魔王城
私たちは大勢の王国軍の兵士を従えてついに魔王城内に侵入することに成功した。
足止めを食らった城門を悠々と潜り抜け、城本体へと歩みを進めていく。
正面の五メートルはあろうかという鋼鉄の扉を破壊。
足を踏み入れるとやはりというべきか、外観通りの内装が目に飛び込んで来た。
大理石のようなこの世界での最高級の石材が床一面に使われていて、天井には豪奢の限りを尽くしたシャンデリアがつるされている。
壁には大小さまざまな絵画が金の額縁で飾られていて、城の奥行きは計り知れない。
魔王の絶対的な権力、富、名声を見せつけるかのような城内であることは確かだが、今は鳴りを潜めている。
というのもそれらを覆い隠してしまうほどの人影が集まっていたからである。
毛布にくるまって縮こまっている私と同じくらいの年の子、泣きわめく子どもをあやす母親、落ち着かない様子で同じ場所を円を描くように歩き続ける成人男性など。
老若男女問わず様々な魔人が魔王城内で不安げに身を寄せ合っていた。
私が姿を見せた直後、彼らは何が起こったのか理解できていない様子だったが、すぐに顔面蒼白になりどこからともなく甲高い悲鳴が巻き起こる。
魔人たちはなりふり構わず逃げ惑いながらも私のことを視界の端に捉えていく。
何百、何千もの視線が一瞬で降りかかって来た。
そのすべてに私への怯え、そして恐怖が色濃く内包されていることが分かった。
あれ、この目……。
何かを訴えるかのように突然霞んだ記憶が脳裏によぎるけれど、所詮ただの記憶。
「突撃いいいぃぃぃ!!!!!」
最高司令官の合図とともにそれはすぐに立ち消えてしまった。
兵士たちが次々と私の横を通り抜けていき、魔王城の制圧を開始する。
そうだ、記憶なんかに囚われている場合じゃない。
私は、自分の為すべきことをなす。それだけが私の存在理由なのだから。
次々と兵士たちに殺されていく魔人たちの悲鳴を聞きながら私は魔王城の奥へと歩みを進めた。
城内は迷路のように入り組んでいて、進むたびに多くの魔王軍の兵士たちが私たちを待ち構えていて、そのたびに王国軍も最後の力を振り絞って対抗した。
もちろん私も参戦を試みたけれど、王国軍の人たちは口を揃えて、
「ここは我らに任せて、魔法少女様は先に行ってください!」
と言ってくれたので私は先を急いだ。
この先に待つのは悪名高き魔王軍の親玉である魔王。
その実力はこれまでの魔王軍の兵士の比ではないだろう。
魔法少女であり、王国で一番強い私にしかできないこともある。
たくさんの仲間たちに助けられつつ、力を温存しながら城内を進み続けた。
そしてついに最上階に辿り着いた時、荘厳な鉄扉が目前に現れた。
「ついに来たね。ここが魔王の間だよ」
「ここが……」
場所的にもここが魔王城の最深部、つまり魔王の部屋としか思えない。
扉の左右には松明が揺らめいていて、いかにもという感じが漂っている。
しかし見張りの兵士なんかはいなくて、ただ扉がそこに存在しているだけ。
私はおそるおそる取っ手に手をかけてみるけれど、特に結界の類なども設置されていないようだった。
つまり扉を開ければそこは魔王の間で魔王と対面する可能性が高いということになる。
辺りを見回してみてもここには私とツジッキーしかいない。
王国軍の仲間たちはみな、私を先に行かせるために今も魔王軍と戦っている。
彼らの期待に応えるために吉報を届けられるように私は全力で使命を全うする!
