第五十四話「姉弟」
黒い軍服を着た女性が帝国軍の会議室、円卓の間で肘を立て、顔の前で手を組んで座っている。
彼女の顔はスパーダとアモールに受けた屈辱で歪んでおり、何者も近寄りがたい雰囲気だ。
帝都の裏にある墓標はまたその数を増やしてしまった。
アモールに操られた守護隊の九割は死亡し、生き残った残りの一割も昏睡状態だ。
何もできなかった。
その悔しさから女性は拳を振り上げ、円卓に鈍い音を響かせる。
「パルメ姉、良かった。生きてたんだね」
「……シナムか」
いつの間にか円卓の間の入り口に水色の髪の少年が立っている。灰哭隊の女性、パルメと同様に黒い軍服を着ており、その胸には柊の葉が付いている。
少年は姉の正面に腰を下ろし、円卓の上で足を組む。
「足を下ろせシナム。そもそもお前の階級でここに入る事すら認められていない」
弟に睨みをきかせるパルメだが、シナムは何も気にせずに足を組み替える。
「えー良いじゃないか。おえらいさんがたはみーんな魔族に殺されたって他の連中が言ってたよ」
「シナム!!」
姉の怒号に思わずシナムは耳を塞ぎ、観念して足を下げる。
「相変わらず堅いね。そんなんだから将官に上がれないんだよ」
「余計なお世話だ。お前こそいつになったら昇進の話を受けるんだ」
「地位なんて興味ないよ。今興味があるのはこれさ」
そう言ってシナムは何枚かの写真をパルメに向かって机の上を滑らせる。
その写真を見た瞬間、パルメは細めていた目を見開く。
「これがお前の言っていた魔喰獣とやらか。私たちの反対を押し切った割には、見たところ全滅させられているようだが……」
パルメは得意そうな顔をするシナムに向かって写真を投げ返す。
「まあ話は最後まで見てよ」
投げ捨てられた写真を一枚一枚拾い上げ、その中の一枚をパルメに渡す。
「この女性……魔族か」
「おそらく大魔族の類いだね」
パルメがならず者の町で撮ったその写真にはリヴがはっきりと写し出されていた。
「それで、この魔族がどうした。人型の魔族などそう珍しくもない。現に先週も……」
似ても似つかないが、リヴの写真を見ていると嫌でもアモールの記憶が蘇ってしまう。
もう見たくないとパルメが写真を遠ざけると、シナムは姉の前に顔を近づける。
「この魔族が欲しいんだ。パルメ姉にも手伝って欲しい。もちろんアルトラ兄にもウー坊にもね」
「欲しい、だと……?」
パルメは勢いよく立ち上がり、シナムの胸ぐらをつかむ。
「一体何度言えば分かる! 我々にとって魔族は滅ぼすべき敵だ! お前の実験道具じゃない!」
姉の言葉にシナムも黙っていない。
「わかってるさ! その為に力が必要なんだ!」
睨み合う両者。
二人の間に火花が散っているような気すらする。
「……その力を求めるのは自分の為か?」
「無論、平和の為だよ」
しっかりと自分の目を見つめるシナムの回答にパルメは強く目をつぶり、眉間に手を当てる。
その言葉が真実かどうか確かめるすべは無く、疑う気持ちと弟の言葉を信じたい気持ちがぶつかり合う。
「帝都は今混乱状態だ。私がここを離れるわけにはいかない。部下も貸すことはできない……だからアルトラに声をかけておく」
「やった! パルメ姉大好きだよ!」
倒れるように椅子に腰掛けるパルメの手を握りしめ、シナムはそれを上下にぶんぶん振る。そしてもう用はないと言わんばかりにさっさと部屋から出ていき、再びパルメだけが残される。
「本当に大好きだよパルメ姉。甘くて胸焼けしそうなほどにね」
パルメに聞こえないように一人言を残し、外に待機させていた部下と共にシナムは帝都を去る。
シナムが去ってから数分後、パルメは会議室に備え付けられている無線に手を伸ばす。
「はい。こちら帝都南駐屯所対魔局……」
「こちら特殊部隊第一師団隊長、パルメ・ホリー大佐だ。アルトラを呼んでくれ」
相手が話し終わるよりも前に身分を明かし、話を急かせるパルメ。
「大変申し訳ありませんが、ただいまアルトラ・ホリー中佐は魔族討伐に出ておりまして戻るのは数日後となります」
「……わかった。戻ったら帝国軍本部にすぐ連絡するように伝えてくれ」
受話器を置いたパルメの目には明らかに焦りが浮かんでいた。
「まずいな……シナムが南の都市にたどり着くまでにアルトラが戻らなければ厄介なことに……」
二番目の弟であるシナムの趣味は実験だ。
その実験内容は悪趣味極まるものであり、弟でなければとっくに特殊部隊から除隊させている。
一番目の弟であるアルトラはパルメにとってもっとも信頼できる人物であり、シナムをそちらに送ったのもアルトラであればシナムを制御できると考えてのことだった。
シナムが南の都市に着いてもアルトラが居ないと分かると、何をしでかすか分からない。だが殆ど兵士の残されていない帝都をほったらかして自分が追いかけるわけにもいかない。
頭を抱えていると無線が激しく鳴り出す。
「アルトラか!」
受話器に飛びつき、声を上げるパルメだったが、その向こうにいたのは弟であるアルトラでは無かった。
「アルトラ? 何のことだ? こちらオルド・ヴァルキリア准将。現在地は……ここは何という町だ?」
知らない女性の声。
だがその名前はよく知っている。
帝都守護隊隊長オルド・ヴァルキリア。
パルメたち灰哭隊とは住む世界が違う帝国軍のエリートだ。
「……失礼した、こちらホリー大佐。准将どの、一体どういったご要件かな」
「ホリー? 聞かない名だ。守護隊、私の部下はどうした?」
オルドの言葉でパルメの受話器を握る手が強くなる。今にも握りつぶしてしまいそうだが、パルメは額に手を当てながら一週間前の出来事を全て話す。
「な……」
パルメの報告を受け、受話器の落ちる音が聞こえてくる。感情がこみ上げ、パルメは唇を噛みしめる。
受話器の向こうからは数人の困惑した話し声が聞こえてくるが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
なんにせよ部下を殆ど失ったオルドの悲しみは計り知れない。
「すぐ、戻る」
受話器の前で頭を下げるパルメの耳に、気丈なオルドの声が飛び込んでくる。直後無線が途切れるが、パルメは謝罪し続ける。
「申し訳ない……私の力では」
自分の体を抱きしめ、パルメは嗚咽をもらす。
かつてこの黒い軍服に誓ったこと。
頭の中で何度も何度も繰り返しながらパルメは一人で涙を流し続けた。




