正義
結局王国軍は魔王軍を完膚なきまでに殲滅してしまった。
今回参加している騎士や魔法使いは私も含めて王国中から選抜された精鋭たちだ。
しかも一か月にわたる徹底訓練と完全武装により驚異的な戦闘力を誇っているため、犠牲をほとんど払うことなくわずか数時間で大勢は決した。
積みあがった魔人の山を見て士気が一層高まった王国軍は快進撃を続け、その後なんと一日足らずで魔王領の城壁を視界に捉えるまでに至ったのだった。
魔王領の城壁はブライト王国のものと負けず劣らずの頑強な造りで、最上部に魔王軍所属と思しき魔法使いや大砲を操作する兵士が何人も並んでいる。
向こうの兵士たちは私たちの接近を察知すると一斉に魔法や砲弾を向けてきた。
一方の王国軍の魔法部隊も防御結界を張り、初撃に冷静に対処する。
間髪入れることなく両軍の攻撃の応酬が始まった。
当然のことながら城壁からの攻撃で終わるわけもなく、地上からも多くの兵士がこちらに向かって進軍してきている。
それを真正面から迎え撃つのはブライト王国軍の騎士隊だ。
空からの攻撃に地上戦。
城壁前の平原はものの半時間ほどの間に大規模な戦場と姿を変えた。
殺意と怒号と炎が入り混じり、再び戦場という場の現実が目の前に突き付けられるが、私は私の為すべきことをなすだけだ。
前衛にいる騎士隊や魔法部隊に攻撃の手が及ばないよう結界を張りつつ、反撃を試みていく。
うち何発かは相手の結界をかいくぐり、城壁の最上部で爆ぜてはいくものの、いかんせん魔王軍の軍勢が多すぎて焼け石に水といった感じだ。
あまりの魔王軍の多さに辟易としていると、ツジッキーは冷静に戦況を分析する。
「もう城壁が見えているからね。おそらくここがあっちにとっても最後の防衛線ではないかな。ここを突破できれば一気に勝機が見えてくるはずさ」
普通に考えれば魔王軍側も城壁の突破を許すわけにもいかないだろう。
ならこの関門を打ち破るために一番すべきことはなんだろうか。
このまま城壁前で競り合いを続けていても軍勢で劣る王国軍が不利だ。
王国軍の全勢力を地上部隊にぶつけ、突破を試みるのが最善手。
ということは――。
私は足にぐっと力を込めるとツジッキーに呼びかける。
「ツジッキー! 今から城壁の上の敵を一掃するために飛ぶから、飛んでる間、防御結界張ってくれない?」
訓練のおかげで飛びながら他の魔法も使えるようにはなった。
しかし実際問題、他の魔法を併用してしまうと飛行能力が若干落ちてしまって、城壁の最上部にまではたどり着くことができない。
さらに飛んでいる間は格好の餌食になってしまうため他の人に結界を張ってもらいながら飛ぶ必要がある。
そんな意味を込めたお願いに、ツジッキーはすぐに意図を察して。
「任して! リコは敵の掃討に集中するんだ」
「うん、じゃあ行くよ!」
私は無駄な思考は一切切り捨て、自分の体が上空三十メートルくらいまで急上昇する想像をする。
すると上からワイヤーでつるされているかのような浮遊感ののち、加速的に上昇が始まった。
もちろん敵も私のことをみすみす見逃すはずはなく、格好の的とばかりに魔法や砲弾が飛んでくるが、ツジッキーが張ってくれた結界がそれをはじき返した。
魔法や砲弾が爆ぜてまき散らされる爆炎を抜けた先、ついに私は城壁を見下ろす位置にまで到達することができた。
城壁の上にいる魔人たちは私の姿を見て動揺したのか、攻撃の手を一瞬だけ止める。
その瞬間を私は待っていた。
「はああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
