第六十九話「戦いの町」
バルトーレの町はまるで迷路のような造りだった。チルッタの案内がなければすぐに迷ってしまいそうだ。至るところで闇市が開かれており、見たこともない食べ物や道具が売られている。
物珍しそうに品物を眺めているアインに、チルッタははぐれないようにと声をかける。
「このあたりは物騒だ。奴隷商人もいるんだからね」
「奴隷か。俺が使い物になると思うか?」
義足がはめられた右足と、肘から先を失った左腕を見せびらかすアイン。
「ならないのかい? それじゃ私は困るんだけど」
「……なぜお前は俺を戦士に選ぶんだ? 見ての通りこの有様だ。もっと他にいるだろう」
疑問を口にするアインの問いかけに、前を歩くチルッタは足を止める。
「……居ないんだよ、もう」
チルッタは声を震わせながら拳を握りしめている。背中越しでも彼女の憤りが伝わってくるようだ。
そんな彼女に見知らぬ男が声をかけてくる。
「よう、チルッタ。懲りずにまた大会に挑戦する気か? おまけに今度の戦士は隻腕かよ」
男はチルッタを嘲笑うとアインの肩に手を乗せる。
「ついてねぇなぁ坊主。こんな女に捕まってよ」
「何がだ」
「おい!」
何かを言おうとする男に飛びかかろうとするチルッタだったが、男に足をかけられて簡単に転ばされてしまう。
「うっ!」
「お、わりいわりい。足が滑っちまった」
わざとらしく謝罪する男のだったが、そんな愉悦めいた顔はアインのみぞおちへの一撃によって瞬時に苦痛へと変わる。
「悪いな。手が滑った」
「て、てめぇ……」
膝から崩れ落ちる男の様子に、別の男たちが集まってくる。どうやらただ暴れたいだけのやんちゃな人間がここには大勢いるようだ。
「逃げるぞ」
「え、あ、ああ」
アインに手を引かれたチルッタは少し困惑した様子を見せるが、無理やり立たされると手を引かれながらアインの走りについていく。
アインの走りは義足をはめたばかりとは思えないほど早く、チルッタはついていくのがやっとだった。
しばらく走ると後をつけてくる者は居なくなる。
息を大きく乱したチルッタはアインの肩につかまりながら深呼吸するが、アインは歩いていた時と何も変わらない様子ですました顔をしている。
「あ、あんた。なかなかやるじゃない」
「当然だ」
息を整えたチルッタは高鳴る鼓動が収まらないまま再びアインの前に立って歩き出す。
「さあ、入ってくれ。私の家だ」
チルッタは粗末な建物の前で立ち止まると、その中へと入っていく。内装も外観通り質素で、ベッドや食卓など生活に必要な最低限のものしかない。
「私は闘技大会の手続きを済ませてくる。あんたは適当にくつろいでてくれ」
「大会主催者とやらの屋敷に行くのか? なら俺も行こう」
リヴを探しに行こうとするアインを、チルッタはベッドに突き飛ばす。
「おとなしくしてて。問題でも起こされたら大会に参加できなくなるじゃない」
「……わかった」
渋々聞き入れたアインはチルッタを見送ると、そのまま右手を枕にして横になる。左腕が目に入るたびにリヴの最後に見せた顔が何度も浮び上がる。
力に溺れる顔。
自我を取り戻し、絶望する顔。
死を望む顔。
そのどれもが今までアインに見せたことのない表情だった。
健気で献身的な彼女の面影は微塵も感じさせない。
何度も向けられた笑顔の記憶もその全てが最悪の感情に塗り替えられてしまう。
「クソ……!」
数日前までの仲間たちとの記憶が夢だったのではないかとさえ思えてくる。だが夢ではない。全てこの手からこぼれ落ちてしまった。
たった一つの手がかり。
その手がかりを掴むため、アインは無理やり目を閉じる。
「よし、これで手続き完了と」
チルッタは手慣れた様子で必要事項を記入し、大会の受付に書類を提出する。受付はチルッタに対して冷ややかな反応を示すが、あくまで事務的にその書類を受理し、チルッタもまた必要以上には関わらずその場を去ろうとする。
「おねーさん」
自分を呼び止める声にチルッタは後ろを振り向く。そこに立っていたのは黒い軍服を着た水色の髪の少年だった。
「おねーさん詳しそうだから教えてよ。俺も大会に出たいんだけどやり方分かんなくてさ」
「ん、ああ」
早くこの場を去りたかったチルッタだが、少年の人懐っこい笑顔に思わず頷いてしまう。
「……よし。最後に名前も書いてと。あんた名前は?」
「シナム。シナム・ホリー」
灰哭隊第三部隊隊長、シナム。
彼は薄っぺらい笑顔を浮かべながらチルッタに礼を言いながら握手を求める。
「ありがとうおねーさん。大会であたったらお手柔らかにね」
「ああ。こちらこそ。負けるつもりはないけどね」
チルッタが去った後、シナムは大会会場から漂う様々な気配に心を躍らせながら舌なめずりをする。
「ああ、楽しみだな」




