絶望
ブライト王国を蒸発させた……? って、え?
「何を、言っているの?」
「そのままの意味さ。醜い人間どもがうようよといる王国を一気に蒸発! まとめて排除しただけだよ」
あくまであっけらかんとした態度で答えていくツジッキー。
「……じょ、冗談はやめてよ。は、花火は……? 花火を上げるんでしょ……? 前から準備してたお祝いの」
「うん。だから前々から結界といって王国に爆裂魔法を仕込んでおいて、魔王討伐のお祝いにボカーンと一発上げたじゃないか。血と肉が混じった盛大な花火を」
意味が分からない。さっきからこの子は何を言っているんだろう?
もしかしてこれもサプライズの一環?
そうだよね、ツジッキーが本当にそんなことするはずないもんね。
いつも微笑みを浮かべたまま変わらない表情。
変わらない表情は少し不気味だったけど、声や態度には感情が現れていて。
こっちに来てからも色々と私のことを助けてくれて。
そんな優しくて、感情豊かな子がこんなことするはずない。
私はツジッキーを見る。
現実から目を逸らしたくて、否定したくて。
でも……ツジッキーの目には黒い何かが宿っていた。
その時、分かった。
ああ、これが現実なんだって。
「……な、なんで……こんなこと、したの……?」
訊くと、ツジッキーは『よく聞いてくれた!』とばかりに目を爛々と輝かせた。
「それはね、僕の夢が魔族と人間を全て滅ぼすことだからさ!」
「滅ぼす……? 魔族と人間を……?」
「うん。魔族もそうだけど、君たち人間も僕たちを見捨てたからね。これは当然の報いなんだよ」
「報い……?」
「そう。あー、スッキリした―! 昔っからの夢、ついに叶っちゃったな~。夢がかなうとこんなにも清々しい気持ちになるんだね!」
ツジッキーが跳ね回っている横、脳裏に多くのものがよぎった。
あの綺麗な王宮、見慣れた街並み、楽しかった学校。
ロンさん、リアム先生、クラスメイトのみんなの顔。
そして……忘れもしない親友の笑顔。
今、この瞬間にそのすべてがなくなってしまったんだ。
悲しみなのか、憎しみなのか。
これが何という名前の感情なのか分からない。
だけど胸は今までにないくらいざわめいているのが分かった。
私はその場に崩れ落ちた。
その直後、怒声が城内に響き渡った。
「なにが……なにが大精霊だ!」
ごく普通の男性兵士だった。
仮にもただの兵士が上官相当の大精霊であるツジッキーに楯突けばこの場で粛清されてもおかしくはない。
しかし王国軍は誰も動くことはない。彼が全ての人間の声を代弁していたから。
「家族が……王国に家族がいるんだぞ……。なのに王国を蒸発させたって……お前自分のやったことの意味分かっているのか!!?」
「分かっているさ。君の家族もろとも王国を消したというだけさ」
「消しただけ、だと……? ふざけるな!!!!!」
兵士は怒りに任せ、ツジッキーに怒号を浴びせる。
するとそれが起爆剤となったのか、王国軍の兵士たちは口々にツジッキーを非難し始めた。
「そうだ……責任取れよ!」
「夫を返してよ! 返せ!!!」
「殺してやる! この化け物が!!!」
怒りと憎しみの大合唱が魔王城にこだまするもツジッキーは微動だにせず、ため息をついて首を振るだけ。
「やれやれ。本っっっ当にうるさい種族だね、人間というものは。これだから君たちは嫌いなのさ」
「黙れゲスゴミが!」
最初に声をあげた男性騎士は明確な殺意を持って私たちの方に向かって歩いてきて、腰に掛けられた剣を手に持つ。
「死ねよ! 早く死んでくれよ!!!」
「うーん、生憎僕はまだ死ぬわけにはいかなくてね。どうしようか……。そうだ、最初に僕に歯向かった勇敢な君に素晴らしい栄誉を授けよう」
「殺すお前は殺す!!!」
もはや会話がかみ合っていないのに、ツジッキーは努めて冷静に語り続ける。
「僕の計画はまだ完全には終わっていない。なぜなら君たちがまだ生き残っているから。君には最終段階開始の狼煙を上げてもらうとしよう」
「死ねえええぇぇぇ!!!!!」
「さてと。じゃあ……殺れ」
直後、男性騎士は背中から大量の鮮血をまき散らしながら膝から崩れ落ちた。
