第七十六話「届かない手」
黒焦げになったスネイルが無残に地面に転がり、観客たちは言葉を失う。彼を焼き殺したローブは静寂の中心でゆっくりとギーリを見上げ、そして何事もなかったかのように歩き出す。
気がついた時にはアインはコロシアムに向かって走り出していた。ローブの人物がリヴであろうとなかろうと、確かめずにはいられない。
「リヴ!」
控室ではなく、コロシアムに備え付けられた階段を上るローブの人物に叫びかけるアイン。
おそらく上にいるギーリのもとに向かうのだろうが、ローブの人物はアインの言葉が全く聞こえていないようにそのまま階段を上がる。
「待ってくれ!」
後を追うアインだったが、ローブの人物とすれ違いざまに階段を下りてきたギーリコレクションの一人、アーピスに立ち塞がられてしまう。
「この先は立ち入り禁止だ!」
槍を構えながらアインを取り押さえるアーピスだが、それでもアインは自分の視界から消えようとしているローブの人物を目で追い続ける。
「おい、リヴなんだろ! 俺だ! わからないのか!」
アインの必死の叫びは誰にも届くことはない。消えていったローブの人物にいくら手を伸ばしても、その手は空を掴むばかりだ。
予選であれほどの力を見せたアインが力なくうなだれる姿に、アーピスは驚きを隠せない。
「なんだお前。俺の奴隷が目当てか?」
相変わらず全身を金に包んだギーリが片手にワイングラス、片手に女性をはべらせながら階段を降りてくる。そこにリヴの姿はない。
「何……」
アーピスにもたれかかりながらギーリを睨みつけるアイン。その目には迫力が戻っており、アインを押さえつけるアーピスは気が気ではない。
「別に奴隷の一人二人どうでもいいんだがよ」
そう言いながらギーリははべらせた女性の髪を撫でる。彼女の目はどこか虚ろで、心ここに非ずといった様子だ。
「そんなことはどうでもいい! さっきのやつに会わせろ!」
「お、おい!」
なんとしてでもローブの人物にもう一度会おうと、アインはアーピスを乗り越えようとする。
主に敵意を剥き出しにするアインを行かせるわけにはいかないと、アーピスも全力で阻止する。
「それが人にものを頼む態度か?」
「力ずくでも通してもらう!」
睨み合うアインとギーリ。
アーピスは無線で援軍を呼び、駆けつけた他のギーリコレクションによってアインは羽交い締めにされる。
「どうした? 頭を下げる気になったか?」
「ふざけるな!」
床に打ち伏せられたアインを見下ろすギーリ。
「頭冷やせ」
アインの頭上からギーリの手にしたワインがかけられる。アインの顔面が赤く染まり、血のようなワインが地面に落ちていく。
数人のギーリコレクションに押さえられた体は全く動かず、アインはギーリを睨みつけることしか出来ない。
「お前のような小僧が俺にいくら頼み込もうと俺は無視する。だが俺も鬼じゃねぇ、この闘技場の頂点にたつなら、話くらいは聞いてやる」
しゃがみ込み、アインの頭を鷲掴みにしながら語るギーリ。口からのぞかせる金歯がいやらしく光っている。
「……いいだろう。今はお前の口車にのってやる。だがいざとなれば俺はお前らを全員殺してでもリヴを取り戻す」
圧倒的優位に立っているギーリコレクションたちが思わず冷や汗をかくほどのアインの迫力に、ギーリ自身もアインの頭から手を離す。
「……やけどしそうだ。離してやれ」
ギーリの言葉を受け、アインは解放されてコロシアムに押し戻される。
「やあ。取り込み中みたいだったけど、もういいの?」
コロシアムにはようやく拘束から解放されたシナムが手を押さえながら立っていた。
「なんならずーと話してても……」
悠長に会話を続けようとするシナムだったが、アインはギーリコレクションたちに押し戻された勢いのままシナムに突撃し、油断しきった顔面に拳を叩き込む。
「お前さぁ……もう死にたいわけ?」
吹き飛ばされたシナムは顔を押さえながら立ち上がる。もう片方の手にはいつの間にか小刀が握られており、その刃先には血が滴っている。
「はい。終わり」
シナムの所有する毒の中で最も強力で最も即効性のある劇薬。それをアインの体内に叩き込んだことでシナムは完全に勝利を確信する。
その様子を見たギーリも期待外れといった表情を浮かべて上に戻ろうとするが、アインがもう一度シナムの顔面を殴りつけた事で目を見開いて試合に釘付けになる。
「な、なんで!……死なないんだよっ!」
口を切りながらも再びアインを小刀で切りつけるシナム。
「今度こそ死……」
言い終える前に再びシナムの顔面が血飛沫を上げる。
ギーリも観客も沸き上がる感情が抑えきれず、大歓声がアインを包み込む。
「立て。何度でもぶちかましてやる」
「ひぃ……」
生まれて二度目に感じる圧倒的敗北感に、シナムは恐怖を禁じ得なかった。




