第六十四話「パルメの正義」
「待ってください、待って!」
ものすごい速さで歩いていくパルメにようやく追いついたルルがその肩を掴む。振り返った彼女の顔は怒りよりも悲しみに満ちており、目尻には涙の跡がある。
「なんだ」
残った僅かな水滴を指で払うパルメ。
「なんだ? じゃないです! まだ話は終わってないじゃないですか!」
「いいや終わりだ。魔族が関わっているのならな」
ルルの腕を無理やり振り払い、パルメは髪をなびかせながら再び歩き出す。
拳を握りしめたルルは自分でも信じられないほど怒りが湧いてきてパルメの背中に思い切り叫んだ。
「守護隊の皆を見殺しにしたくせに!」
パルメの動きがピタリと止まる。
慌てて口を押さえるルルだったが、パルメは再びルルに駆け寄るとその頬を思い切り叩く。
「黙れ小娘が! 知ったような口を……!」
次の瞬間、パルメの頬にも鋭い痛みが走る。
「知らないのはあんたの方だ! リヴの事を何も知らないくせに! あの子は、あの子は!」
そこからはパルメもルルも子供の喧嘩だった。
「こんなもの、こんなもの! ジャラジャラとぶら下げて何の意味がある!」
「うるさい! だいたいこんな変な服……帝国軍としての誇りは無いんですか!?」
互いに互いの髪を引っ張り合い、軍服のボタンが弾け飛ぶ。ルルの胸の勲章も、パルメの胸の柊の葉もズタズタに引き裂かれ、互いの胸には何も残らない。
「ルル! 何をしているんだ!」
二人に追いついたジークがルルの体を押さえつけるが、それでもルルは爪を立ててパルメに攻撃を仕掛けようとする。
「ふん、無様だな!」
ジークに取り押さえられたルルを嘲笑いながらボサボサの髪をかき上げるパルメ。二つに割れてしまった柊の葉を胸に付け直し、服を整える。
「私の仲間を侮辱するのはそこまでにしてもらおうか」
後方からゆっくりとオルドが姿を現し、パルメの前に立つ。その手は剣の柄に添えられており、いつでも抜刀できる。
「私を粛清するつもりか? ああ、やるがいい! 何人も仲間を殺され、自分だけのうのうと生きるくらいならそのほうがマシだ!」
パルメは腰につけた剣を後方に投げ捨て、オルドに首を差し出すような仕草を見せる。
「死にたければ勝手に死ねばいい。だが少しでも守護隊に贖罪の気持ちがあるのなら、我々の助けになってほしい」
オルドは剣を抜き、自分に刃を向けた状態で地面に置く。そしてそのまま膝を折ってパルメに頭を下げる。
「頼む。私に残された大切な仲間なんだ」
冷たい地面の感触が額に伝わるほど頭を下げるオルドだったが、パルメの表情は変わらない。
「……魔族は悪だ」
「あんたまだそんな事を!」
暴れるルルの拳や足が、押さえつけるジークに何度もぶつかる。
「じゃあなんで私の家族は殺された!!」
パルメの悲痛な叫び声は、その場の全員の動きを止める。
「魔族は悪だ。だから私の家族は殺された」
落ちているオルドの剣に触れながらパルメは続ける。
「だってそうだろう。魔族は悪だから私の家族を奪った」
パルメの口元が僅かに緩む。
「だってそうだろう!? そうじゃなきゃおかしい。だから私は悪を滅ぼすために灰哭隊を作った! 私たちは正しいんだ! なぁ!?」
目の前にいるパルメは、ルルの目にはいつの間にか自分の幼い頃の姿に見えていた。
家族を魔族に殺され、今のパルメのようにすべてを憎んだ。
だがルルにはジークが居た。
彼女とは違う方向を見ながら彼女の思いを受け止めてくれる存在が。
パルメにはそれがない。
彼女の弟たちは全員が同じ方向を見ている。
魔族は悪だ。だから滅ぼす。
それだけを支えに生きてきた。
だからそれだけは変えられない。
うなだれるパルメは自分の考えが間違ってはいないとルルたちを見上げるが、自分を見下ろす視線は憐れみを含んでいる。
誰も彼女の言葉を肯定も否定もしない。
頭を下げ続けるオルドをみていると、自分の小ささに涙が出てくる。
本当は心のどこかで感じていた矛盾。
魔族が本当に悪だというならオルドが頭を下げ、ルルがあそこまで怒るはずがない。ジークが胸を張って仲間だと言い張るはずがない。
魔族を手に掛ける度に心に突き刺さる鈍い痛み。命乞いをする魔族の悲痛な最期の叫び。そしてその魔族の後ろに隠された小さな命。それを奪う感触。
自分の行いが正義だからこそ許されていた鬼畜な所業の数々。
いま魔族が悪ではないと感じてしまえば二度と立ち上がれなくなる。
「うっ……うっ」
内蔵が口から吐き出されそうな不快な感覚。
「うぅ……うわぁぁ!」
一度外に出てしまった感情は彼女の意思とは関係なく次々に溢れていく。
幼き少女のような鳴き声はしばらく帝国軍本部に響き渡った。




