第八十七話「ウー」
初めてリーベがアルトラと出会ったのは、彼ら四姉弟が灰哭隊を結成してすぐのことだった。
魔族が気まぐれに滅ぼした村。
お腹が空いていたから、通り道にあったから、ただむしゃくしゃしたから、後に捕らえられた魔族はそんなことを言っていた。
理由はなんにせよ、リーベはその村でたった一人の生き残りだった。
「よし、撤収!」
派遣されてきた帝国軍によって魔族は討伐されたが、リーベの家族は戻ってはこない。壊された家も、思い出も。
帝国軍は村の人々を埋葬した後すぐに発ってしまった。今朝まで子供で賑わっていたこの広場にはもう自分以外誰もいない。
帝国軍と入れ替わりに黒い服を着た四人の男女が廃村に入ってくる。帝国軍は彼らを見ると目を合わさないようにそそくさと行ってしまった。
「酷いものだな」
後の第一部隊隊長、パルメは村に残された傷跡に心を痛め、唇をかみしめている。
「ここも俺たちと同じ……一体どれだけの町や村が被害にあっているんだ」
アルトラは討伐された魔族を見下ろしながら呟き、憎しみを目に浮かべている。
「まったく、魔族の死体は大地を腐らせるんだ。やるならちゃんと処理しないと」
魔族の破片を指先でつまみ、シナムは持参したケースにそれを詰め込んでいる。
「ねーちゃん、おなかすいたよ」
一番後ろを歩くウーはパルメの服を掴みながら何の感情もなくもう片方の手をしゃぶっている。
この場所は自分だけのものだ。
勝手に土足で踏み荒らすな。
リーベは拳を握りしめ、四人の部外者を憎しみを込めた目で睨みつける。
「ん? なんかあいつ俺たちを睨んでない?」
他人の敵意に敏感に反応するシナムがリーベの視線に気が付き、魔族の死体を手に握ったままリーベに近づいていく。
その異様な様子に思わず後ずさるリーベ。シナムの殺意にも似た感情が自分たちを襲った魔族と重なり、うっすらと涙がこぼれてしまう。
「シナム」
そう言ってアルトラがリーベに向かうシナムの肩を掴む。
「……ちょっとからかっただけだよ」
途端に大人しくなったシナムは足を止め、代わりにアルトラがゆっくりとリーベに近づいていく。
「く、来るな! 私の村から出ていけ!」
リーベは泣きべそを浮かべながらかつて村の一部だった瓦礫をアルトラに向かって投げつける。
「あのガキ!」
「待てシナム、アルトラに任せよう」
兄に瓦礫がぶつかるたびに再び顔を強張らせるシナムをパルメが押さえる。
「出て行けって言ってるでしょ!」
目の前まで迫ったアルトラの顔面に石が直撃し、彼の動きが止まる。
「うっ」
流れ出す血にリーベの方が言葉を漏らす。
「ぶっ殺す!」
「待てシナム!」
今度こそ殺意をむき出しにしたシナムは手にした小刀で今にもリーベを突き刺す勢いだ。彼を押さえているパルメも額から汗を流しており、動揺を隠しきれていない。
「な、何よ! 近づくあんたが悪いんじゃない! 私は来るなって……!」
自分を守るために必死に叫び続けるリーベ。頭を押さえたまま動かないアルトラを非難し、逃げ出そうと一歩下がるが瓦礫につまずいて転んでしまう。
「あっ」
立ち上がろうと地面に手をつくリーベだったが、アルトラの手が伸びてくると恐怖で体が硬直してしまう。
殺される。
でも、これでまたみんなに会える。
恐怖と安心感が同時にリーベに襲いかかり一雫の涙がこぼれおちると、アルトラの手がずっしりと彼女の頭に乗せられた。
「大丈夫か?」
彼は非難するでもなく、優しい瞳でリーベに語りかける。
完全に腰が抜けてしまったリーベは目を見開いてアルトラを見つめ、大声で叫んだ。
「大丈夫なわけ……無いじゃない! みんな死んで……殺されて、住むところも無くて……!」
次々と叫ばれる言葉をアルトラは頷きながらすべて聞き入れ、リーベが叫び疲れるとただひと言だけ告げてリーベを抱き寄せる。
「もう、大丈夫だ」
リーベの瞳から一気に涙が溢れる。
「何よ……それ。何よ……それ!」
それ以上は言葉にならなかった。
アルトラの懐に顔を埋め、力の限りに泣き叫んだ。
「なんなのさ……」
ぶつけられなかった殺意を押し込め、うんざりとした様子のシナム。そのシナムを押さえていたパルメは彼を抱きしめ、感極まった様子で水色の髪をワシャワシャとかき混ぜる。
「なんなのさ!」
「アルトラ! 良くやった!」
姉からの抱擁に顔を赤らめながら逃れようとするシナムだが、パルメはすごい力でシナムを押さえながらもう一人の弟を称賛している。
「彼女を仲間に迎え入れる」
数分後、泣きやんだリーベの手を握りながらアルトラは姉弟にそう告げる。
シナムはやや不服そうだったが、パルメはリーベの肩を叩いて祝福する。
「安心しろ。今日からは私たちが家族だ」
温かい笑顔にリーベの荒んだ心も落ち着き、アルトラの手を握りしめながらわずかに笑顔を浮かべる。
「そうだ、もう一人の家族を紹介しよう。おい、ウー!」
リーベはパルメが叫びかけた方に視線を送る。きっと彼女の後ろに付いていた少年だろうと想像しながら視線の先の少年を視界に入れた途端、リーベは体の内側から沸き上がる嫌悪感が爆発した。
「あ、パルメねぇちゃん!」
ウーは座り込んで何かを食していた。
手には魔族の死体と思わしき破片を握りしめ、口の周りは赤黒く染まっている。
「こらウー! またそんなもの食べて!」
怒りながら走り出すシナムだったが、特別驚いている様子はない。
パルメは多少困惑を見せるも、少し下を向いた後にシナムを追いかける。
アルトラは平静を装いながら自然にリーベの視界を塞ぐように間に入るが、リーベは子供が夢中でお菓子を口に頬張るようなウーの姿が脳裏から離れず、何度も嘔吐した。