一瞬の出来事で、私を含めた誰もが動くことすらできなかった。
私は彼の背後に目を向けた。
男性騎士も口から湯水のように吐血しながら自分を切りつけた者の顔を見た。
「お、お前……なんで……?」
彼を切りつけたのは、見覚えのない別の男性騎士だった。
切りつけた別の男性騎士は血の滴る剣先をボーっと眺めたのち、顔を驚愕と困惑色に染め上げた。
「えっ……? な、なんで俺、こいつのこと、切って……あれ? なんでぇ……?」
「ハハハハハ! 君、すごいいいリアクションするね~! 騎士より俳優の方が向いてるんじゃない?」
高らかに笑うツジッキーに切りつけた男性騎士が戸惑いの眼差しを向けた。
「はっ……? まさか大精霊、お前の、魔法なのか……?」
「そうだよ~。そういえば教えていなかったかな。まあ、でもこれは陛下にもリコにも誰にも言ってなかったことなんだから下っ端の君が知らなくても当然かな」
その眼差しはまるでおもちゃをもてあそぶような楽し気で。
「僕の固有魔法は洗脳魔法。人を意のままに操ったり心を読んだりできるのさ。君も気をつけた方がいいよ。後ろにいるからね」
そして邪悪だった。
「後ろ、ってぎゃああああ!!!」
その男性騎士も噴水のように血しぶきとともに別の騎士に切りつけられる。
あまりにも衝撃的な光景に言葉が出てこない。体も動かない。
すると魔王城のあちこちで爆発音とともに悲鳴がこだまし始めた。
騎士だけでなく魔法使いも洗脳され、洗脳されていない兵士たちと殺し合い始めたのだ。
血が流れ、焦げた肉の臭いが充満していく。
魔人の遺体の上に次々と王国軍の兵士の遺体が積みあがっていく。
「ハハハハハ! いいね、頑張れー! 最後まで生き残るのは誰かな~?」
眼下の惨状にツジッキーは心底愉快そうに笑っている。
その笑顔に心が冷え切っていく。
ツジッキーはなんで笑っているんだろうって。
同時に私の中の良心も動き出す。
友達を、止めなきゃって。
「ツジッキー……やめてよ……」
「ん? リコ、今何か言った? 全然聞いてなかったよ」
「もうやめてって言ってるの!!!」
ツジッキーはゆっくりとこちらを向いて不思議そうに首を傾げた。
「やめる? なんで?」
「ツジッキーは間違ってるから!」
「そうかな? なら具体的にどのあたりが間違っているのか教えてくれないかな」
「こんなにたくさんの人を苦しめて、だまして、大切なものを奪って! それなのにツジッキーは笑ってる! これのどこが間違ってないって言えるの!?」
私は息をいっぱいに吸って、訴えた。ツジッキーに、友達に思いが届くように。
間違っているって分かってほしくて。今からでも戻ってきてほしくて。
そんな願いを込めた。
だけど、ツジッキーは私の思いを冷笑で迎え入れた。
「何様のつもりだい、君は」
「……えっ?」
「リコ、君に僕を咎める権利なんてあるのかな? 間違いだらけの君に」
こちらを突き放す声のトーンに、私の中で何かがプチリと切れる音がした。
「私は……私は、間違ってなんかない! 少なくともツジッキーよりは!」
「へー、すごい自信。だけど振り返ってみなよ。これまでの自分の行動をさ」
ツジッキーは余裕の表情で歩み寄って来て、私を見上げた。
「種族は違えど君は多くの人を苦しめた。魔物を殺し、魔族を殺し、魔王を殺し、街を壊滅させた。もちろん君一人でできなかっただろうけど、結果的にきっかけを作ってしまった。おかげで魔族は全滅さ」
フラッシュバックする魔族の目。
昔の、私の目。
「っっっ!!! 違うっっ!!!」
衝動的な否定。だけどツジッキーは話を止めない。
「いいや、何も違わない。見てきただろう、あの惨状。泣きじゃくる子ども。逃げ惑う市民。それでも助けはやってこない。圧倒的な力に打ちのめされ、抵抗もできずに死んでいく魔族の姿を。あれは、君が作り出した世界で間違いない」
鮮血が、血の匂いが蘇ってくる。
「あぅぁぁああ!!!」
「それにリコは王国のみんなも裏切ったよね? 魔王を倒すとか言っておきながら王国が滅んだら意味ないじゃん。とんだ最低人間だね、君は」
王国の人が顔が、クラスメイトの顔が浮かんできて、私を糾弾する。
『この嘘つき!』
