第八十八話「家族」
リーベが初めてアルトラに会ってから約五年。
ウーの奇行は止まらなかった。いや、ウー自身も彼の姉兄も奇行とすら認識していないのだろう。ただ一人、アルトラを除いて。
リーベは帝国軍に入隊した後、本人とアルトラの希望によってすぐに灰哭隊に配属された。所属した隊はもちろんアルトラが率いる第二部隊だ。部隊といってもアルトラの他にメンバーはおらず、たった二人きりだった。
それから年月が経ち、メンバーは徐々に増えていった。
皆が魔族に恨みを持ち、皆が魔族を滅ぼすために戦った。もちろんその理念はリーベも持ち合わせていたが、彼女にとって灰哭隊は志を共にした者たちの集まりというだけではない。
灰哭隊は彼女にとってたった一つの居場所。家族同然の存在。そしてリーダーであるアルトラは彼女にとっての兄や親のような存在だった。
だが、ウーは違う。
ウーは部下のことを兄弟とも家族とも仲間とも思っていない。そもそも魔族のことすらどうでもいい。
ウーは本当の家族であるパルメ、アルトラ、シナム以外の事は心底どうでもいい。
魔族を殺すのもそうすれば家族が褒めてくれるからに過ぎない。部下を殺さないのも殺せば家族が怒るからという理由でしかない。
だがら平気で部下を捨て駒にする。
ウーの部隊に配属された兵士は長生きができない。それが灰哭隊の常識だった。
そんな男が今、アルトラを巻き込もうとしている。
「パルメ様は帝都に向かわれました。アルトラ隊長も……」
「ふーん。そうなんだ」
ウーに悟られないよう言葉を濁しながら、リーベはアルトラの机を漁っているウーに答える。
「てっきり机が汚れてるからにいちゃんいるのかと思ったよ。ほら、にいちゃんって掃除ができないじゃない?」
何かの証拠を探すように机を漁るウーの言葉にリーベは気が気ではない。
口がガタガタと震え、冷や汗が頬を伝う。今にもウーがすべてを暴いてしまいそうだ。
「あ、これあの虫だ! なんだやっぱり魔王じゃ無かったんだ」
突如発せられた大声に、リーベの体が僅かに揺れる。ウーは散らばった資料からバートンの姿を見つけると少し苛立ちながらバンバンと資料を叩く。その様子はさらにリーベを震え上がらせる。
「四天王バートン……まさかウー様、その魔族と戦いに?」
「ん? そうだよ。ムカつくんだけど部下がみんな殺されちゃってさ。兄ちゃんたちに手伝ってもらおうと思って」
最強の魔族の一人であるバートン。
魔族との戦闘を専門にする灰哭隊であっても大魔族クラスとの戦いは数えるほどしかなく、その際は数え切れない戦死者を出した。それよりも上の存在である四天王など遭遇したことすらない。
無謀としか思えないそんな戦いにアルトラを向かわせることなどできるわけがない。
「人手が必要なのでしたら私が」
なんとしてでもウーをこの場から退けたかったリーベは苦肉の策で自らを犠牲にすることを選択するが、その選択はウーにとって望ましいものではなかった。
無邪気な笑顔を浮かべていたウーの表情がいきなり強張る。
「何言ってるの? 僕がこんなに怪我させられたのにお前なんかが何の役に立つの? 僕を困らせるためにわざと言ってる?」
首を絞められているような圧迫感。
それでも必死に言葉を返す。
「い、いえ。ですが、私も灰哭隊の一員です。ウー様が戦うと仰るのなら戦うのは義務であります」
リーベの返答に、ウーは資料を投げ捨てて詰め寄っていく。
「いえ? ですが? それって言いわけしてる? 僕が言うなら? それって負けても僕のせいって言ってるのと同じだよね? 義務って何? 難しい言葉を使えば僕を納得させられると思ってない? ねえ、ねえ、ねえ!」
頭三個分も小さな少年に、リーベは自分の何倍もある魔族に睨まれた時と同じくらいの恐怖を感じる。
部屋の中だというのに、ウーの怒りに反応するように風が吹き始め、鋭い痛みと共にリーベの唇が切れる。
「僕、お前嫌いだな」
それは彼女にとっての死刑宣告だった。




