魔法少女へのいざない
声が聞こえた部屋の窓ぎわを見ると、そこには得体のしれない白い生物が佇んでいた。
「……え?」
あまりに非現実的な出来事に夢でも見ているのかな、と思いほっぺをつねってみるけれど、すごく痛いしその生き物は消えていなくなったりはしない。
しかもこの生き物、今喋った?
「ん? どうしたんだい?」
「しゃ、しゃべった!!!?」
心底びっくりしてしまった私はその生き物から距離を取ろうと後ずさったけど、ベッドの上だということを失念していたので頭から転がり落ちてしまった。
ゴン! という音とともに、鈍い痛みが走る。
「いたいっ!!」
「大丈夫かい?」
その生き物が心配してくれるけれど、正直答える気にはなれない。
「……だ、誰ですかあなた……? ふ、不審者?」
「不審者とは失礼だなー」
「じゃ、じゃあ強盗……? うちにはお金になるようなもの、ないですよ……!」
「別に何も盗まないって」
「えっ? そ、それなら、本当に何者……?」
訝し気な眼差しを向けていると、その生物はあっけらかんと答えた。
「やあ、自己紹介がまだだったね。僕はツジッキー。しがない妖精さ」
「……つ、ツジッキー……? よ、妖精?」
いきなりこの生き物は何を言っているのだろう?
もしかしてお母さんが気まぐれで買ってきたペット?
でもペットが喋るわけないし……喋るぬいぐるみ?
だけどぬいぐるみにしては呼吸しているところとか、目の潤みとかがあまりにも生き物然としている。
私は信じられないという気持ちでツジッキーなる生き物を観察した。
ウサギとキツネを混ぜて二で割ったような見た目をしている。
耳としっぽが長くて、四足歩行。
しかし耳はウサギのそれとは違っていて、先端に向かうにつれて大きく丸っこくなっているというサリーちゃんの耳を彷彿とさせるものだった。
しっぽもまたキツネのものとは一線を画す、先端がひし形でイカの頭みたいな形をしている。
体の大きさはサリーちゃんより少し大きいくらいかな?
目は濃い紫色でトパーズみたいな感じ。
大体の特徴はこんな感じで総じていえば、おそらくこの生物は地球の生物ではなさそうだということだった。
自らを妖精なんて言っていたけどあながち間違いではないのかもしれない。
普通に日本語話してるし。
私はさらにツジッキーを観察しようとしていると、ツジッキーは耳を器用に操って、マフラーを巻くみたいに体に巻き付けた。
「そんなにじろじろ見られると恥ずかしいよ」
「あっ。ご、ごめんなさい……ちょっとびっくりしちゃって……。だけど、本当に妖精さんなの? ぬいぐるみ、とかじゃなくて?」
「うん、本当に妖精さ。もちろんぬいぐるみでもないよ。確かめてみるかい?」
ツジッキーはそう言うと、ぴょんと窓際から降りて私のそばに寄ってきてつぶらな瞳で見上げてくる。
「さ、触っても、いいの?」
「もちろん。好きなだけどうぞ」
おそるおそるツジッキーの頭をさらりと撫でてみると。
「わっ……」
ふわっと柔らかな毛並みが右手を包み込んだ。
ぬいぐるみにも劣らない、いやそれ以上のふわふわだ。
今度はゆっくり愛でるように撫でてみると、ツジッキーの体温がじわっと伝わって来た。
あたたかい……本当に生きているんだ。
「ね? ぬいぐるみなんかじゃなかったでしょ?」
「う、うん……たしかに」
「よかった。納得してくれたみたいだね」
ツジッキーはニコリと笑う。
といっても彼の表情はぬいぐるみみたいに微笑で固定されていてほとんど変わらないのだけど。
ツジッキーは微笑を浮かべたまま首を傾げて聞いてきた。
「ところでまだ君の名前を聞いていなかったね。名前なんていうの?」
「あっ、えっと……も、申し遅れました。……の、野山リコって言います……。中学一年生です。……よろしくね」
「リコ、か。いい名前だね! よろしく、リコ!」
ツジッキーは目をキラキラとさせて明るい声でそう言ってくれる。
まだ自己紹介しかしていないけれど、ツジッキーのことは得体のしれない生き物からふわふわで悪そうではない妖精だという認識に改める。
警戒感を少しほどきながらツジッキーとの会話を続ける。
「それでツジッキー。さっきの魔法少女にならないとかって言ってたけど、あれってどういうことなの?」
「あ、そうだった。忘れていたよ。君にお願いがあるんだ」
「お、お願い?」
「うん。リコ、魔法少女になって僕たちの国を魔王から救ってくれないかい?」
そこからツジッキーは自分たちの世界のことを話し始めた。
まず前提としてツジッキーは私のいる世界とは違う世界、俗にいう異世界というところから地球にやって来たらしい。
その世界は地球ほど科学技術は発達していないけど、代わりに魔法がすごく発達していて、人間たちは魔法を使って平和に暮らしていたとか。
だけどある日突然、そんな平和な世界を壊す者たちが現れた。それが魔族だ。
