第六十七話「アモールとスパーダ」
バートンの話を聞き終わると同時にアモールは魔王の間を勢いよく飛び出す。
「アモール!!」
どこへ行くのかが分かっているようにスパーダの怒号が鳴り響き、アモールの足が止まる。
「止めても無駄じゃ。あの女め……やはり生かしておくべきでは無かったのう」
爪が食い込み、ムチを握りしめる拳から血が流れ出す。
同胞を殺された憎しみもあるが、何より自分よりも弱い人間たちにしてやられたのが我慢ならない。黒い軍服の人間たちのニヤケ面が目に浮かぶたびに頭が沸騰しそうだ。
「あの女が姉だと決まったわけじゃねぇ」
「だとしてもじゃ! 無関係とは言わせぬぞ!」
座りながら静かに語るスパーダに対して、アモールは感情が抑えきれない。ここまでされてどうしてスパーダが冷静にしていられるのかも理解できない。
「奴らを……侮るな」
腕の再生に取り掛かったバートンまでもがアモールの行動に難色を示す。
「腰抜けどもめ。妾がすべて終わらせてやろう」
「バートンがここまでやられた相手にお前が勝てるとでも?」
淡々と語るスパーダに自分の実力までもを疑われ、アモールの怒りは頂点に達する。
「……聞き捨てならんの」
真っ赤な髪が逆立ち、吊り上がった眉毛も天を指している。アモールの周囲の空気が歪んで見えるほど禍々しい魔力が立ち込めている。
「事実だ」
「クソカスが!!」
音速を超えるムチが座り込むスパーダの頭上めがけて振り下ろされる。あとから音が追いついてくるが、そんなムチでもスパーダは視線をバートンに向けたまま軽々と指先で受け止めた。
「言葉が悪いぞ、アモール」
数百年ぶりに浴びせられたスパーダの敵意。
たった一言だが、アモールの背筋を凍らせるには十分な威力がこもっていた。
指先でつままれたムチを引き戻そうとするも、完全に固定されたようにびくともしない。
「くっ、くっ……!」
「アモール。立場をわきまえよ」
必死にもがくアモールに、バートンは治療に専念しながら横目で忠告する。
「そういう事だ」
スパーダが指を離すと勢い余ったアモールは壁に激突し、派手な音を立てて崩れ落ちる。
「うっ!」
頭を抱えながら立ち上がろうとするアモールだったが、いつの間にか目の前まで迫っていたスパーダの指が額に当てられると立ち上がることすらできない。手に握っていたはずのムチもスパーダの足で押さえられてしまい、一切の抵抗ができなくなる。
改めて力の差を実感させられたアモールの頭が急激に冷め、ゆっくりと目を閉じる。
「……いつまで子供扱いするつもりじゃ」
「お前が大人になるまでだ」
額から指が外され、そのまま手を差し伸べられる。アモールは吸い込まれるようにその手を握りしめ、魔王の間へと連れ戻される。
「今は待て。どうせその灰哭隊とやらはまたここに来る。その時は……」
「無論、滅ぼすまで」
「たっぷりと礼をさせてもらおうかの」
スパーダの言葉に、バートンとアモールは揃って頷く。
四天王の三人は灰哭隊への復讐を改めて誓う。
「勇者……アイン」
別の部屋に安置されている最後の一四天王、ルクス。
寝言のように呟いたアインの名に対する憎しみは、他の三人の灰哭隊への怒りと同様、いやそれ以上の感情がこもっていた。
リヴはあれから目を覚さない。
泣き果てた彼女は糸が切れた人形のように気を失い、彼女自身がそれを望んでいないようにその瞳は固く閉ざされている。
アルトラとの戦闘になると踏んでいたアインは身構えるも、彼は部下の安否を最優先にし、気絶した部下を馬車に乗せるとさっさとこの場を離れた。
「その魔族は人類にとっての脅威だ。それを忘れるな」
去り際にそう吐き捨てたアルトラの顔は酷く困惑して見えた。
リヴにやられた左腕と右足は黒焦げのまま治らない。このままの姿でいればリヴが目を覚ました時また彼女を苦しめることになるかもしれないと頭を悩ませるアイン。一度根本から切断すれば生え替わるかもしれないが、道具もないこの状況ではそれも難しい。
まともに動ける状況ではないが、このままここにとどまり続ければいずれまたアルトラが戻ってくるだろう。そうすれば今度こそ戦闘は避けられない。
アインは歯でリヴのローブを噛みながら、残された右腕と左足で少しずつ這って移動する。
洞窟でもあれば身を隠せるが、見渡す限りの草原だ。
引きずっている左腕と右足が地面に擦れ、少しずつ削れていく。それでも歯に咥えたリヴは決して離さない。
命を粗末にしようとしたことを必ず謝罪させる。
もう二度とあんな事が起きないように。
もう一度くだらない話をする。
またジークたちと五人で笑い合う。
それだけを支えにして、アインは地面にしがみつく。この命が尽きぬ限り。