『何が魔法少女だ! 見損なったよ!』
「違う違う違う! それは全部ツジッキーのせい! 私のせいじゃない!」
「確かに僕のせいでもある。でも裏切った事実は変わらないよ?」
私は耳を塞いで座り込んだ。
これ以上何かを言われればおかしくなりそうだった。
だけど、心の中に直接ツジッキーの声が響いてきた。
『逃げないでよ』
「うああああ! どっか行ってよ、もう!!!」
「行かないよ。最後まで人の話は聞こうね。えっと、どこまで話したっけ……。ああ、あとは僕が大切なものを奪った、だっけ? 君もじゃないか。君も魔族の大切な人奪ったよね? よくもまあ、僕にそんなこと言えたもんさ」
最初に殺した魔人が私の足を掴む。
泣いていたその魔人の子どもと母親が私の腕を掴んで離さない。
『嫌っ! 離して! 離してよ!!!』
『俺だけでなく家族も、殺したのか……。許さない、許さない……』
ゆっくりと彼らの圧に押しつぶされ、黒い沼に引きずり込まれ、そして魔人の子どもが体を這い上がって来て、言う。
『お前が、お前がああああ!!! 絶対に忘れない! お前の顔も、声も! 脳に刻み込んで、必ず復讐してやる! もう普通に生きられると思うなよ! 僕の大切なものを奪ったお前は必ず殺す殺す殺してやる!!!!!!!!!』
「ああああぁぁぁああぁぁあ!!!!!!!!!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい!!!
「リコ、君は僕と似ている。大切なもののために戦っただけなんだ。君は王国のみんなのために、友達のために。僕は、僕の夢のために戦ったからね」
誰か何か言っている。
誰?これは誰の声なの?
「違う違う違う!!!」
「何も違わないさ。だって自分の大切なものを守るためには、他人の大切なものを奪うしかないからね」
そんなわけない。
私の大切なものは、そんな犠牲の上に成り立つものじゃない。
私はそんなこと望んでなかった。ただ友達を、国を守りたかっただけなんだ。
「リコ。いい加減認めなよ。君は大切なものを守るために他人の大切なものを奪った! 僕たちは自分の欲望のために動く醜い怪物さ!!! さあ、怪物同士一緒に生きていこうじゃないか! 殺した人間の断末魔でも聞きながらさあああぁぁ!!!」
誰かの背中が見えた。
長い金髪、堂々たる立ち姿。
見とれてしまいそうな緑の瞳。
ウィルだ。
ウィルは私のことを見つめている。
彼女なら分かってくれるはず。
私は、私はあなたを守りたくて頑張ってきたの!
大切なあなたを守るために魔法少女になったの!
ウィルの手を掴んだ。
その瞬間だった。
『触らないで。この人殺し』
「いやああぁぁぁあああ!!!!!! ちがああああああう!!!!!!!!!!」
体から魔力があふれ出る。
怒りも憎しみも悲しみも全部全部私の外に出た。
行き場を失った魔力は鈍い色を放ち、暴走し、爆ぜた。
爆発音。
乱暴な魔力が、魔王城を壊しているようだった。
だけど、そんなことどうでもよくて。
私はただただ泣き叫び、己の弱さを後悔するだけだった。
「……ううん」
瞼が重い。
どうやらまた眠ってしまったらしい。
意識がぼんやりと輪郭を取り戻していく。
私はこの起きる前の感覚が嫌いだ。
夢の中なら私は何者にもなれて、何をしたって夢だった、で片付けられる。
でも起きてしまえばその先には現実が待っている。
辛くて、苦しくて、目を背けたくなるような現実が。
そんな最悪な気持ちを味わいながら深海から水面に出るように意識を覚醒させて。
血まみれで倒れ込んでいるツジッキーを見つけた。
「…………ツジッキー?」
固まっているその体に触れてみる。冷たい。
彼の目からは生気が消えていた。
ツジッキーは、死んでいた。
「…………えっ?」
吐息が漏れ出たような音がやまびこのように反響する。
私は視線を台座の向こうへと向けた。
そこにはたくさんの人がいたけれど、誰も返事を返してくれる人はいなかった。
「……うぅ……うあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
私は、泣いた。




