第五十八話「正義と悪と仲間」
アインの握りしめる剣には柊の葉の装飾が施されていた。
それは灰哭隊結成メンバーであるホリー四姉弟のみが持つ特別な剣であり、その所有者は何があっても魔族を討ち滅ぼすと自らに誓う。
「隊長に、何をした!!」
灰哭隊の男は怒りに任せてリヴを繋ぐロープを激しく引き、彼女の体が地面に打ち倒される。
「きゃ!」
「貴様……」
アインの瞳に静かなる闘志と怒りが宿り、握りしめる剣にもそれが伝わっていく。
「だ、駄目です」
戦いへの発展を防ぐため、壁に寄りかかりながらアインに声をかけるリヴだったが、その足に刻まれた痛々しい傷あとが目に入り、アインの怒りはますます増していく。
「なんだか外が騒がしいな。隊長が戻ったか?」
ジークたちに剣を突きつける灰哭隊がざわめき始める。
自らの隊長の勝利を決して疑わない彼らだったが、逆にジークたちはアインの到着を確信する。
ジークとルルが目配せし、オルドもそれに頷く。アインが来たということは間違いなく争いが起きる。
「今すぐリヴのロープを解け」
「リヴ? この魔族の名か?」
灰哭隊の男は壁にもたれかかるリヴの腹を蹴りつける。
「うっ」
アインを刺激しないように耐えようとしたリヴの口から僅かに悲鳴が漏れ出し、アインの怒りはとうとう抑えきれなくなる。
「……覚悟の時間はもう十分だろう」
目の前の男に対する怒りだけがアインを突き動かし、徐々に背後から集まってくる他の灰哭隊に気がつくことすらできない。
アインの振り上げた剣が目の前の男に届くよりも早く彼の背中に数本の剣が突き刺さり、大量の血反吐を吐きながらうつ伏せに倒れる。
それを間近で見たリヴは思わず目をそらせて悲鳴を上げそうになるが、それと同時にこれで争わずに灰哭隊がこの場を去ってくれると安堵する。
「……隊長の仇、貴様が悪いのだ」
絶命するアインの顔を睨みつけながら男は再びリヴを拘束するロープを強く握りしめる。
他の灰哭隊も後味の悪そうな顔をしながらアインの死体を持ち上げ、駐屯所の外まで運び出す。
「……終わったのか」
「隊長!」
外に出た灰哭隊は木に縛りつけられたアルトラの姿を発見して急いで駆け寄る。
披露はしているものの大きな外傷がない事に安堵すると同時に、アルトラを殺さずに拘束するにとどめたであろう男の死体に罪悪感がわいてくる。
「犠牲者は……?」
傷つくリヴと動かないアインの死体に目を移したあと、恐る恐る質問するアルトラだったが、被害が全くのゼロだと聞かされると驚きと困惑の表情を見せる。
「ゼロ? この魔族は単独だったのか?」
「いえ、建物内に三人帝国の軍人がおりましたが、我々が制圧しました」
アルトラを解放しながら嬉々と戦果を報告するが、アルトラの顔色は芳しくない。
拘束されるリヴの様子からして争いが無かったとは考えにくく、制圧したという言葉から室内の軍人たちと共闘をしたわけでもない。
自分を倒した男は目の前で剣に突き刺されて倒れており、数で有利な状況だったとはいえこちらの被害が一つもないことに違和感を感じる。
「この通り魔族も観念したようでおとなしいものです」
波風を立てないようになるべく冷静を装うリヴをアルトラに突き出す男。
立つことが出来ずにふらつくリヴの体を傍らに抱えると、部下たちにアインの拘束を命じる。
「待ってください! これ以上彼を……!」
「拘束? 埋葬の間違いでは?」
このままやり過ごせると考えていたリヴはアインが巻き込まれることを阻止するため声を上げる。灰哭隊も既に死亡したアインを拘束する意味が分からずに困惑するが僅かにアインの指が動いたのを確認すると、アルトラの言葉があながち間違っていないと戦慄する。
「その男はおそらく超回復か超再生の加護持ちだ。この魔族との繋がりも強い。一緒に連行する」
魔族を庇う人間と人間を庇う魔族。
初めて遭遇する二人に、アルトラの興味は知らず知らずの内に惹かれていた。
いつでも戦えるように気を張り巡らせていたジークたちだったが、何事も起きないまま自分たちを取り囲む灰哭隊が去っていく。
「協力ご苦労。引き続き共に帝国を守っていこう」
差し出された灰哭隊の手。
ジークはそれを握り返すことができない。
完全に彼らが去ると慌てて三人は駐屯所を飛び出すが、アインと思われる血痕だけが残されており二人の姿は影も形もない。
「……どう思う?」
乾ききらないアインの血に触れながらジークが口を開く。
「おそらくまた無茶をしたのだろう。後を追ったのかそれとも連れ去られたのか」
リヴとアインの死体が転がっていないことにとりあえずは安堵するオルド。
「アインさんは心配ありませんよ。ですがリヴは……」
やりきれない感情がルルの中に渦巻く。
結局三人はリヴに甘えるかたちになってしまった。
彼女が自ら望んだこととはいえ、最終的に決めたのは自分たちだ。たとえ同じ軍人と戦うことになっても命をかけて立ち向かうべきではなかったのかと自問自答する。
「僕たちは……無力だね」
「ああ。嘆かわしい程にな」
ジークとオルドは立ち向かったであろうアインの姿を思い浮かべる。
正義とは、悪とは、そして仲間とは。
おそらくその答えを知っているであろうアインとリヴの二人が捕われ、判断できなかった三人が残る。
その残酷な現実に、三人は打ちのめされる。




