第八十一話「意味のない謝罪」
灰哭隊第三部隊隊長、シナム・ホリーには絶対に許せないことが三つある。
一つは誰かに見下されること。
もう一つは魔族がのうのうと息を吸って生きていること。
そして最も許せないことは他人に良いように利用されること。
このコロシアムにはその全てが凝縮されている。
「ここは俺の城だ! テメェみたいなクソガキにメチャクチャにされてたまるかよ!」
ギーリは声を張り上げて手下であるギーリコレクションたちを呼ぶ。
階段を駆け上がってきた彼らを見て、シナムはうんざりしたように舌を出しながら親指を下に向ける。
「またお前らか。いい加減死ねよ」
毒の滴った小刀をわざとらしく見せつけるシナムだが、ギーリコレクションの戦闘に立つ槍の使い手アーピスはその恐ろしさを知りながらもシナムに対する殺意を抑えきれないといった様子だ。
「いいんですよね……ギーリ様。今度は殺しても」
声を震わせながら槍を握りしめるアーピス。それは恐れではない。腸が煮えくり返りそうな怒りだ。
「殺せ!」
ギーリの叫び声に反応し、アーピスは槍を突きだしながらシナムに突撃する。
コロシアムの観客席、その隅で頭を抱えながら縮こまる一人の女性。
この惨状を作り出してしまった元凶の一人である彼女は謝罪の言葉を永遠に頭の中で繰り返している。
だがそれは特定の誰かに向けられたものではない。彼女が今までに父であるギーリと共に巻き込んだ人物はアインやリヴだけではなく、彼女自身がもう把握できないくらいには多い。そのほとんどはもうすでにこの世を望まない形で去っており、いくら謝罪しても本人には届かない。
生きていくためには仕方がなかった。
その言い訳はわずかばかりに彼女の罪悪感を和らげるが、チルッタは誰かを巻き込むたびにこうして誰にも告げない謝罪を繰り返す。
それでも決して父の手助けをやめたりはしなかった。それが一番楽な道だったからだ。
彼女の謝罪をかき消すように再び炎の柱が出現し、アインの体が巻き込まれて宙を舞う。
彼女がアインに渡し、そして爆破した義足の破片も巻き込まれてチルッタの直ぐ側に落ちてくる。
その直後にアインの本体も飛ばされてきて一瞬チルッタと目が合うが、アインは感情を無にしたままその場を去る。
たった一日。
それもアインの警戒を削ぐためだけに親切にした一日。全てが嘘で塗り固められた一日だったが、それでも今朝アインに食事を褒められた時のうれしさは本物だ。あの時に返した笑顔は本心だ。
だがアインが今見せた虚無。
その顔がチルッタのしてしまった事の重大さを改めてしらしめている。
「ごめん……なさい」
リヴをもとに戻すことも、父に立ち向かうことも、アインに許してもらうことも、チルッタには何一つできない。
彼女にできることはただ一つ。
また誰にも届かない謝罪を意味もなく続けることだけだった。
「なあ、あいつらあのまま置いてきて良かったのか?」
コロシアムを離れ、そのままの足でバルトーレの町からも出ていったグロモスは、両隣で自分を支えているティアベルとエーデルに声をかける。
「仕方があるまいて。私どもでは居たところで何もできん」
「悔しいがティアベルの言う通りだ。あのローブの女性……彼女は生物としての次元が違う」
目を合わせないまま、ティアベルとエーデルが眉をひそめながら答える。二人とも十分な力を有する実力者だが、それがかえってリヴとの力量差を実感してしまう。あのまま残っても焼死体が三つ増えるだけだ。
「……そうだな。それにしてもティアベルっつたか? わりぃな俺たちに付き合わせて」
アインとシナムがあのあとどうなるのか考えて一瞬黙るグロモスだったが、気持ちを切り替えてティアベルに謝罪と礼を告げる。
「構わぬ。これも十闘神の導きである」
「ちょっとまて。何で私が同行するのは当たり前のような口ぶりなんだ」
「何でってお前……」
少し誇らしげな表情を見せるティアベル。
明らかに不服そうな顔のエーデル。
照れくさそうに笑うグロモス。
三者三様の表情を浮かべる彼らだったが、目の前から四つの影が近づいてくると自然と表情が引き締まる。
「おい、いざとなったら俺を置いて逃げろ」
冷や汗をかきながら両隣の二人にそう告げるグロモスだったが、二人は現れた影を見て動きが固まっている。
「あの黒い軍服……水色の少年の縁者か……?」
ティアベルの視線の先にはシナムと同じ灰哭隊の制服を着た黒髪の女性が映る。
「赤い瞳……黄金色の髪……あの女、私と同じ……」
エーデルが釘付けになっていたのはヴァルキリア一族である自分と同じ特徴を持った女性の軍人だった。
「大佐、誰か来ますよ」
「ん、ああ本当だ。道を尋ねてみよう」
赤髪の女性が隣を歩く金髪の青年に声をかけると、その青年は無防備に手を振りながらグロモスたちに近づいてくる。
「やあ、南の都市というのはこっちの道で合っているかい?」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ジークはグロモスたちにそう尋ねた。




