第五十六話「アインVSアルトラ」
アルトラの部下たちがリヴを追って、次々にカーターの駐屯所に乗り込んでくる。
彼らは慣れた様子で、散らばりながら駐屯所内を散策していく。
たくさんの足音が響き渡り、カーターの自室にいたリヴたちに緊張が走る。
「敵は何人だ?」
剣に手をかけながら閉まったドアを睨みつけるオルド。ジークとルルもドアの両端に陣取り、いつでも応戦できるように息を整える。
「わかりません。ですがたくさんです!」
リヴが答えると同時にドアが蹴破られ、男たちがなだれ込んでくる。すぐに剣を抜くジークとオルドだったが、男たちの黒い軍服を見たルルは剣にかけた手を止める。
「あ、あなたがたは……」
「ん? 軍の関係者か」
ルルたちの姿を見た男たちもピタリと動きを止めるが、オルドの横に居るリヴに気がつくとまた突撃態勢を取る。
「待ってください!」
男たちとリヴの間にルルが割って入り、いまいち状況が理解できていないジークとオルドもリヴを庇うようにルルの隣に立つ。
「君たち何者だい? それ、帝国軍の制服に似ているけれど」
「シャルルー少尉、何か知っているのか?」
ジークとオルドが剣を収めると、黒い軍服の男たちも剣を下ろし、胸に付けた柊の葉に手を当てる。
「彼らは、灰哭隊です」
ルルが説明すると男たちも正式な名乗りを上げ、ここへ来た目的を告げる。
「我らは対魔局葬送課所属、第二特殊部隊。貴殿らの後ろにいる魔族を引き渡してもらおう」
剣は下ろしているものの、殺意のこもった瞳でリヴを睨見つける灰哭隊の男。
「灰哭隊、そうか君たちが。ルルが入隊した当初勧誘されたっていう例の魔族殲滅を掲げる特殊部隊か」
「はい」
灰哭隊は魔族に大切な人を殺された者たちで構成された帝国軍の特殊部隊だ。
全部で四つの部隊で構成されており、ホリー四姉弟がそれぞれの隊長を務めている。
彼らは通常の任務には一切つかず、その活動の場は帝国内に限らない。魔族が出没すれば世界各地に赴き、それらを殲滅するまで戦い続ける。
第二部隊隊長アルトラは、このカーターの町が魔族に支配されていると報告を受けてやって来たのだった。
「と、いうわけだ。さっきの魔族がその報告に遭あった魔族じゃないのか?」
「あいつじゃない。そもそもこの町を支配していたのは魔族ではなくカーターという軍人だ」
睨み合いながらアインとアルトラはつばぜり合いを続ける。
「カーター? ああ、数年前に帝国軍から追放された男か。だがそれが真実だったとしてもあの魔族を見逃す理由にはならないな」
アルトラはリヴの逃走した方向に視線を向けるが、少しでも気を抜けばアインに押し負けてしまう。
アインもまたわざと隙を作ってアルトラに斬りかからせようとするが、そう簡単に誘いには乗ってこない。
強い。
互いに脳裏にその二文字が浮かび、硬直状態が続く。
「なぜあの魔族を庇う? 魔族の危険性を知らないわけでもないだろう」
「なぜあの魔族を狙う? あの魔族が人を襲うように見えたのか?」
何とか会話でアインを退けようとするアルトラの問いかけに、アインは質問で返す。
一歩も引かないアインの力強い瞳に、アルトラは対話での交渉は不可能と判断した。
「魔族はすべからく危険だ。危険は排除しなければならない。それが我々灰哭隊の使命だ!」
叫び声とは裏腹にアルトラは力を抜く。
アインは体勢を崩され、アルトラの蹴りが剣を握りしめる腕に命中する。
「っ!」
剣はアインの手から離れて宙を舞い、それをアルトラが後方に弾き飛ばす。
すぐに体勢を立て直して殴りかかるアインだったが、アルトラは半身になって躱す。
「悪く思わないでくれ」
アインの後頭部にアルトラの剣の腹が振り下ろされる。
鈍い音がしてアインの体が地面に叩きつけられ、後頭部から血が噴き出す。
アルトラは剣を鞘に収め、アインを見下ろす。
噴き出す血に顔を逸らし、本来の目的であるリヴを追おうと前を見るが、アインが起き上がったのを感じ取って振り返る。
「……おとなしく寝ていろ。武器も無く、出血も多い。それでどうやって俺を止める?」
「どちらも……引く理由にはならないな」
額を伝って血が地面に落ちると同時にアインはアルトラに飛びかかる。
「愚か者が」
剣を抜くこともせず、アルトラは体術だけでアインを圧倒する。
アインの突きも、蹴りも、突進も、全てが見切られ避けられる。その度に的確にアインの急所に攻撃を与え、一方的な展開で戦いが進んでいく。
「はぁはぁはぁ」
剣を振っていた時とはかわり果てた姿のアインだが、それでも立ち向かってくることにアルトラは心底うんざりし、剣に手をかける。
「だいぶ動きが鈍くなってきたな。出血も増している。そろそろ楽になったらどうだ」
「お前がな」
鈍かったアインの動きが突如速くなり、アルトラの反応が一瞬遅れる。さらにアインの口から飛んできた大量の血液を避けることができずに、アルトラの視界が赤く染まる。
「舌を噛み切ったのか!? ばかな自殺行為だぞ!」
アルトラが血を拭い取った時にはアインは既に落ちていた剣を拾っており、後ろから回り込まれて喉元に剣を突きつけられていた。
「な、なぜ動ける」
度重なる打撲と出血によってアインは気絶寸前だった。そうなるように攻撃を繰り返したはずだった。だが、後ろで自分の命を握っているアインの血はほとんど止まっている。
「まさか、加護……」
「またそれか」
振り返ろうとするアルトラのこめかみを剣の柄で殴りつけ、アルトラの意識が絶たれる。
地面にうつ伏せで倒れるアルトラを見下ろしながらアインは塞がった自らの傷を撫でる。
「加護……か。確かにな」
魔王によってかけられた不死の呪い。
二百年間の拷問はアインにとって地獄にほかならなかった。
だが、解放されてからの二十日あまりはこの呪いに何度も助けられた。この呪いがなければ自分はおろかジークもオルドもルルも、そしてリヴもとっくに死んでいただろう。
「俺は……この呪いをどうしたいんだ?」
死ぬための旅。
僅かに揺れ始めた。