「魔族は何度も人間たちの国に攻め込んで来ては、人々から色々なものを奪っていった。食べ物、水、財宝、土地、そして命までもね」
もちろん人間たちも無抵抗なままではない。
自分たちで王国に軍隊を作り、魔族たちに抵抗してなんとか均衡を保てていたらしいんだけど。
「でもここ五年くらいかな? 魔族たちも魔王指導のもと軍隊を作って攻めてくるようになったんだ。僕たちはそれを魔王軍と呼んでいる。魔王軍は王国軍にも匹敵する武力と統率力を持っていて、ひとたび争いが起こってしまえばこちらもただではすまなくなってしまったのさ」
そこで人間側は大精霊であるツジッキーに助言を仰ぎ、解決策を見出すことにした。
「大精霊、ってツジッキーってもしかしてすごい妖精さんなの?」
「うーん。自分では普通の妖精でそんな大層なものでもないと思っているんだけどね。人間たちがそう呼んでくるんだ」
「へー、そうなんだ……。それでツジッキーはその時なんて言ったの?」
「伝説の魔法少女に助けてもらえばいいんじゃないかって言ったんだ」
ツジッキー曰く、人間たちの間ではこんな言い伝えがあるらしい。
「悪が世界を包むとき、異世界から来た魔法少女が悪を打ち倒すっていう言い伝えがね。それで僕は今がその時だと判断して、こうして魔法少女となり得る女の子を探していたというわけさ」
「はへー……わざわざ遠いところからご苦労様です」
「いやいや、世界を救えるのならそんな苦労わけないさ」
ここまで話を聞いてきたけれど、私はどこか自分に関係のないおとぎ話のような感覚で耳を傾けていた。
「……ん?」
だけど気づいてしまった。
ツジッキーは世界を救うために異世界にやって来ていて、それで私のところに来たってことは――。
「ま、まさかツジッキー……。私がその伝説の魔法少女だって言いたいんじゃ……」
「その通りさ。リコ、君には才能がある。魔法少女になって世界を救ってほしいんだ!」
私はそれを聞いた途端、再度後ずさった。
「むむむ、無理だよ! わ、私が魔法少女? 絶対ない! む、無理!」
「そんなことないさ。僕の目は特別でね、才能のある人間を見分けることができるんだ。リコ、君には才能がある。魔法少女になってほしい」
「ムリ! ぜっっっっったいにできないから!」
「でもさっき魔法少女になりたいって言ってたじゃないか」
「言ったけど、あれは世迷い事と言うかなんというか、言ってみただけで……」
「でもなってみたいんだろう? ならなろうよ」
「ム~リ~!!!」
そんな押し問答は五分くらい続いていたけれど、私は断り続けた。
私が伝説の魔法少女? 世界を救う? そんな柄じゃないでしょ。
第一魔法少女なんて私とは正反対の存在、私の理想そのものなのだ。
それにもし魔法少女になって世界を救えなかったら……。
気づけばその恐怖に突き動かされるように目を伏せて、謝罪の言葉を並べていた。
「ごめん、ツジッキー……。私、できないよ……。本当に、ごめんなさい……」
しばしの沈黙のあと、表情を変えないままツジッキーが声のトーンを下げる。
「そっか……。君ほど魔法少女の才能がある人はいないんだけど、無理強いはよくないしね。分かった。別の人を探すことにするよ。こっちこそごめんね、無理やり話し進めちゃって」
その言葉が胸に突き刺さると同時に、振り返ったツジッキーの背中が佐々木さんの背中と重なる。
ああ、私、また同じことしようとしてる。
困っている人がいるのに手を差し伸べようとしない。
自分の都合のいいように言い訳ばかり並べて、自分が傷つかないために逃げて。
心の中に後悔と罪悪感が芽吹き始める。
自分からも逃げてしまうような人間が、果たして強くなれるだろうか? 多分……いや、絶対になれない!
その瞬間、私の中で何かが吹っ切れた。
このままだと今日の二の舞だ。私は決めたんだ、強くなるって!
「あのっ!!!」
自分でもびっくりするほどの大声にツジッキーが足を止めた。
「……うん? どうしたんだい?」
私は一度深呼吸をしてから、自分の気持ちを素直に打ち明けた。
「や、やっぱり私、なりたい! 魔法少女になって、世界を救いたい!」
ツジッキーは表情を変えずにじっと私を見つめている。
物音一つしない時間が刻一刻と流れていく。
……あれ? なんだろうこの沈黙。
もしかして私、なにか間違えちゃった……?
「えっと、その……も、もちろん私でよければ、なんだけど……その――」
「本当に!?」
突然のとびきり明るい声とともにツジッキーの微笑みが目に飛び込んで来た。
いや、正確にはツジッキーって表情が常に微笑んでる状態で固定されているから笑ってるのか分かんないんだけど、声からして笑っていると思う。多分。
「本当の本当だね?」
「う、うん……! 本当の、本当だよ!」
大きく頷きながら答えると、ツジッキーは喜びをさらに声に織り交ぜて言った。
「ありがとう、リコ! 嬉しいよ!」
その一言に心がちょっとポカポカするような気がした。