「ツジッキー、行くよ!」
「うん!」
全体重を預けると扉は少しずつ開いていき、その向こう側の景色が見えてくる。
魔王の間というからには相当豪華な装飾が室内を彩っている、という予想とは裏腹にそこは床に赤いカーペットが敷かれ、天井に照明がつり下がっているだけの簡素な部屋だった。
ただし必要最低限の装飾で威厳を顕示している。
そしてこれが全く持って予想外のことだったんだけど――。
「……魔人?」
驚くべきことに魔王の間には所狭しと多くの魔人が寄り集まっていた。
服装を見るに彼らは魔王軍の戦闘員などではなく、魔王領内の一般市民であることが見て分かる。
王国軍の追跡を逃れてここに辿り着いたということだろう。
そんな彼らもやはり私に対して最初に魔王城内に入った時に向けられたような視線を送って来た。
またあの目だ。
私は前にも同じような目を見たことがある。
だけど、思い出せば思い出そうとするほどもやがかかったように思い出すことができない。
どこで見たんだろう……。
記憶の扉を開こうと葛藤していたその時、しわがれた声が部屋に響き渡った。
「貴様が魔法少女か」
その呼びかけに群衆が綺麗に割れると、奥の威圧感のある台座から一人の老人が降りてくるのが見えた。
その重厚的な風格。
王たる証の王冠、ワインレッドに染まったマントといったその身なり。
全てにおいて他の大勢の魔人とは違う。
私は直感した。
「あなたが魔王……?」
「いかにも」
魔王と名乗るその老人は鷹揚に頷き、台座の上からこちらを見下ろしてくる。
その頭にはひときわ大きな角が生えていて、恰好はまさに王そのもの。
マントをたなびかせながら階段を降りてくるところを見れば明らかに魔王だと分かるが……その様子には目を疑った。
なにせその老人、明らかに私よりも弱い。
魔力もほとんど感じられず、 歩くことすらおぼつかない風だ。
これまでに見聞きしたことや王国襲撃の一件から、魔王は若く好戦的かつ強大な力を持っていて、傍若無人を絵にかいたような諸悪の権化というような印象を持っていた。
しかし目の前の老人からはそんな気配は一切感じられない。
果たしてこれが本物の魔王なのだろうか。
いや、これは私たちの隙を作るためのブラフ?
とにかく一刻も警戒を解くことのないように、と気を引き締める。
と、同時に魔王が両手を天高く持ち上げた。
以前魔力は感じられない。
しかし魔王が何かアクションを起こすことは明白だった。
魔法か、物理攻撃か、はたまた他の何かか。
今から攻撃してもこの距離では魔王の行動を止めることはできないだろう。
魔王が息を吸い込んで、場の緊張感が極限まで高まる。
……来る!
「降参する」
その一言に瞬間冷凍されたみたいにこの部屋全体が凍り付いた。
…………は? な、なんで? どうして?
単純な疑問が頭を埋め尽くし、声を出すことができない。
誰も言葉を発しようとしない様子を見て、魔法は私に語り掛けた。
「貴様らの目的はわしを倒すことだろう? なら拷問だろうが磔だろうが好きにするがいい。代わりにここにいる市民に害を加えず解放せよ」
やはりその言葉の真意を誰も理解することができず、静寂が数拍流れる。
やがて雨水が大地に溶け込んでいくみたいに言葉を理解した群衆たちは驚きに目をむいた。
最初はかすかだったざわめきは次第に勢いを増していき、すぐに部屋中に響き渡る大音声となった。
その多くは魔王の自己犠牲を嘆くもので、中には涙を流している者もいる。
その気持ちは分からないでもない。
自分たちの王たる魔王が自らを犠牲にしてまで自分達市民を守ろうとしている。
それはまさに王の手本であり、殊勝なことに他ならないのは事実。
私だってブライト国王が自らを犠牲にして市民を守ろうとしたのなら目の前の魔族たちと同じように声を張り上げてでも国王を止めようとするだろう。
彼らの気持ちは分からないでもない。だけど……だけど!
同時に言いようもないほどの怒りがマグマのように腹の底から湧き上がって来た。
気づけば私は衝動的に叫んでいた。
「ふざけないで!!!!!」
多分人生で出した中で一番大きな声だと思う。
再度空間に静寂が到来し、この場の全ての視線が私に向く。
一番苦手だった状況の中でも、私は激情に任せるまま口を動かした。
「これまで何十万、何百万という人が魔族との戦いで命を落とした! その命はもう戻らない! なのに自分の命一つでそれを贖罪しようだなんて許されるわけない!」
魔王の案が最善であることは理解できるけど、納得はできなかった。
脳裏に浮かぶ、凱旋時の男性の涙。
私はあの涙をもう見たくないと思った。
「魔王を捕らえたとしても、ここにいる魔族を逃したらどうなる? 復讐にやってきたらどうなる? 王国はまた危機に陥るに決まってる!」
ウィルの顔、クラスメイトの顔。
彼らの笑顔を守るために、大切なものを失わないために私はここにやってきたのだ。
「人間の食べ物、水、財宝、土地、命を全部奪って! 魔族は絶対に許さない!!! 許してはいけない! ここにいる魔王、魔人共々全員皆殺しにしてやる!!!!!」
魔王を睨みつける。
あいつが諸悪の根源、この世に不要な存在、消さなければいけない男!
