第七十一話「予選開始」
最初に動いたのはシナムだった。
シナムがここに来たのは魔喰獣の素材を確保するためだ。
生死を問わないという大会の性質上、ここに来る人間は少なからずまともな経歴の持ち主ではない。
戦いを生きがいにする者。
金のためなら何でもやる者。
単純に殺しを楽しむ者。
世界のルールから逸脱し、居なくなったとしても誰も困らない無法者たち。それはシナムにとって理想の素材だった。
アルトラへの手土産程度に考えていた魔喰獣の素材集めだが、そんなことはもうどうでもよくなる。
ならず者の町で見つけた最高の素材であるリヴ。一番求めていた彼女を見つけたことで彼の目的が明確に決まる。
もう大会のことなどどうでもいい。
そんな感情でコロシアムを抜け出そうとするシナムだったが、控室へと繋がる道の前にはいつの間にか主催者が用意した戦士たちが十人ほど立ちはだかっていた。
「どこ行くんだ小僧。もう大会は始まってるんだぜ?」
「どけよ。殺すよ?」
大剣を掲げる男に対してシナムは走りながら小刀を取り出す。
大剣の男は他の仲間に顎で指示を出し、仲間たちはコロシアムに散らばって戦い始める。
「死ね!」
シナムは素早い動きで男の背後に回り込み、がら空きの背中に小刀を突き立てるがその皮膚をわずかに掠めるだけでかわされてしまう。そしてついでと言わんばかりの薙ぎ払いでシナムは吹き飛ばされ、吐血を余儀なくされる。
「かはっ!」
「おいおい勘違いするなよ」
片膝をつくシナムにゆっくりと近づき、男はシナムの髪を掴み上げる。
「俺たちはギーリコレクション。この町のボス、ギーリ様の護衛だ」
髪を掴まれながらも虎視眈々と男の首を狙っていたシナムの小刀を蹴り飛ばし、その勢いのまま脇を強く蹴り上げる。
「ごはっ!」
胃液が吐き出され、シナムの体痛みで激しく痙攣するが男は掴んだ手を離さない。
「そして俺たちは全員この大会の歴代チャンピオンだ。分かるか? お前たちは俺たちには勝てない」
男の言葉通り他のギーリコレクションの面々も参加者たちを蹂躙しており、至るところで断末魔が聞こえている。
「冥土の土産に教えてやる。この予選は俺たちを倒す事が突破条件じゃねぇ。ほかの奴が殺されるまで逃げ切ることが条件なんだよ」
気絶寸前のシナムを上空に投げ、男は大剣を構える。
「あばよ」
勝利を確信した男はニヤリと笑って剣を振り下ろすが、死を待つだけの存在のシナムの目が死んでいない事に気が付く。そしてその直後、自らの体の自由が利かなくなる。
「なんだ、やっと効いたの?」
シナムは空中で体勢を整えると、男の頭にかかと落としをする。
「な……な……」
そこまでのダメージではなかったが、体の自由が利かない男は仰向けに倒れる。口も動かなくなり、辛うじて動く目でシナムの歪んだ顔を凝視する。
「即効性じゃつまらないと思って遅効性の毒にしたけど、ちょっと危なかったなぁ」
小刀を拾い上げ、シナムは男の上に跨る。
「や……ま……」
「ん? 何? よく聞こえない。ああ、死か降参で負けなんだっけ」
両手で小刀を持ちながら、シナムはゆっくりとそれを男の喉元に近づけていく。
「ま、ま……ま」
「ほら、もう少しだよ。頑張らないと」
笑いを必死にこらえながら、シナムは小刀を男の喉にピッタリとつける。
「ま、まけ……」
「はい、時間切れー!」
無情にも小刀は男の喉に突き刺さり、男の声はそこで途切れる。
「ほう、あの小僧なかなか狂ってるじゃねぇか」
観客席のさらに上からコロシアムを見下ろす大会の主催者ギーリは、自分の戦士がやられたというのにその興味は既にシナムに移っていた。それに気がついたシナムは遥かに高みにいるギーリに向けて小刀を向ける。
「いつまでも上にいられると思うなよ」
「面白い道具だ」
互いの声は届かないが、その腹の黒さはお互いが理解する。
「それと……」
シナムから視線を外し、ギーリは自分の戦士を倒したもう一人の男に視線を向ける。
「こ、降参だ」
「なんだ、こんなものか」
アインの足元に跪くギーリコレクションの一人。その体には無数の打撲痕があり、対するアインは傷一つなく剣も抜いていない。
「あいつ……あんなに強かったのか」
観客席からチルッタが目を丸くしてアインを見つめる。その戦いぶりは片手というハンデをまるで感じさせない圧倒的なものだった。
「いいねぇ水色の小僧か片手の男、こりゃ賭けが盛り上がるぜぇ!」
ギーリは金歯をのぞかせながらゲラゲラと笑い、その傍らに立つリヴの背中をバンバンと叩く。
リヴの視線はヴェールによって遮られているが、その顔は真っ直ぐアインに向けられていた。




