第七十八話「裏切り」
爆発によって観客たちは完全にパニックに陥り、次々に会場の外へと逃げていき、いつの間にか観客席にはチルッタだけが残される。
「俺を騙したのか」
アインの視線に、チルッタは下を向くばかりで弁解すらしない。その顔は脂汗でぐちゃぐちゃになり、顔色もすこぶる悪い。今にも卒倒しそうだが、アインは容赦なくチルッタを睨みつける。
「……残念だ」
そう一言告げ、少し悲しげな表情を見せるアイン。その瞬間チルッタは何か言いたげに片手を伸ばすが、冷たい視線を残してアインは背を向ける。
爆発によって飛ばされた剣を拾い上げ、アインは身を乗り出すギーリを見上げる。そしてまるで黒幕はお前だと言わんばかりに剣を突き上げた。
「化け物め……」
顔をゆがませながら金歯をかみしめるギーリ。企みが阻まれた怒りが収まらず、拳を叩きつけて感情をあらわにする。
「中止だ! 終わりだ!」
余裕が全くなくなった表情で叫び続けるギーリだったが、そんな勝手な事はアインも、騒ぎを受けてコロシアムまで駆けつけたほかの選手達も納得しない。
「ふざけるな! 勝手に終わらせるんじゃねぇ!」
すでに敗北しているというのに、グロモスが真っ先に声を張り上げて反論する。
「全くである。私はまだ戦ってすらいない。これが勝ち進んだ戦士に対する仕打ちか?」
両手足を地面につけ、臨戦態勢に入るティアベル。
「なるほどあのローブ、貴様側だったのだな。説明しろ、ギーリ!」
ギーリの後ろで身を潜めているローブの人物を目撃し、エーデルも剣を抜いて叫ぶ。
「うるせぇゴミ共! 客も全員いなくなっちまった、ぐだぐだぬかしてるとぶっ殺すぞ!」
完全に逆ギレしたギーリは拳を振り回しながら叫び、ギーリコレクションたちがコロシアム内に降りてくる。
「……よく分かった。もう容赦はしない」
アインの目の色が変わる。
上のギーリとその後ろのローブの人物をわずかに視界に収め、こちらに向かって走ってくるギーリコレクションたちに剣を向ける。
「かかれぇ!」
彼らの戦闘に立つアーピスが雄叫びを上げ、三人のギーリコレクションたちは一斉にアインに飛び掛っていく。
グサリ。
アーピスの槍が、クアスの斧が、ロアーの矢がアインの体に食い込んでいく。
激しく血飛沫が激しく上がり、観客席のチルッタは顔を真っ青にして目を覆う。上から観察するギーリは拳を突き上げながら金歯をのぞかせて笑みをこぼすが、アインと対峙している彼ら三人は背筋が凍りそうなアインの冷たい視線に全身の力が抜けてしまう。
「満足か……」
千切れかけた腕が、裂けかけた胴体が、風穴があいた心臓が、巻き戻されるように再生していく。
この世のものとは思えない光景にギーリコレクションたちもグロモスたちも言葉を失う。
アインは武器を握りしめたまま動けなくなる三人の間を悠々と通り抜け、ギーリの居る場所へと続く階段を登っていく。
「よ、よし。俺たちも続くぞ!」
アインに加勢しようと、グロモスはエーデルとティアベルに呼びかけるように後ろを向く。
だが先ほどまでそこに立っていた二人はいつの間にか地面に倒されており、折り重ねられた二人の上にはあのヒンターが薄気味悪い笑顔を浮かべながら座っていた。
「あ、ごめん。何だって?」
「テメェ……!」
とっさに拳を出すグロモスだったが、ヒンターは折れそうなほど細い腕、いや指で丸太のようなグロモスの拳を止める。
「……は?」
信じられないといった顔で言葉を漏らすグロモスの顔面にヒンターの拳が叩き込まれる。信じられない衝撃がグロモスを襲い、百キロは優に超えそうな巨大が何度も地面を跳ねる。
「は?……じゃねぇんだよ。肉だるまが!」
意識が飛びそうになるグロモス。鼻はおかしな方向にねじまがり、鼻血が滝のように流れている。視界もぶれて頭痛も酷い。
いっそこのまま意識を失えばいくらか楽になれるかもしれない。そう思って目をつぶりかけたグロモスの視界に、ヒンターがエーデルの髪に触れているのが映る。
「さっきから思ってたがよ。なかなか良いメスじゃねぇか。ギーリ様に頼んで俺の奴隷にしてやろう」
鼻を元の位置に戻し、溜まった鼻血を吹き飛ばす。視界は真っ直ぐヒンターに向けられ、頭痛などもう感じていられない。
立ち上がるための足も、立ち向かうための心もまだある。
「よう、クソ野郎」
「あぁ?」
再びグロモスの丸太のような腕から放たれる拳がヒンターの顔面を襲う。
今度こそ攻撃は完全に命中するが、ヒンターは体をわずかにそらすだけで全く効いている様子がない。
だがそれでもわずかにできたその隙にグロモスは気絶したエーデルをヒンターから取り戻し、ついでにティアベルもヒンターから遠ざける。
「恋愛ごっこも程々にしとけよ。いい年したおっさんがよ!」
血の滲んだ口元を拭いながらヒンターはグロモスを嘲笑う。
「ごっこじゃねぇ、俺は本気だ」
抱きかかえたエーデルをそっと地面に下ろし、グロモスは拳を構えた。
「やはりお前が来るか」
殺意をまといながら階段を上がるアインを待っていたのはローブをまとったあの人物だった。
アインが剣を向けると、ローブも手のひらから炎を出して牽制する。
「何があったか知らないが……気が済むまで相手をしてやる」
まだ回復しない左腕に視線を向けながら、アインは真紅の炎に立ち向かう。




