたことが起こってしまった。
「女王様が、自害なされました」
母の使用人がそう報告してきた時、私の頭の中は真っ白になってしまった。
そんな私たちに母の使用人は追い打ちをかけるが如く、残酷な知らせを寄越した。
「王国内で反乱が発生しています。王子様たちを殺せ、と」
それを聞いた瞬間、私は領内からの脱出を決意した。
もちろん命の危険を回避するためではあったけれど、それ以上にこれまで世話になった父や城の者たちに迷惑をかけたくない。大好きなこの国を分断させたくないというのが大きかった。
しかし私の決定に弟は納得がいっていないようだった。
「どうして僕らが逃げなくちゃいけないのさ! 僕たちは何も悪いことはしていないじゃないか!」
その気持ちは痛いほど分かる。私だって同じ気持ちだったから。
「それにどうしてあんな奴らのために……あんな親失格のやつらのために……!」
魔王城から脱出し逃げている間も、弟は両親、ひいては魔人という種族に対する憎しみを募らせていた。
魔王領から命からがら逃げだすことのできた私たちは山奥にあった廃村でひっそりと暮らしていた。
もちろん王国からの支援などもなく、自給自足の日々。
これまで城で悠々自適に暮らしていた私たちだから、最初は料理すらまともに作れなかったけど、廃村にあった畑で作物を育て、洗濯をし、家を建て直したりしてなんとか生活を営んでいた。
眠る前、決まって弟は弱音をこぼした。
「にいさん、僕たちどうなるのかな?」
「……分からない。けれどお前には私がいる。大丈夫だ」
私は弟を耳でぎゅっと抱きしめると、弟は安心しきったように眠りについた。
私にできることは、これくらいしかなかったから。
そんな生活が数年続き、私も弟も少しずつ心に負った傷が癒え、前を向こうと歩み始めていたそんな時だった。
「おやすみ、にいさん」
「ああ、おやすみ」
ある日、いつも通りに床に就いた私たちの村に、人間の盗賊がやって来たのだ。
どうやらどこかで私たちの噂を聞きつけ、私たちを捕まえに来たらしかった。
「ケハハハ! 魔物化した魔人は闇社会で高値で取引されているんだぜぇ! しかもお前らに至ってはあの魔王の子ども! こりゃ一生遊んで暮らせるぜ!」
そんな時魔法でも使えたらよかったんだけどね。
私は生まれつき体が弱かったことに加え魔力がほとんどなかったから魔法を使えなかったんだ。
そんな私をかばうように弟は盗賊たちに立ち向かった。
「僕たちに近づくな!」
けれど弟だって私とほとんど変わらぬ背丈だ。
すぐに盗賊にボコボコにされてしまった。
「ケハハハ! 弱ええ! 弱ええぜぇえええ!!!」
「やめろ! 弟を離せ!」
私はたまらず盗賊たちにとびかかった。
身を守るためでもあったが、何より弟を傷つけられたのが許せなかった。
しかし私がかなうはずもなく二、三発殴られ、耳を掴まれた。
「ケハハ! 雑魚の魔物化風情がぬかしてやがるぜ! こりゃちょっと痛い目見せねえとなあぁ!!!」
盗賊が短剣を取り出し、私の背中を一閃した。
「うああぁぁ!!!」
「ケハハハ! もっと叫べ! もっと泣けええぇぇ!!!!!」
命を落とす。そんな覚悟した時だった。
「ぎゃああああ!!!」
「何事だ、ってうぎゃあああ!!!!!」
盗賊同士が切りつけ合いをはじめ、ものの数十秒で盗賊は全員亡き者になった。
何が起こったのか分からなかったけれど、弟から放たれる異様な魔力がその答えを物語っていた。
「これは……これは使える。洗脳魔法……これで世界を変えられる……」
弟の固有魔法はその瞬間に開花し、人間たちを殺したことで自信を深めていたようだった。
弟は見たこともないほど邪悪な笑みを浮かべて、私に語りかけた。
「こんな世界もううんざりだ。にいさん、ふたりで変えよう。この腐った世界を」
それは間違っている。
そう言おうとしたが、私の口は動かなかった。
今までこの辛い現実に対し私たちが我慢すればいいとそう思っていた。
しかしこの時にはとっくに私の中では最後の一線のようなものが切れていた。
「ああ。そうだな」
それから私たちは魔族と人間を全員葬り去るための計画を立てた。
ただやつらを殺すだけでは足りない。
自分たちが受けたものよりももっと深い苦しみを、絶望を味わわせないといけない。
私たちはまず人間側を洗脳して魔族への憎しみを植え付けることから始めた。
古来より人間と魔族は互いに干渉しないという姿勢を貫いていたが、現魔王、つまり私たちの父親は人間との交流を再開し、友好関係を築こうとしていた。
友好的だと思っていた相手がいきなり裏切り、戦争になったらどうなるか。
魔族、人間双方ともに物理的のみならず精神的にも甚大な被害を与えることができるだろう。
私たちは時間をかけてゆっくりじっくりと人間を洗脳し、自分たち自身も人間界に入り込み、意志通りに人間を動かせるようにした。
しかしそれではまだ足りなかった。
ある時、王国軍の人間に人間と魔族が戦争を始めたらどうなるか、数学者に計算させてみると、僅差で魔族が勝つという公算が出てしまった。
このままでは人間を滅ぼせても魔族は滅ぼせない。
その時、私たちが目をつけたのが伝説の魔法少女だった。
異世界から魔法少女の才能のある人間を連れて来て魔族を滅ぼし、人間側もその後に滅ぼす。
その結論に至った私たちは異世界である地球へと趣き、魔法少女の才能があったリコを見つけ、ウサギとして近づいたというわけだ。
――――――――――――――――
明かされたツジッキーとサリーちゃんの過去。
サリーちゃんの口から語られたことを聞いて、なぜツジッキーがあんなことをしてしまったのか、そして魔王の言葉の本当の意味を知ることができた。
でも疑問に思っていることもある。
「……なんで、サリーちゃんは私に会いに来たの?」
さっきも聞いたけど、うまくはぐらかされたことをもう一度聞いてみる。
いや、考えるまでもない。
二人の兄弟は魔族と人間を滅ぼすために生きていた。
しかし計画はとん挫し、弟のツジッキーは殺された。
サリーちゃんからすれば全ての原因は魔法少女である私にある。
ならば考えられることは一つだけだ。
「……私を、殺しにきたの?」
サリーちゃんは驚いたように目を見開いたけれど、ゆっくりと首を振った。
「違う。私は君にお願いがあってきたんだ」
「……おねがい?」
「ああ。頼む、リコ。世界を、弟を救ってはくれないだろうか?」
「……世界とツジッキーを、救う?」
サリーちゃんは一度頷く。
「魔法少女の君なら必ずできるはずさ」
サリーちゃんの目は私をまっすぐに見据えていた。
必ず、そうできると信じて疑っていないようなそんな目だった。
私は一度サリーちゃんから視線を外すと、正直に自分の気持ちを吐き出した。
「……今更なに言ってるの、サリーちゃん?」




