現実
目の前が真っ暗で何も見えない。何も聞こえない。
体を動かそうとしてみるけれど、おもりがついているみたいにうまく動かせない。
ここはどこだろう?
自分の居場所と周りの状況を探し求めるように感覚を研ぎ澄ませる。
すると右手に何かを握っている感触があるのに気づいた。
この手になじむ質感と重さ。自分のステッキだとすぐに分かった。
ではなぜ私はステッキを握っているのか?
……そうだ。
私は今魔王城で魔王と対峙していて、それからは……あれ、どうしてたんだっけ?
ここから先の記憶がすっぱりと切り取られたみたいに抜け落ちている。
どれだけ思い出そうと頭をひねってみても、思い出すことができない。
でも次第に視覚と聴覚が鮮明になっている。
体の自由も段々と利くようになったきた。
試しに右手を動かしてみる。ぐちゅぐちゅと気味の悪い音が鳴る。
何かがステッキに刺さっているらしい。
何が刺さっているのか、と疑問に思っていると、ついに目の前が開けて――。
「……!!!」
血に染まった右手と、ステッキに心臓を貫かれた魔王の姿が目に飛び込んで来た。
「ひっ!」
頭で理解するよりも先に、口から空気が漏れる。
なに、これ?
なんで私、魔王の心臓を……?
「……あ、あいつは……悪魔……。……魔法、少女よ……。あの、悪魔を……息子を……何と、しても、止め…………」
魔王はそれだけを言い残し、ステッキごと後ろに倒れ込んでしまう。
「ど、どうして……どうして私は魔王を……?」
理由を求めて必死に記憶を掘り返すけれど、思い出せない。
ただ分かることはある。
赤く染まった手が全てを物語っていた。
「わ、私が、やったの……?」
「そうだよ!」
足元から弾むように明るい声が飛んでくる。
ツジッキーだった。
「やったね、リコ! 君はついにあの忌まわしき魔王を打ち倒すことに成功したんだ! すごいよ!!!」
ツジッキーは今までに見たこともないほどの喜びようで、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
そして魔王の遺体に歩み寄っていくと、耳を鋭く尖らせて魔王の首を切断。
切断部から血がダラダラとこぼれ落ちるのもお構いなしにその首を天高く掲げた。
「みんな、ついにリコが、魔法少女が魔王を討ち取ってくれたよ! 僕たちはやったんだ!!!」
いつも通りの子どもっぽい声が魔王の間に反響すると同時、大歓声がその場に巻き起こった。
歓声の大きさに驚いて正面を見る。
そこでは数百人はいた魔族たちが見る影もなく倒れ込んでいた。
私が気を失っている間に、王国軍が魔王の間に到着し市民を全員殺害したようだった。
歓声はさらに大きくなっていき、地獄絵図と化した魔王城にこだまする。
「な、なにこれ……ゆ、夢……? これは、夢なの……?」
「夢じゃないさ、現実だよ!」
喜びに満ち溢れているツジッキーと王国軍のそばで数多の屍が血の池を形作っている。
その光景を見て思った。
本当にこれで、よかったの……?
確かに魔法少女としての役目は魔王を打ち倒し世界に平和をもたらすことだった。
だけどこの目の前の景色は、私が望んでいたものだったの……?
魔法少女云々以前に、人として正しいことだったの……?
「正しいとか正しくないとか今となってはどうでもいいよ」
「……えっ?」
驚いた。
口に出さずに考えていた魔法少女としての役割と責任感。
なのにツジッキーが口をはさんできたから。
まるで私の心を読んでいるようだった。
いや、それもだけど。
それよりもさらに衝撃的だったのは、そんなことをツジッキーが言うとは思ってなかったから。
「つ、ツジッキー……? 今の、どういう意味?」
「意味? そんなのないよ。邪魔者どもを殲滅できた。その事実さえあれば僕には十分だ」
「邪魔者……?」
「そう。僕の計画を邪魔しようとしてくる虫けらどもさ。はあー、すっきりした~。これで思う存分、計画を進めることができるよ」
ツジッキーはいつもの表情を変えない。
でもその声には明らかに、どす黒い何かが見え隠れしていた。
ツジッキーはふいに私の方を向いて、ペコリと頭を下げる。
「ありがとう、リコ。君のおかげで僕を見捨てたゴミどもの半分を消し去ることができた。あとはもう半分を消すだけだよ」
「……えっ?」
今、ツジッキーはなんて言った?
見捨てた? もう半分を消し去る? なに?
「はーい、みんな注目ー!」
普段のツジッキーの言動とのギャップに混乱している私にはお構いなしに、ツジッキーは背後に大きなスクリーンを映し出す。
それはツジッキーの魔法だということは確かで、そのスクリーンの向こう側には多くの人々と見覚えのある景色があった。
出発前に集まった中心部の大広場だ。
現在進行形で王国と映像がつながっているらしい。
「王国のみんな、聞こえてるー? 僕だよ、僕ー! 突然だけど、みんなにお知らせがあるんだ! それは……魔王を打ち倒すことについに成功したんだ!!!」
その瞬間、スクリーンの向こう側からも地鳴りのような大歓声が上がった。
老若男女問わずその場で抱き合い、叫び、涙を流している。
それを見て、こちら側の王国軍も一斉に喜びを爆発させた。
歓声が、拍手が鳴りやまない。
その場に祝福ムードが充満している。
だけど……私は固まったままだった。
分からないこと、考えなければいけないことがありすぎて。
もう、どうすればいいのか、頭が働かなかった。
「ここでサプラーイズ! 実は魔王討伐を祝してお祝いの花火を用意していたんだ! 今から打ち上げるから王国のみんなは空に、魔王城のみんなはスクリーンに注目ー!」
すると画面が切り替わって王国の上空が映し出される。
「カウントダウン始めるよー! 十、九、八、七……」
ツジッキーのかけ声とともに国民全員がカウントダウンを始める。
正直花火なんて見てる場合じゃないんだけど。
この場の空気に水を差す思いを胸に秘め、私も仕方なくスクリーンを眺める。
「六、五、四……」
花火が打ちあがったらツジッキーに聞かなきゃいけないことがたくさんある。
魔王の正体、そしてツジッキーの発言の真意。
「三、二……」
それを全部聞き出して、振り返らなければいけないことがある。
「「「いち!」」」
全員がそうコールして花火を見上げようとした瞬間だった。
一瞬にしてまばゆい光が魔王城を包み込んだかと思うと向こうの音が聞こえなくなる。
画面は真っ暗な闇を映し出していて、状況がよく分からない。
故障……?
「ああ、ごめんごめん。アップじゃ分かりにくいよね。じゃあちょっと引いて、と」
魔王城内がざわめきに応えるように画面はじりじりとズームアウトしていく。
すると瞬時に映像の視点が切り替わり、そこに何かが映し出される。
それは巨大なキノコ雲だった。
「…………はっ?」
口から無意味な空気が漏れた。
あんなに盛り上がっていた魔王城も今は静まり返っている。
誰も状況を理解できていないらしかった。
「……えっ? ……な、なに? 何が起こったの……?」
「知りたいかい、リコ?」
ツジッキーは何事もなかったかのように、てくてくと横を通りすぎて私の前に出る。
声はいつも通りのツジッキー。
だけど……顔は、見たこともないほど嬉しそうに笑っていた。
「今ね、ブライト王国を蒸発させたんだ」




