第六十六話「ウーVSバートン」
バートンが天に手をかざすだけで無数の雷が魔王城に振り注ぐ。
「ウー隊長! ここは引きましょう!」
バートンの先制攻撃から辛うじて生き残った僅かな灰哭隊の兵士たちが自分たちの隊長に撤退を提案するが、ウーは既に部下たちのことなど目にも耳にも入っていない。
「た、隊長……う、うわぁぁぁ!」
最後の一人が閃光に貫かれ、この場に立っているのはバートンとウーだけになる。
「運のいい小僧だ」
「運? なにそれ」
バートンの雷はウーにかすりもしなかった。
電磁波の影響かウーの髪が逆立ち、パチパチと音を立てている。
それだけではない、足元の砂ぼこりがまるで竜巻のように渦を巻き、意志でもあるようにウーの体にまとわりついている。
「お返しだよ!」
竜巻の中から拳程度の大きさの石が弾き出され、バートンの顔面めがけて飛んでいく。
「つまらぬ。その程度か」
髪をかき上げながらバートンが指を鳴らす。
飛んできた岩は空から落ちてきた雷に貫かれ、一瞬で砂となって地面に降りそそぐ。
その様子に少し眉を動かすウーだったが、両手をバートンに向かって思い切り前に突きだし、その拳の先端から放たれた空気の固まりがバートンの体を後方に吹き飛ばした。
「うっ! 貴様その力は……!」
「僕って世界に愛されてるんだよね。君たちゴミ虫と違ってね」
バートンの体は身動きができなくなり、城の壁を破壊しながら見えない力に押しつぶされていく。
「く、はぁぁぁぁ!」
体内の魔力を爆発させ、ウーの見えない力を弾き飛ばすことには成功したもののその衝撃はバートン自身の体にも跳ね返り、上半身の服が消し飛ぶ。
「うわ、これでもつぶれないの? 頑丈な虫だねぇ。もしかしてあんたが魔王ってやつ?」
息を切らしながら壁にもたれかかるバートンにゆっくりと近づいていくウー。道中で何匹も下級魔族が突撃していくが、ウーの体に触れることなく細切れになって壁にシミを作っていく。
「そうだと……言ったら?」
バートンはジリジリと移動しながらウーに気づかれないように一つの扉から遠ざかっていく。
「正直拍子抜けだね。ねぇちゃんもにいちゃんも魔王にびびってこの城に近づこうとしなかったけど、大したことないじゃん」
つまらなそうにウーは城の廊下に置いてある装飾品を手に取っては放り投げている。
「こんなふうに群れて人間の真似事までしちゃってさ。気持ち悪いなぁ本当に」
「何なのだ……貴様は……!」
魔族の死体を道端の石でも蹴るように乱雑に蹴り飛ばすウーの顔面に向かって指先を向けるバートン。その先端から常人では見切ることすらできない光の線が放たれる。
「うわっ! びっくりした!」
驚いた表情で一歩引くウーだったが、バートンの攻撃はまたしても彼の寸前で見えない力によって防がれてしまう。
「……風か!」
攻撃がかき消される瞬間、ウーの目の前の空気が目に見えるほど凝縮されていたのをバートンは見逃さなかった。
「ん? ああそうだよ。僕は十闘神ミカエルの加護を受けてるんだって。ねぇちゃんが言ってた」
そう言うとウーはまるで相撲の張り手のように右手を突き出す。すると次の瞬間見えない壁がバートンの体にとてつもない衝撃を与え、彼が守ろうとしていた扉を破壊して室内に安置されていたルクスの寝床を破壊することで彼の体はようやく止まる。
「くっ」
「ん? なんだまだ生き残りがいたの?」
帝都での戦いのあとから意識がないルクスは今回の騒動があっても目を覚ます気配はまるでない。だがその体から発せられる異様な魔力はのんきな顔をして近づこうとするウーの歩みをとめるには十分なほどの禍々しさを放っていた。
「誰……その黒頭巾。まさかそっちが本物の魔王?」
「さあな。貴様には関係のないことだ!」
倒れるルクスを庇うように前に出たバートンは手を槍のような形に尖らせながら、初めて恐怖心を顔に出したウーに向かって突き進む。
「無駄だって」
バートンの爪の先端がウーの直前で何かに当たり、それ以上動けなくなる。
「ほらね」
「まだだ!」
バートンは無理やりウーの防壁に侵入するが、彼の爪はウーの圧縮された空気に触れた途端塵になる。
「あーあ深爪になっちゃったね」
「舐めるなぁぁ!」
余裕の表情を浮かべるウーが体を震わせるほどの怒号を浴びせながら、バートンはそのまま腕を押し込んでいく。
爪のあとは指、指の後は腕がウーの防壁に粉々に切り裂かれ、耐え難い痛みがバートンを襲う。
「な、な、なんだよ!」
「魔王軍四天王、バートン。それが我の名だ! 覚えておけ人間!」
腕が半分ほど消し飛んだあたりで、バートンはウーの防壁を突破することに成功する。
ぐちゃぐちゃになった腕の断面が眼前に突きつけられ、思わず涙目になるウーだったが、それだけでは終わらない。その断面が光りだしたかと思うと次の瞬間にはウーの顔面は雷によって貫かれ、黒い煙を発生させながらその体を魔王城の外まで弾き飛ばす。
「うぎゃぁぁぁぁあ!」
金切り声を上げながらウーは城門に叩きつけられる。
「痛い痛い痛い! 痛い! 痛いよねぇちゃん!」
「それが遺言か……」
満身創痍の体を引きずりながらバートンが砂ぼこりの中から姿を表す。
「く、くるなぁ! 僕を殺すのか! 僕はまだ子供だぞ!」
その場に落ちている石を掴んでバートンに投げつけるウー。
それはバートンも同じであり、消し飛ばされた腕からの出血で立っているのがやっとだ。
そんな状態で放った魔術にも大した威力は無かったようで、ウーは思ったよりも軽傷だったが、自分の力が突破されたという恐怖から加護を維持できる精神状態では無いようだ。
「覚悟すらないのか。クズめ」
手を天にかざすも、もう雷は落ちてこない。それでもウーを震え上がらせるには十分な効果があった。
「うわぁぁぁ! ねぇちゃん、ねぇちゃん!」
部下の死体に足を取られながら死に物狂いで城門から飛び出していくウー。
「僕は、灰哭隊のウーだ! バートン、覚えたぞ……絶対ぶっ殺す!」
バートンが追いかけてこないと確信すると、ウーは聞こえるか聞こえないかのギリギリの距離で捨て台詞を吐き、その後は後ろを一切振り返らずに逃走していく。
「く……そ……」
屈辱に顔を歪ませながらも、バートンは体を癒しながら城に戻り、なんとか倒れているルクスの下にたどり着く。
ルクスに大きな外傷はなく、眠っているように気絶している。それを見たバートンは小さく息をついてルクスの体を安全な場所へと運ぶ。
「お前は、我ら魔族の希望だ。我が命にかけても、死なせるわけにいかん」
ルクスを移動し、バートンは最後の力を振り絞って魔王の間の扉を開き、玉座に手を伸ばす。
「灰哭隊、ウー。貴様の名、この魂に刻み込んだぞ」
復讐の炎を燃やしながら、バートンはゆっくりと目を閉じた。




