第五十五話「近いようで遠い」
パルメから受けた報告をオルドはまだ受け止めきれずにいた。
滅都で部下は一人も発見できず、最愛の馬たちも何処かへ行ってしまった。おまけに一週間ほぼ休まずに歩き続けてようやくカーターの町まで戻ってきたところにこの報告だ。
「早く戻らねば」
無線の受話器を握りしめたまま、オルドが呟く。その憔悴しきった姿に、ジークはどう声をかけていいのかわからなかった。
ルルもまたジークの影に隠れるようにして俯く。憧れの上司であるオルドのいたたまれなさを、これ以上見てられなかった。
「皆さん! あの人が!」
血相を変えてリヴがカーターの駐屯所に飛び込んでくる。一緒に町で物資を集めていたアインの姿はない。
「ど、どうされたんですか?」
重苦しい部屋の空気と明らかに様子がおかしいオルドの姿にリヴは困惑するが、オルドは受話器を置いてすぐに姿勢を正す。
「問題ない。それより君がどうした」
「そうでした、すぐに来てください!」
わけも分からぬままリヴに連れられ、一行は部屋を飛び出す。
パルメとの会話よりおよそ三十分前。一行はすっかり棒になった足を引きずりながらカーターの町に到着した。
馬を失ったことで当初の予定よりもだいぶ遅れてしまい、帝都の守護隊へ連絡するために仕方なくカーターの駐屯所へと立ち寄る。二度と来たくはないと思っていたが、無線はここにしか無い。
「少し休んだらどうだい?」
「そうもいかない。きっと部下たちが心配しているだろう」
ジークの提案をきっぱりと断り、オルドは無線に手を伸ばす。だがカーターとの戦いの影響か、無線の調子が悪く繋がらない。
「む、少し時間がかかりそうだな。君たちは休んでいてくれ」
「そうはいかないよ。僕らも手伝う」
「ですね。アインさんとリヴは休んでいてください」
休みをなすりつけ合う軍人たち。
最初は一人で修理しようとしたオルドだがジークとルルの一歩も引かない態度に観念する。
「なら私たちも……」
「リヴ」
作業を始めるオルドたちに駆け寄るリヴの手を、アインが掴む。
「ここに居ても俺たちにできることはない」
「そうさ。デートでもしてきたらどうだい?」
「もう!」
工具を振りながら茶化すジークに、リヴは顔を膨らませながらアインの手を引っ張って部屋を出ていく。
バタンと激しく閉じるドアの音を背に、部屋の中の三人は笑みを漏らす。
「誰かリヴのあの顔見たかい?」
「いや、だが想像に難くないな」
「私見ましたよ! トマトみたいに真っ赤!」
ここに居る三人ともほんの数日前までは魔族を憎み、命がけで戦っていた。だがリヴと過ごしていると彼女が魔族ということを忘れ、いつの間にか笑い合っている。
「みんなリヴみたいなら良かったのに」
「まだ遅くはないさ」
「ああ、そうだな」
魔族に対する認識を変えてくれたリヴに感謝し、三人は無線の復旧に勤しむ。
「あの、怒ってます?」
町を歩きながら、ずっと黙っているアインに恐る恐る声をかけるリヴ。無理やり引っ張ってきてしまったことに対して後ろめたさを感じている。
「何故だ?」
「いえ、違うならいいんですけど……」
「変なやつだ」
互いに心の内を話し合った。
名前を呼んでもらった。
仲間と認めてくれた。
初めて会った時とは比べ物にならないほど打ち解けた。
それでもまだどこか遠い。
勇者と魔王の娘。
種族も立場も違う。
それは埋めようのないことで、仕方がないことだ。
だがこうして黙ってしまうと、まだアインが心のどこかで自分に対して怒りや憎しみを抱いているのではないかと勘ぐってしまう。
そう考えてしまう事が悲しかった。
リヴが地面の石を見ながら歩いていると、隣のアインがふと立ち止まる。
「どうしまし……」
顔を上げると、町の入り口に数人の影が見える。
ただ見えただけではない。彼らはこちらに向けて矢を放っていた。
「伏せろ!」
アインがリヴに覆い被さり、その僅かに上を何本も矢が通り過ぎていく。
矢が当たらなかったと分かると彼らは剣を抜き、一斉に踏み込んできた。
男たちは皆黒い軍服に身を包んでおり、鬼の形相でアインたちに向かってくる。
「リヴ、お前はジークたちの所へ!」
「無茶です! 剣もないのに!」
魔喰獣に剣を砕かれてから、アインはまだ新しい剣を手に入れていない。カータの駐屯所を漁っては見たもののまともな刃物の類は見つからなかった。
「あの服、おそらく奴らは軍人だ。お前がここにいては話がこじれる、行け!」
その言葉がリヴを傷つけると分かっていても、アインはそう言うしかなかった。そう言えば少なくともリヴはこの場から離れてくれる、そう信じていた。
「……っ!」
アインの下から這い出し、リヴは振り返らずに走り出す。
リヴもまたアインが本気で言っているとは考えてはいない。が、自分を魔族として扱い、邪魔者と認識したその言葉は彼女の心を深くえぐる。
横たわるアインを無視し、リヴを追おうとする黒い軍服の男たちの足を掴み、転ばせた勢いで剣を奪うアイン。
「貴様……何のつもりだ! あれは魔族だぞ!」
「知っているさ。お前らよりずっとな」
男たちはリヴを追うのを諦め、アインを取り囲む。
「我々の邪魔をするなら拘束させてもらう!」
「やってみろ」
剣を手にしたアインが好戦的な態度で、取り囲む男たちに視線を飛ばしていると、一人の男がゆっくりと近づいてきた。
「何をしているお前たち。早く魔族を追え」
「はっ! アルトラ隊長!」
取り囲む彼らと同様に黒い軍服に身を包み、黒い手袋もしている。髪は腰に届くほどの長髪で、くっきりとした眉毛がキリッとした目の上に乗っかっている。
アルトラの命令をうけた部下たちはアインから視線を外し、リヴの走っていった方向に体の向きをかえる。
「行かせると思うか?」
即座に男たちの後ろに回り込んで剣を構えるアインだったが、そのさらに後ろにアルトラがいつの間にか回り込んでおり、思わずアインは後ろに向かって剣を振り下ろす。
「いきなり斬り掛かってくるとはな。まさかお前も魔族か?」
「ちっ!」
アインの剣はアルトラに簡単に受け止められてしまい、アルトラの部下たちはもう追いかけることができないほど遠くに行ってしまった。
「……あいつは敵じゃない」
「おかしなことを言う。魔族は敵だ」
そう言うアルトラの目を見たアインは言葉では何を言っても無駄だと悟る。
その黒く沈んだ瞳はかつての自分とそっくりだったからだ。




