第八十二話「化け物」
「ん、ああ。それならあの分かれ道を左だ」
爽やかなジークの笑顔に思わず毒気を抜かれたグロモスは素直に南の都市への道を教える。
「そうかい。どうもありがとう」
ジークは礼を言うと体を回転させ、グロモスたちから去っていく。
両隣のティアベルとエーデルはジークの背中を警戒しつつも、ジークの先にいるパルメとオルドからも目を離さない。
彼らが敵かどうかはわからないが、こちらは怪我人を含めて三人。向こうは四人だ。グロモスが全快だとしても数で負けている。
「ん?」
突然ジークが声を上げて立ち止まる。
グロモスたちの警戒は一気にジークに集中し、エーデルは剣の柄に手をかける。ティアベルも腰につけたポーチに手を突っ込み、何かを取り出す用意をしている。
再び振り返って近づいてくるジーク。
戦闘態勢に入るエーデルとティアベルだが、グロモスは両隣の二人を振り払って一人で前に出る。
「行け!」
困惑する表情を浮かべる二人に振り返って叫び、グロモスは両手を広げてジークの行く手を阻む。
「どこに行くんだい?」
まだ数メートル先に居たジークの声が目の前から聞こえ、慌てて前を向くグロモス。いつの間にか自分の肩に乗せられたジークの手に背筋が凍る。
「貴様……手を離せ!」
反射的に剣を抜いたエーデルはまだ笑みを浮かべているジークに向かって斬りかかるが、その剣はルルによって受け止められてしまう。
「いきなり何をするんですか!」
「黙れ! 先に手を出したのはそっちだ!」
ジークとは違い、ルルは敵意をむき出しにしてエーデルを睨みつけている。
「助太刀する」
ポーチから黒い珠を取り出したティアベルはそれを口に咥えながら毛を逆立ててルルの背後に回り込もうとするが、今度はオルドがさらにティアベルの背後に回り込んでその首筋に剣を当てる。
「動くな」
「くっ」
六人が硬直状態に陥る中、一人傍観していたパルメは呆れた表情で頭に手を当てる。
「……何をしているんだ。私は先に行くぞ」
「あ、待ってくれ。彼、怪我をしているようなんだ」
ジークはそう言うとグロモスの体を気遣うように肩を貸す。それを見たエーデルは剣を持つ手を緩め、ティアベルも口に咥えた珠を離す。
「敵じゃないのか?」
「敵? あなたたちのことなんか知りません」
エーデルが剣を収めると、ルルも不機嫌そうな顔をしながら下がる。
「済まぬ。勘違いをしていたようだ」
「いや、ジークが紛らわしい行動をした。こちらも謝罪しよう」
毛を寝かせながら頭を下げるティアベルに、オルドも応えるように謝罪する。
「どうしたんだい?」
「そりゃあんたが……いや、何でもねぇ」
なぜいきなり争いが始まったのか全く理解していないジークに、グロモスは説明を諦める。
「それにしてもひどい怪我だ。近くの町で手当てをしないと。パルメ、このあたりに町はあるかい?」
グロモスに肩を貸しながらジークがしつもんすると、パルメは地図を取り出しながらグロモスたちの後ろの方を指さして答える。
「地図によるとバルトーレという町があるな」
「よし、じゃあその町に行ってみよう」
方向転換してバルトーレに向かおうとするジークだったが、今しがたそこから逃げてきた彼らは当然拒否する。
「だ、大丈夫だ!」
ジークの肩から飛び退こうとするグロモスだが、ジークはがっちりと掴んで離そうとしない。
「遠慮しないでくれ」
「してねぇよ!」
必死でジークから逃れようとするが、グロモスの体が限界なのは間違いない。体を動かすたびにどこかしらから出血してしまう。
最初こそエーデルもティアベルも真実を告げるべきか悩んでいたが、それでもジークがグロモスを離さないでいると顔を見合わせてバルトーレで起きたことを正直に話し始める。
「……というわけだ」
リヴの力を思い出しながら恐怖し、俯いて話し終えたエーデルは恐る恐る顔を上げる。ジークたちからどのような反応が返ってくるか不安だったが、彼らが見せたのはエーデルの全く想像のしていないものだった。
「炎の魔術……!」
「リヴですよ!」
ジークとルルは笑顔で顔を見合わせて叫ぶ。
「片腕というのは気になるが十中八九アインだろう」
「私と同じ服に水色の髪……まさかシナムか?」
オルドとパルメは険しい顔をしながらそれぞれの思い当たる人物を頭に浮かべる。
「なんだお前たち。あの化け物たちの知り合いなのか?」
再び警戒心を取り戻して尋ねるグロモスに詰め寄り、ルルはその言葉を否定する。
「リヴは化け物なんかじゃありません!」
「な、何言ってんだ! 俺たちは見たんだ! あの女が小人を丸焼きにするところを!」
スネイルを瞬殺し、コロシアムを火の海に変えたリヴの姿は今でも鮮明に思い出せる。エーデルもティアベルも言葉を失い、三人の表情を見たルルもそれ以上言及できなくなる。
「大丈夫。とにかく行ってみよう」
「はい!」
俯くルルの肩に手を置き優しく笑いかけるジーク。ルルは滲んできた涙を引っ込ませ、キリッと顔を引き締める。
「魔族……やはり魔族は……」
パルメは胸に付いた柊の紋章を握りしめながら唇を噛む。
魔族であるリヴが暴れたという話は嫌でも彼女に過去の記憶を思い出させてしまう。
そんなパルメの肩にオルドが手を乗せながら告げる。
「信じてくれ。リヴは仲間だ」
「……そう願う」
バルトーレに戻ることに乗り気ではないグロモスたちだったが、ジークの半ば強引な行動であの戦場に戻ることを余儀なくされる。
「よし! リヴを救いに行こう!」
「はい!」
前向きなジークとルル。
だがまだパルメの顔色は思わしくなく、なぜかオルドまでもが暗い顔を浮かべていた。