杖を真横に振り払うと猛烈な突風が辺りに吹き荒れ、刃物のごとき風が魔王軍がおろか砲台まで切り刻んでいく。
体の部位ごとにばらばらにされた魔王軍はなす術もなく絶命。
砲台の中の火薬が爆発し、その死体を炎の中に溶かしていく。
つい数秒前まで魔人と武器で埋め尽くされていた城壁の最上部は一転、赤い絵の具をまき散らしたかのように朱の一線が引かれ、殺風景な光景に様変わりしていた。
でもこれも仕方のないことだ。
だって彼らは敵で、私たちに危害を加えてきた。
報いを受けるのは当然なんだ。
地上の戦況を伺う。
魔王軍の地上部隊はいまだしぶとく騎士団と交戦しているけれど、私が城壁の魔法使い達を一掃したこともあって援護を受けられず、相当不利な戦いを強いられているようだった。
防御結界を張る必要もなくなり、王国軍の魔法部隊も地上戦に参戦。
魔王軍が壊滅するのは時間の問題。でもここで貴重な時間を浪費するわけにもいかない。
私たちの目的はこの先にいる魔王の討伐なのだから。
私が再び杖を天に掲げると、その先に恒星のようにまばゆく輝くエネルギー球が現れる。
それはすぐに直径三メートルほどにまで成長すると、まるで雨のように無数のエネルギー弾が地上へと降り注いだ。
エネルギー弾は交戦中の魔王軍を壊滅させると同時に城壁内部にまで到達し、魔王城下の街並みを屑物へと変容させていく。
「みんな、今だよ!」
肩に乗るツジッキーが拡声魔法を使って呼びかけると、王国軍の兵士たちは檻から放たれた猛獣のように一直線に城壁へと向かって行く。
「撃てえええぇぇぇぇ!!!!!」
王国軍最高司令官の合図とともに魔法部隊が正門に向かって一斉射撃を開始すると、威厳を放っていた木製の門はあっけなく粉々になり、騎士隊を先頭に王国軍が魔王領内に大挙して押し寄せた。
地鳴りのような咆哮とともに王国軍が攻め入る様子を見ながら私たちはゆっくりと地上に降り立ち、肉塊と化した門番を横目に堂々と魔王領内へと歩みを進める。
すると、その先に広がっていたのは見るも無残な光景だった。
抵抗できずに次々と切りつけられていく人々。
おびただしい数の悲痛な叫び。
右隣を見れば魔人の女性が自分の子どもを守るように覆いかぶさっているが、王国軍の騎士が二人まとめて串刺しにしている。
左を見やれば片手のない魔族が家の壁を背にぐったりとうなだれており、身動き一つしない。
まるで映画のスクリーンの中で起こっていることが目の前で繰り広げられていることに現実感が湧いてこなかった。
鼻にまとわりつく血の臭いも、耳から離れない叫び声も、あちこちで上がる炎と煙も。
実際に自分の目で見てみても映画の撮影なのではないか、と疑いたくなるような光景だ。
目の前に広がる現実を見て、ふと思った。
これは果たして私が望んでいた世界なのだろうか。本当に正しいことなのだろうか。
今の私は魔法少女。困っている人たちの味方。みんなを助けるヒーロー。
だけど今ここにいる魔法少女は、私の思い描いていた魔法少女なのだろうか?
気づけば先ほどまでの殺意が霧のようにかすれていた。
あれ? 私のしたかったことってこんなことだっけ……?
赤い水音を鳴らしながら答えを探すように歩き続ける。
しかしどこにも正解はないように思えた。
そんな時、突然泣き声が聞こえた。
「ママ―! ママー! うわあああぁぁん!!!」
目の前に泣きじゃくる女の子が佇んでいるのが見える。
一軒家の前にいるその子の右手にはぬいぐるみが、左手には倒れて動かなくなった女性の手が握られていた。
女性の腹部からは血が流れ、血だまりができている。
三歳くらいだろうか?