激しい怒りが体を突き動かした。
「殺す殺す殺す殺す!!! 死ねえええぇぇぇ!!!!!」
私は杖を思いっきり握り、無我夢中で魔王に向かってとびかかった。
その刹那、怒号が発せられた。
「目を覚まさんか!!!」
気づけば私は地面に転がっていた。
いや、魔王の力で転がされたといった方が正しいか。
魔王は怨嗟の念が込められた私の眼差しを傲然と受け止める。
「魔法少女よ。貴様は騙されているのだ。その傍らにいる怪物に」
「うるさい! 馬鹿を言わないで!」
響き渡る私の怒声とは対照的に魔王は落ち着く気払った様子で、
「そもそも我ら魔族は歴史上人間と対峙していたことなどない」
「嘘だ! じゃあなんでブライト王国に攻め込んできた!」
「それも全てその怪物のせいだ。そいつの固有魔法により我らの同志が操られた。そしてあたかも人間と魔族が対立しているという構図を作り出されたのだ」
固有魔法? 操る?
「いつまでたっても貴様は変わっていない。魔族だけでなく人間にも迷惑をかけ、貴様はやはり悪魔だ!」
魔王は険しい表情をこちらに向けている。
でもその目は私ではなく、私の足元にいるツジッキーに向けられていた。
「今日こそ、貴様を葬り去ってくれる! 世界から戦をなくすために!」
ツジッキーは黙ったまま魔王のことをじっと見つめている。
話の流れがうまく読めない。
なんで敵の魔王が、戦いをなくすなんて言うの?
魔王は諸悪の根源で、魔王を殺せば戦いはなくなるんじゃないの?
今までそう思ってきた。
でもその前提が、音を立てて崩れていっているような気がした。
「……ツジッキー、どういうこと? ちゃんと説明してよ」
「…………」
「ねえ、ツジッキーってば!」
「…………」
表情すら変えず微動だにしないツジッキーに変わり、私に声をかけてきたのは魔王だった。
「目を覚ませ、魔法少女よ。今、目の前に広がる光景は貴様が望んだ世界なのか? 大切なものを守るために戦い続けて。その結果自分に向けられる視線を見てみろ。市民の目に貴様はどう映っているか」
魔王から視線をずらし、辺りを埋め尽くす魔族の目を見据えた。
ああ、そうか。やっと思い出せた。
これはあの夜の、鏡に映った私の目。
弱くて、みじめで、自分の無力感に押しつぶされそうな目。
私は強くなって、自分の大切なものを守るために魔法少女になった。
だけど今、私がしていることは、あの時の大橋さんたちと同じことだ。
彼女たちのように弱い相手を虐げ、人の大切なものを奪おうとしている。
私は気づかないうちに自分と同じ境遇の人を、たくさん生み出してしまっていたんだ。
その瞬間、濁流のような後悔が押し寄せてきた。
「あ、あああ……わ、わたし……な、なにしてる、んだろ……! ああ、あああああ!!!!!」
視界がぼやっと滲む。
「わ、私……やっちゃいけないこと、しちゃった……。こんなの私の思い描いていた魔法少女じゃない……つ、ツジッキー……! わ、私、どうすれば……どうすれば……!」
追いつめられて気が動転してしまい、ツジッキーに答えを求めた。
ツジッキーは私の友達。
きっと正しい答えをくれると思ったから。
でも、ツジッキーは大きな大きなため息をついた。
「…………はぁぁぁ~……。本っっっ当に、面倒くさいな~。リコは才能はあるんだけど、心が弱いね。弱すぎるよ。でもまあ、そのおかげで思い通りに動いてくれるし、一長一短って感じなんだけど。でもそれにしても面っっ倒くさいな~、もう!」
静寂の中に舌打ちが一つ、鳴り響いた。
……え?
「……つ、ツジッキー……?」
かすれた声で友達を呼ぶ。
彼の目は私を捉える。
その瞳にはこれまで積み上げてきた友情や信頼なんか、露もなかった。
「まあもういいや。今さらばれてもどうでもいいことだし。じゃ、リコ。ちょっと寝てて。おやすみ」
「ど、どういう、こと……ツ、ジッ、キー……」
直後、私の目の前はだんだんと暗くなっていって。
私は意識を失った。




