第六十話「処刑」
リヴは縛られたまま泉のそばまで引きずられている。その体にはさらにいくつかの石が縛りつけられ、処刑の準備が進んでいく。
「沈める前に水を汲んでおけ。魔族の浸かった水など飲めたものではないからな」
顔色を悪くしたアルトラがリヴに近づいていく。
リヴは顔色一つ変えずに真っ直ぐにアルトラを見つめている。
「……一つだけ、いいでしょうか」
無理やり正座させられたリヴが最後の言葉を発する。
「魔族が遺言か? 人の真似事をするな怪物め!」
リヴを縛り付けた男がその背中を蹴りつけ、リヴは泉へと落とされる。
もがくことも出来ずにリヴの体は泉の底へと沈んでいく。
「いい……これでいいんだ」
誰にも聞こえない小さな声でアルトラがつぶやき、水面で暴れる泡に早く消えてくれと心の中で祈る。
「リヴ!!」
馬車の荷台から大きな音と共にアインが落下し、そのまま地面を転がっていく。
「なっ、本当にあの男!」
アルトラの部下たちが慌ててアインを取り押さえようとするも、アインはそのまま転がって泉に飛び込む。
「ばかめ、自分から死にやがった」
灰哭隊の男たちがアインを嘲笑う。
現にアインは手足が縛られており身動きができない。当然水中でもそれは同じで、アインの体も泉の底へと沈んでいく。
リヴは自分の人生を思い返していた。
望まれて生まれてきた魔王の娘という立場。それを拒み続けてきた結果、世界は彼女を望まれない存在と認定した。
残された唯一の肉親である兄に殺されかけ、魔族であるというだけでこうして人間に殺される。
だが、リヴはそれでよかった。
大好きだった母の願い通り母の大切な人を救い出し、自分を仲間と呼んでくれた人たちを守ることができる。
何の意味もなかった百九十年間に意味を見いだせる。自分の死は無駄では無いと。
まぶたが重い。
息などとうに吐ききった。
もうすぐ母に会える。
サクッ
何かが体に噛みつくような感触にリヴは僅かにまぶたを開ける。そこに飛び込んできた光景にリヴのまぶたは完全に開き切る。
アインは唯一動く口で必死にリヴを縛り付けるロープに喰らいついていた。だが所詮人の顎の力ではロープを噛み切ることなどできず、逆にアインの歯茎から血が滲み出す。
やめて、逃げて、と声に出せない声で訴えかけるリヴだが、アインは決して止めようとしない。
不死の呪いを受けているアインは死ぬことはない。
だが身動きできない水中で死んだ場合はどうなるのか。その残酷な疑問がリヴの頭に浮かぶ。
もしかしたら生と死を泉の底で永遠に繰り返すかもしれない。魔王城で受けた地獄の苦しみがまたアインを襲うかもしれない。
そんなことになれば、死んでも死にきれない。
(もしかして、これがあなたの作戦ですか?)
必死で喰らいつくアインに対して僅かに微笑み、リヴは顔に力を込める。
「終わった……」
水面が静かになった事に対してアルトラは心の底から安堵し、平静を装いながら部下に声をかけようとする。
だが次の瞬間、水面は今までとは比べ物にならないほど暴れ出し、爆発音とともに水が弾け飛んだ。
「な、なんだ!」
「アルトラ隊長、お下がりください!」
異常事態を前に灰哭隊は慌てふためき、アルトラの体を支えながらその場を退避する。
爆炎が泉のあった場所に突如現れ、一瞬で蒸発した水が空中から一気に振り注ぐ。と同時に黒焦げになったアインがアルトラの前に落下し、灰哭隊は言葉を失う。
「はぁはぁはぁ」
爆炎の中から拘束が焼き切れたリヴが姿を現し、灰哭隊の視線もそちらへと移動する。
その圧倒的な力を前に彼らの中には畏怖の感情が渦巻き、今まで自分たちがそんな力を持つ存在と対峙していた事に今更になって気付かされた。
そしてアルトラの中にはそれらの感情と共にまた別の感情も浮び上がる。
なぜこの魔族は今まで黙って捕まっていたのか。
そしてなぜ今になって力を使ったのか。
(命が惜しかったのなら始めから抵抗したはず……)
そして気が付く。
始めに抵抗しなかったのはあの場の仲間を守るため。
今抵抗したのはこの男を守るため。
黒焦げで転がるアインに視線を移しながらアルトラは息を呑む。
「ごめんなさい。やっぱり私、まだ死ねません」
「当……然だ」
黒焦げのアインはリヴの無事を見届け、最後にそう呟いて数万回目の死を迎える。
できることは全てやった。
生に未練はなく、死ぬ覚悟もできていた。
それでもまだアインと一緒にいたい、それがリヴの出した答えだった。




