第七十話「闘技大会」
アインは食欲をそそる香ばしい匂いに目を覚ます。結局あのまま深い眠りに落ちてしまい、いつの間にかまた朝が来てしまったようだ。
「あ、起きた。まったく女性のベッドを占領するなんて困った男だね」
どうやらチルッタが朝ごはんを作っているようだ。
程なくして運ばれてきた目玉焼きにアインは舌鼓をうつ。
「うまいな」
「そう? 初めて言われた」
少し照れた顔でチルッタも口に運ぶ。
手短に朝食を済ませると、チルッタは一枚の紙をアインに差し出す。
「これは?」
「闘技大会の説明さ。一応目を通しておいて」
大会は毎日のように開催され、常に参加者を求めているようだ。
参加費は無料。優勝者には三十万リールが渡され、大会に参加しない者も勝敗を予想した賭けに参加するのが一般的らしい。
参加人数に上限はないが、予選と本選に分かれており、予選は運営側が用意した戦士と戦うことになる。死ぬか降参で敗北し、一度敗北すれば即失格となる。そうやって参加者が八人になるまで数を絞られ、残った八人でトーナメント方式で本戦を行う。
「死か降参……」
「なんだい? 怖気づいたの?」
説明の中の一文に目を止めるアインを心配そうに覗き込むチルッタ。だが決して死ぬことのないアインにその心配はない。
「いや、他に勝敗の条件は無いのか?」
「一応舞台からの落下や運営判断で勝敗が決まることもあるけど、殆どないね」
少し暗い顔をしながら答えるチルッタ。その表情から勝敗はほぼ間違いなく生死によって決まる事を悟る。
「それを聞いて安心した。武器の使用はできるのか?」
「あ、ああもちろん。でなきゃ義足も付けられないからね」
アインが一切恐れを表に出さずに前向きに大会についての確認を取る事にチルッタの方が恐怖を禁じ得ない。
「なら両手剣を用意してくれ」
「いいけどあんた片手じゃないか」
外に出て荷台から剣を手渡すチルッタ。アインはそれを受け取ると右腕一本で巧みに剣を操ってみせる。
「問題ないみたいだね」
当然といった顔で剣舞を見せつけるアインに対して、チルッタは冷や汗を流しながら呟いた。
この町の熱気の中心は間違いなく闘技場だ。
そう思わせるのに十分なほど会場は怒号が飛び交っている。
大会参加者と思わしき屈強な男たちが他人を寄せ付けない殺気を放ちながら所々に立っている。そのほとんどがアインと同じく武器を携帯しており、剣だけでなく槍や斧を持っている者もいる。当然自らの拳を武器にする男たちもおり、その鍛え抜かれた体はアインの倍はありそうだ。
「ようチルッタ。それに昨日のクソガキ」
「げ……」
参加表明を済ませた二人の背後から昨日チルッタに足をかけた男が声をかけてくる。どうやらこの男も参加者のようだ。
気まずそうな表情を浮かべるチルッタに対してアインは澄ました顔で男の横を通り過ぎていく。
「おい、無視するんじゃ……」
頭に血を上らせた男はアインの肩に手をかけるが、振り向いたアインの冷たい視線を受けるとすぐに手を離す。
「また手を滑らせそうだ」
剣に手をかけながらそういうアインに男は完全に震え上がって去っていく。
その様子を見たチルッタは興奮した様子でアインの背中を叩いてはしゃぐ。
「お! いいね! こりゃいいとこまでいけるんじゃないの!?」
「だといいがな」
チルッタにおだてられて悪い気がしないアインは出場選手の控室へと向かう。
「あれ? 昨日のおねーさんじゃん」
「え? ああ昨日の子か」
突如かけられた声にアインは血相を変えて振り返る。そこに立っていた水色の髪の少年はアインに視線を向けずにチルッタと話し始めるが、アインの方は視線をそらすことができなかった。
黒い軍服。柊の勲章。
紛れもなくそれはアルトラたちが身につけていた物と同一のものだった。
「ん? 何?」
アインの視線に気がついたシナムは瞳孔が開いた瞳で睨み返す。アインは蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなる。
なぜ軍人がここに?
アルトラとの関係は?
自分を知っているのか?
疑問は尽きないが一番の懸念はリヴの事だった。
アルトラと同じ組織の人間なら彼の狙いは間違いなく魔族だ。リヴと遭遇すればアルトラのようにすぐに殺害しようとするかもしれない。
自然にアインから殺気が漏れていく。
「もしかして俺を殺そうとしてる? なんで?」
その殺気はすぐにシナムに感知され、シナムはアインの周りを回りながらまじまじと観察してくる。
「ん? おまえどっかで……」
シナムがならず者の町での記憶を呼び起こしていると、控室の重たい扉が音を響かせながら開いた。
「さあ、戦士たちよ。戦え!!」
声に導かれるように控室にいた男たちが外へと飛び出していく。その先はコロシアムにつながっており、アインも外に出ると彼らを見下ろす観客たちの叫び声が飛び込んでくる。
「じゃあ頑張って!」
チルッタは控室からアインに拳を突き上げると、そそくさと退散して観客席へと移動する。
次々に男たちが雄たけびを上げながら観客に応えていると、観客席のさらに上から全身を金の服に包んだいかにもな男が両手に女性をはべらせながら出てくる。
「よう、戦士たち! すべてを手に入れるのはたった一人! 残りは全員負け犬だ! 勝利を掴め、そして俺を楽しませろ!」
男の言葉に観客も戦士たちも大興奮で両手を突きだして叫んでいる。
だがアインとシナムの二人だけは男の隣りに居る女性に視線を奪われていた。
「リヴ……!」
「あの魔族……こんなところで会えるなんて!」
見たこともないドレスを身に着け、角はヴェールで隠されてはいたものの、それは紛れもなくリヴだった。
主催者の男に連れられてリヴはすぐに姿を消してしまったが、アインとシナムは彼女がいた場所をしばらく見つめ続けていた。




