第六十五話「四人目」
「な、何じゃこれは……」
復興がほぼ完了していた筈の魔王城に戻ってきたアモールが目にしたのは、数え切れない下級魔族の亡骸だった。
「人間どもめ……バートンはどこだ!」
下級魔族よりは数が少ないものの、黒い軍服を着た人間たちの死体も無残な姿となって散らばっている。ところどころ黒焦げになっていることから撃退したのはバートンだと推測したスパーダが死体を踏み荒らしながら魔王城に踏み込んでいく。
その黒い軍服に帝都で戦ったパルメを連想するアモールだったが、怒り狂うスパーダにおくれを取らないように後に続く。
「遅かった、では……ないか」
バートンは片腕を失った状態で玉座にもたれかかっていた。体には無数の切傷が刻まれており、彼の治癒の魔術をもってしても止血が精一杯といった様子だ。
普段はバートンの失態を見ればすぐに嘲笑する構えに入るアモールだが、さすがの彼女も口を閉ざす。
「どこのどいつだ。魔王城に乗り込もうなんて命知らずは」
怒りをあらわにすると同時に、スパーダは恐怖を禁じ得ない。
二百年前に勇者一行を退けてから人類が直接魔王城に攻撃を仕掛けるなどという事態は存在せず、城の警備が手薄だったとはいえバートンがいながらここまでの被害を被ったのは事実だ。自分やアモールがいれば返り討ちにできただろうが敵にそれを知るよしはない。
「灰哭隊……そう名乗っていた」
スパーダとアモールが到着したことで安心したのか、バートンは仰向けに倒れながら言葉を漏らす。
「あの女……報復のつもりかのう」
あまりにも早すぎる復讐に多少違和感は抱くものの、それよりも大きな違和感はバートンがここまで負傷させられたことだ。
帝都で戦ったパルメは彼女にとって脅威とは言えず、またその場にいたほかの兵士が束になってもアモールにとっては遊びでしかない。
バートンより自分が劣っていると考えたことは微塵もないが、かといってバートンが弱者だと思ったことも一度としてない。
「で、そいつらのボスはどこ行った」
「む、バートンが始末したのではないのかえ?」
「バートンがあんな連中にやられるたまかよ」
スパーダの質問にバートンが顔を歪ませる。切断された腕がズキズキと痛み、あの男の顔を脳裏に浮かべる。
「姉に……会いに行くとほざいていた。あの小僧め……」
今から数時間前。
外見は十そこそこ。
まだあどけなさが残る少年は黒い軍服を着た数十人の仲間を引き連れて魔王城に乗り込んできた。
「なんだ? 人間」
門番の下級魔族は少年の間合いに入るなり体を数百個に分解されて地面に散る。
「ここが魔王が住むっていう城かぁ。おっきいなぁ」
いましがた魔族を葬ったというのに彼の興味は魔王城の大きさに注がれている。
「な、貴様何をした!」
同胞が殺されたことに気がついたのは数秒後だった。
下級魔族たちは群れをなして少年に突撃するが、こんどは彼のまわりにいた他の兵士たちが手にした剣で魔族を斬り捨てる。
「あーあーもう。全部殺したら案内役がいなくなるじゃないか」
少年は魔族の死体をおもむろに持ち上げ、その顔を指先でつつく。
「も、申し訳ありません隊長」
少年の部下たちは緊張した様子で体を強張らせ、一同に頭を下げる。
「いいよ。どうせウジ虫みたいにわらわら沸いてくるでしょ」
手にした魔族の死体を城の中に投げ入れると、暗闇の中から大きな影がゆっくりと姿を現した。
「人間ども。覚悟はできているんだろうな」
「ほらね。沸いた」
少年は自分の三倍はありそうな大きさの魔族に対しても一切恐れることなく手ぶらで近づいていく。
「我は上級魔族レグザ……」
「ああ、いいいい。虫の名前に興味あると思う?」
上級魔族レグザバル。
頭の血管が切れる音が聞こえてきそうなほど激昂した彼は、手にした巨大なハンマーを少年に振り下ろす。
「ウー隊長!」
「え、何?」
隊長の危機を察知した部下たちが声を上げると、ウーは目の前のレグザバルから視線を逸らして振り返る。
「愚かな!」
勝利を確信したレグザバルのハンマーはウーの目前に迫ると彼の腕ごと塵になる。
「う、うわぁぁぁあ!」
「うるさいなぁ。虫が鳴くのは仕方ないけどさぁ」
消失した右腕を押さえながら地面を転がるレグザバルの悲鳴にうんざりした様子で、ウーは耳に指を突っ込む。
そして部下たちのほうを向いて首でレグザバルを指すと、その様子に部下たちがまでもが戦慄し、ウーの機嫌を損ねないようにとどめを刺そうと一斉に剣を抜きながら突撃する。
しかし突如彼らの剣に落ちた雷によって部下たちは次々に倒れていく。
「うるさい上に眩しい。今度は何?」
部下たちが倒れたというのにウーは動揺一つ見せずに薄目を開けながら現れた魔族に視線を移す。
「下等な人間ごときに名乗ると思うか?」
「へぇ……そう」
四天王バートン。
既に怒りの頂点に達していた彼が全身に雷をまとわせながら姿を現した。




