第七十九話「真相」
「まったく、いい拾いもんだったぜ……」
殺意をむき出しにして向かってくるアインから自分を守る盾になるローブの人物の背中に呟くギーリ。
話は二日ほど前に遡る。
アルトラとの騒動で心身ともに疲れ切ったアインは、リヴを口にくわえながら草原で生き倒れていた。
「く……そ」
アインが意識を失ってから数時間後、リヴの重たいまぶたがゆっくりと開かれる。
意識が戻ってから彼女が最初に抱いた感情は押し潰されそうな罪悪感だった。
「ううっ……」
胸が痛い。
リヴは地面に転がったまま体を丸めて胸を押さえる、
灰哭隊たちを傷つけ、自分を助けようとしたアインまでもを苦しめた。
だが何よりも苦しいのは、彼らを傷つける行為を楽しんでしまったこと。意識ははっきりとしていたが、高揚感を抑えきれなかった。
このまま潰れて消えてしまいたい。
地面に飲み込まれてしまいたい。
破滅願望が彼女に押し寄せるが、目の前にアインが気絶していることに気が付くと、視界がすっと晴れていく。
「……あなた!」
どんな傷でもたちまち回復するはずのアインの左腕と右足はリヴ自身が破壊したままであり、痛々しい傷跡が残されている。
溢れてくる涙が止められない。
なぜこの人がこれ以上傷つけられなければならないのか、なぜこの人を私は傷つけたのか、もう取り返しがつかない現実にリヴは苦しめられる。
「もう、消えよう……」
消え入りそうな声で呟くリヴ。
自分といればアインはまた傷つくかもしれない。また傷つけるかもしれない。
この人を助けて、この人の前から去ろう。
そう心に誓ったリヴの視線の先に行商人の馬車が入り込む。
「助けてください! 人が倒れているんです!」
大声を上げながら手を振ると、馬車はゆっくりとこちらに近づいてきた。
「大丈夫で……っ! 父さん、こいつ魔族だ!」
むき出しのリヴの角を見て、馬車を先導していた白い紙の女性が声を上げる。慌てて角を手で隠すがもう遅い。
「わ、私は……!」
アインの後ろに下がり、リヴは深々と頭を下げる。
「あなた方に危害を加えるつもりはありません。どうかこの人を助けてください!」
「助けてって……」
白髪の女性は見たことのない魔族の行為と、その魔族の前に横たわる片手片足のない青年を物珍しそうに交互に眺める。
どうしたものかと頭を抱えていると、女性の背後の馬車から金を全身にまとった小太りの男が降りてくる。
「いいじゃねぇかチルッタ。助けてやれよ」
「父さん……」
チルッタは困ったように父であるギーリを見ると、観念したようにアインの傷口を確認し始める。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
何度も深々と頭を下げるリヴ。
安心感がどっと押し寄せるが、それと同時に達成感と喪失感も少しずつ実感していく。
これで私の役目は終わった。
あとはこの人たちに任せよう。
最後にアインの顔を目に焼き付けて後ろを振り返る。
「ただし」
ギーリのどすの効いた声が耳に飛び込み、リヴは思わず振り返る。そこにはアインを観察し終わった神妙な顔つきのチルッタと、金歯をのぞかせながら笑うギーリが立っていた。
「お前は俺がもらう」
直後、リヴは意識が急激に遠のく。
脳に蓋をされるような感覚。
白いふわふわとしたものに覆われる。
目の前が夜のように暗くなり、全ての感覚がなくなっていく。
最後に見たのはチルッタの苦しみに歪んだ顔だった。
手のひらの炎がローブに燃え移り、リヴの姿があらわになる。
予想はしていたものの実際にリヴの姿を目の当たりにすると、アインの剣を握る手が少しだけ弱まる。
「リヴ……」
アインが名前を呼んでもリヴは一切反応を示さない。その目はただただ黒く深く、一切の光が差し込まない。
唇を強くかみしめ、アインは彼女の後ろで不敵に笑うギーリを睨みつける。
「貴様の仕業か……!」
「だと言ったら?」
再び剣を強く握りしめ、アインはリヴを無視してギーリに突撃していく。
「殺す!」
だが剣を振り下ろした瞬間、リヴがギーリの前に立って両手を広げたことでアインの剣は止まってしまう。
「リヴ! どけ!」
あの泉でリヴに剣を突き立てた感触が戻ってくる。
「リヴ!!」
裏返りそうな声でリヴの名を叫ぶが状況は何も変わらない。
「一つ聞きたいんだけどさ、なんで俺のオッズが七倍なわけ?」
突如背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に振り向くアイン。
モニターに映し出された自分のオッズに不満を漏らしながらシナムが階段を登ってきた。
「で、あそこで伸びてるエセ女剣士が二倍で獣が三.七倍? なら俺は自分に賭けるわ!」
倒れているエーデルとティアベルを見下した後、グロモスを圧倒するヒンターにも視線を向けるシナム。
「で、あの骨が八倍でそこの魔族が一.一倍と……」
シナムはアインの横を通り過ぎ、リヴとギーリを睨みつける。
「なるほど。三人ともグルか。あの骨のレートを極端に下げ、決勝でそこの女と戦わせてわざと骨を勝たせる。グルの観客が骨に賭ければ大もうけってわけ?」
「けっ、だったらなんだってんだ!」
図星のギーリはリヴが目の前に居ることで依然として強気な態度を取っている。
「それに俺が素材にしようとしてた女魔族に手ぇ付けやがって」
懐から二本の小刀を取り出すシナム。その先端からは液体が滴っており、また何かしらの毒が塗られていると推測できる。
「おい、リヴに手を出すな!」
今にもリヴとギーリに飛びかかりそうなシナムの横から叫ぶアイン。
「へぇ……俺が来なきゃそこの魔族に殺されてたくせに。相変わらず偉そうな奴だな」
シナムの言う通りだった。
この手にした剣は何の役にも立たない。ただただリヴの炎を待つしかなかった。
「……リヴは俺が食い止める。お前はギーリをやれ」
「命令するなよ……まぁいいやあのタヌキオヤジにはムカついてたし、魔族はオヤジを始末してお前から奪えばいい」
共闘とは言えない。
目的もずれている。
人間としても気に食わない。
それでもアインはシナムと一時的に手を組む。
大切な人を取り戻すために。




