結界
魔王城前までたどり着くと多くの兵士たちでごった返していた。
ここまで来たなら魔王城に突入すればいいのに誰一人として入ろうとしていない。
軍の精鋭たちの多くが結集し、仮に魔王相手でも戦力的に十分戦えるはずなのに、なぜなんだろう。
理由を探ろうと辺りを見回していると、近くに思案気に腕を組んでいる見知った顔があった。
「ベル中隊長」
声をかけると、彼女は相変わらずの無表情を向けて来た。
「おや、魔王少女様に大精霊様。昨日ぶりですね。ご無事で何よりです」
「いえ。中隊長にまたお会いできて嬉しいです」
彼女の制服は返り血で少し汚れているものの目立った外傷は特にない。
さすがは若くして中隊長まで上り詰めた実力者なだけはある。
「ところでこれ、どういう状況なんですか?」
「魔王城の城門に特殊な結界が張られていて中に突入できないのです。どうやら物理攻撃も魔法も吸収してしまうものらしく……。現在、結界解除が専門の小隊が解除を試みているのですが、どうやら苦戦しているようですね」
「なるほど。厄介ですね、それは」
「本当です。解除に時間がかかるほど、相手に隙を与えてしまう。もし魔王に逃げられでもしたら王国軍の失態ですから一刻も早く解除してもらいたいのですが……」
中隊長は腕を組みかえて再度城門を見つめていた。
私も同様に城門のそばで解除を試みている魔法使いたちを眺めながら、考えをまとめ上げていき、城門に足を向けた。
「魔法少女様、どちらに?」
「城門前まで。ちょっと考えがあって。失礼します」
私が人ごみをかき分けながら進んでいると、ツジッキーがぴょこんと肩に飛び乗って来た。
「考えってどんな考えなんだい?」
考えられる解除案は二つある。
「まず一個目は結界に魔力を大量に流し込むこと、かな」
本来この世界での結界というものは外部からの攻撃に対して、それを防いだり反射させたりするものが一般的とされている。
しかし今回の結界はそれを吸収すると中隊長は言っていた。
つまり外部からの攻撃を全て魔力に変換し、無効化することによって攻撃を防いでいるのがこの結界の特徴と考えられる。
「ふむふむ、なるほど。なら結界が無効化しきれないほど大量かつ強力な攻撃を一斉に結界にぶつけて壊せばいいってことだね」
「普通ならそうなんだけど……今回はちょっと違うみたい。だって王国軍の魔法使いたちがこれだけ集まっても壊れていないということは相当強力な結界ってことでしょ? ということはこの方法は今回は使えないと思うの」
「リコの膨大な魔力量でもダメなのかい?」
「うーん、もしかしたらなんとかなるかもだけど……。仮に壊せたとしても魔力がすっからかんになっちゃうし、壊せなかったらただの魔力の無駄遣いになるからね」
諸々の事情を考慮すればこの案は得策ではないことが分かる。
「じゃあ手詰まりじゃないか。って言おうと思ったけど、その顔、まだ何かあるみたいだね」
「うん。実はもう一つ、私だからできそうな方法があるの」
「へえ、それは楽しみだね」
ツジッキーと話しているうちに人ごみを抜けいつの間にか城門前に辿り着いていた。
荘厳な作りの巨大な門は来た者を威圧し、侵入者を拒絶しているかのようだった。
左右に強固な塔がそびえ立っていて、組み合わされたレンガには一分の隙も無い。
まさに最後の関門と呼ぶにふさわしいものだった。
そのすぐそばで結界解除専門の魔法使い達が色々と試行錯誤をしているけれど、全然解除の糸口が掴めていないようだった。
「ちょっと触ってもいいですか?」
そう訊くと、頭を悩ませていた魔法使いたちは驚きを表情に浮かべながらも頷きつつ、一歩後ろに下がってくれた。
少しずつ歩み寄っていくと、ちょうど城門とこちらとの境界付近で魔力が急激に高まっていることが分かる。
熱いものに触ろうとする感じでゆっくりと直接手を触れてみる。
この時点ではただの柔らかい見えない壁という印象しかない。
けれど魔力を込めてそれを壊そうとするとグググ、と腕が何かに引っ張られるような感覚とともに腕先に集中させた魔力が消失していた。
「やっぱり……」
こんな感じで魔力を吸い取られてしまうんじゃ、いくら結界解除が専門とはいっても魔法使いだと解除に難航してしまうだろう。
でも正直に言えばここまでは想定の範囲内。ここからが正念場だ。
私が考え付いた二つ目の案、それは想像魔法を使って結界を破壊すること。
どういうことかは実際にやってみれば分かることだ。
そして、想像魔法の使い手である私にしかできない方法でもある。
まずは自分の手と結界の間に魔力を通さないフィルターのようなものがあるのを想像する。
想像魔法は現実世界の物理法則や魔法の理に反することだって想像できさえすれば実現させることができる魔法だ。
現実にはそんなフィルターなんて存在しないし、実際に今、目の前にそんなものが現れたりするわけではないけど、理屈は抜きにしてとにかく想像し、あると信じ込む。
それがこの魔法を使う上で一番大事なことだ。
すると次第に魔力が吸い取られなくなっていった。成功だ。
魔力を指先にまで巡らせられることを確認してから次のステップに移る。
手に魔力を集中させながら結界に触れつつ、結界がガラスの壁である、と自分の中で無理やりに定義しなおした。
実際は結界はもちろんガラスでもなんでもないし物理的な攻撃で壊れたりするようなやわなものではない。
でもそう思い込み想像魔法を発動させることで現実を改変させる。
ここでも想像し、思い込むことが非常に重要だ。
こっちの世界に来てから私はひたすらに想像魔法を磨き続けてきた。
その努力を今結実させるときである。
ガラスになった結界を思い浮かべつつそれを突いて砕けるイメージで私は張り手のように思いっきり手を突き出した。
「やああっ!!!」
うまく想像魔法が働いていれば結界が割れるはず。
根拠のない自信を胸に、その瞬間を待ち続けていると。
ピシッ、という音の後、バリン! と勢いよく結界が砕け散った。
まるで本当のガラスのようにキラキラと落ちる結界の破片を前に、この場にいる全員が静まり返る。
聞こえるのはガラスと化した結界がシャラシャラと地面に跳ねる音だけ。
私は振り返る。
「解除終わりました。みなさん、行きましょう」
その直後、数時間にも及ぶ見事なオーケストラが終幕を迎えた瞬間のように、王国軍の兵士たちが歓喜の声を高らかに上げた。
「解除専門の魔法使いたちが手こずっていたものをこうもあっさりと。さすがは君だ」
ツジッキーは満足げな瞳で私を見上げる、
「簡単ではなかったけどね。特別授業の成果がちゃんと発揮できたって感じかな」
「いや、すごいよ、やはり君は本当に魔法少女の才能がある」
ツジッキーは二、三度深く頷くと真剣な口調で言った。
「いよいよ最終局面だ。力を出し切って魔王を打ち倒そう。そして世界に平和を!」
「うん。行こう!」