魔族は恐ろしいものと思っていたけれど、それは私たち人間と何一つ変わらない小さなか弱い命だった。
この子も魔族だ。なら私はこの子を殺さないといけない。
でもそれはあまりにもひどすぎる気がする。
この子は見逃してあげてもいいんじゃないのかな……。
目の前を覆いつくす、黒い感情の中にも小さな良心のつぼみが芽生えようとしていた時、
「殺すんだ」
足元から無慈悲な催促が響いた。
私は驚きを持ってツジッキーに視線を送る。
「こ、殺す……? この子も……?」
「うん」
「で、でもこの子まだ小さいし……命まで奪わなくても……」
ハァ、と大きなため息が漏れ出る音がした。
「温情なんていらないとさっきも言ったよね? 魔法少女が悪を滅するのは当然のこと、自然の摂理なのさ。それにもしガキを見逃して後から王国に攻めてきたらどうするのさ。それで王国の人が犠牲になったら? リコ、責任取れるの? ん?」
そんなの取れるわけがない。そんなこと分かり切っている。
簡単な話だ。責任を取りたくなければこの子を殺せばいい。
だけど……口は全く動かなかった。
殺意の霧が濃くなってはいくけど芽生えかけた良心が必死に抵抗している。
今、私の中の天秤は平衡を保ったまま微動だにしていない。
決断を下すヒントを求めて私は再度目の前の女の子に目を向ける。
するとそばに割れた写真立てが転がっていた。
写真の中ではこの子とその母親、それに昨日最初に消した男性の魔人が三人で笑顔を浮かべていた。
「っっ!!!」
立ち眩みがした。
私は、私はなんてことをしてしまったんだろうか。
この子の父親を殺し、さらに母親を失った子の命さえ奪おうとするなんて――。
天秤が傾いた。
「できない……殺すなんて、できるはずもないよ……」
正直に思っていることを口にした。
何を今更って感じだけど、やっぱり私はこの子に手をかけることはできない。
かろうじて残っていた自分の中の善悪を必死に守ろうと決意する。
しかし再度大きな嘆息が吐かれる。
「何を言って……って、そうか。もう時間か。リコは効果が切れるのが早いね~」
「……へっ? な、なにを言ってるの?」
「あ、ううん、なんでもないよ。こっちの話。それよりも君が責任を取れないっていうなら仕方ないねー。じゃあ僕が殺ろうかな。よいしょっと」
突如、目の前から大量の液体が噴き出した。
その液体は粘性があり、水ではありえない赤色をしていた。
「……はっ?」
前方に目を向けると、ツジッキーの耳が女の子の心臓を貫いていた。
ツジッキーの真っ白な耳に朱が混じり、私の魔法少女の服にも返り血がべったりとついていた。
脳が情報を処理しきれない。
「……つ、ツジッキー……なんで、殺したの……?」
純粋に疑問に思ったことを口にするだけで私は精一杯だった。
「君ができないって言うから僕が代わりにやってあげたんじゃないか。まあ、僕は君の相棒で友達だからね。困ったときはお互い様さ」
「い、いや……そうじゃなくて――」
と、言いかけるもその後の言葉が紡げない。
ツジッキーの声を聞いていると、言いたかったことが霧に隠されるようにしてかすんで消えてしまう。
…………あれ、私、なんて言おうとしてたんだっけ?
そもそも、なんで私、こんなところにいるんだっけ……?
しかも頭がキリキリと痛んできて、余計に記憶がめちゃくちゃになっていく。
「あ、あれ……? な、なんでだっけ……? お、思い出せない……」
「そんなことよりもリコ、そろそろ王国軍の主力が魔王城に着くころだ。魔王城にはたくさんの魔族がいて、悪の権化、魔王もいるはず。僕たちも急いで向かわないとね」
魔王城……魔王……そうだった。
「魔王城へ行って、魔王を、殺さなきゃ……。魔族は、皆殺し……。それが私の、役目……」
「そうだよ! じゃあ急ごうか!」
そのツジッキーの肯定がやけに嬉しくて、私は高揚感を味わいながら魔王城へと足を向けた。




