第五十三話「告白」
リヴの炎柱が全てを焼き尽くし、魔王が滅ぼした滅都は今度こそ完全に世界から消えた。
ただの平地となったその場所を、リヴとアインだけが眺め続ける。
「……そろそろ日が暮れます。戻りましょう」
いつの間にか辺りは夕日によってオレンジ色に包まれている。
涙を流していたのか、リヴの頬が僅かに濡れている。
「ああ、そうだな」
宿敵である魔王は今度こそ完全に消えた。
復讐は二度と成就しない。
だが不思議とアインに無力感も憤りもない。隣りに居るリヴを見ていると、自分でも気が付かない内にそれらが消えていく。
「どうしましたか?」
「いや、行こう」
視線が気になり、風になびく髪を押さえながらリヴは覗き込むようにアインを見る。
アインはすぐに視線を外して歩き始める。
アインが魔王の攻撃を受けて眠り続けているジーク、オルド、ルルを回収していると、リヴが地中にある洞穴を見つける。
「魔術で作られたようです。よかった、まだ使えそうです」
古い洞穴の中に腰を下ろし、リヴが魔術で火を灯す。
しばし沈黙が続き、火の燃える音だけが静かに鳴っている。だがやがて小さな寝息が聞こえてきて、リヴが安心した顔で眠りにつく。
その顔をしばらく見つめたあと、アインは自分の額に手を当てて目をつぶる。
アインのこの旅の最終目標は死ぬことだ。
その為には彼にかけられた不死の呪いを解く必要がある。
魔族を皆殺しにすること。
それがリヴから聞かされた解呪の方法だ。
だがここまでアインは殆ど魔族を手にかけていない。
彼にとっての魔族とは人類の敵であり、倒すべき対象だった。二百年前そうだったように、今も変わらない。
だが、彼の居ない二百年で世界は変わった。
魔族が居ようが居まいが人は争い、殺し合う。
カーターや今回の町での一件でアインはそれを思い知らされた。
たとえ魔族を滅ぼしたとしても争いは止まらない。
だとすれば何のために戦う?
何のために魔族を滅ぼす?
死ぬため?
自分が死ぬためだけに、それだけのために魔族を殺す?
目の前で眠るこの少女も?
胸が苦しい。
朝日とともにジークが目覚める。
昨日の記憶は魔王と会う直前から消えており、それは続けて目を覚ましたオルドとルルも同じようだ。
「本当に覚えていないんですか?」
しばらくして洞窟を出た一行は何もなくなった大地を地平線まで見渡すが、リヴの質問に三人は首を傾げるばかりだ。
「うむ。部下を探していたところまでは記憶があるのだが……馬たちも消えているし、わけがわからない」
オルドはそわそわしながら答える。
馬たちを探そうと四方に視線を向けるが、それだけで近くに居ないと確信し、うなだれる。
「それにしてもすごいですね」
「ああ。リヴ、君また強くなったんじゃないかな?」
ルルとジークはリヴから事情を聞き、理解の及ばない話に無理やり納得する。
「どうやらここは魔の力を増幅させる作用があるようです……もう何も感じませんが」
おそらくあの影が魔族の力に影響していたと考察するリヴだったが、全て消え去った今証明するすべも意味も無い。
「それにしてもアイン、ずっと黙っているね」
「それはいつものことじゃないですか」
一人でぽつんと立っているアインに視線を向けるジーク。心なしか顔色も悪い。ルルが笑いながら茶化してみるも、すぐに真顔になる。
「その、魔王……と何かあったんですか?」
アインに聞こえないようにリヴの耳に近づくルル。
「じつは……」
自分の正体、そしてアインの過去。
彼女が知る限りの全てをジーク、オルド、ルルに語るリヴ。
三人は衝撃で口が開いたまま塞がらなくなり、間抜けな表情をさらす。
と同時にリヴの強さやアインの力の正体、彼の言動の数々に納得がいき、リヴの話を素直に信じることができた。
「魔王の娘に元勇者……僕たちの知らない世界に生きていたんだね」
「はい、黙っていて申し訳ありません」
三人に深く頭を下げるリヴ。
「妙に達観しているところがあるとは思っていたが、遥かに年上だったとは」
たたずむアインを見る目が少し変わってしまうオルド。
「それに二百年も拷問なんて……」
何度もアインが傷つく姿を見て、痛がる様子が殆ど無いことを疑問に思っていたルルだったが、その理由が単なる慣れだったことに背筋が凍る。
ここに至るまでにどれほどの苦痛があったのか、ルルの常識では想像すらできない。
「ですからあの人は……」
話の途中でジークがアインに近寄り、その体を抱きしめる。
「……何をしている」
「辛かったね」
怪訝な顔をするアインだが、ジークの哀れむような表情と、それと全く同じ顔をするオルドとルルが目に入るとなんとなく事情を察する。
「リヴ、話したのか」
「はい……ですが彼らには知る権利があると思います」
アインの冷たい視線に一瞬目を逸らすリヴだったが、真っすぐアインの瞳を見つめると本心を語る。
「仲間……だからか」
「はい」
確認するまでもないと、リヴは力強く答える。
アインは一呼吸置いてジークを剥がし、三人に頭を下げる。
「すまない。俺たちは世界を救えなかった」
その謝罪を受け入れる者は誰も居ない。
「何を言ってるんだ。僕は何度も君に救われた。こうして生きているのは君のおかげだ」
「感謝はあれど、その逆は無い」
「そうですよ。帝国軍として、そして私個人として、あなたにお礼を言います」
三人はアインに対する気持ちを吐露し、彼らもまたアインに頭を下げる。
「……すまない」
頭を下げ続けながら、アインは再度言葉を絞り出す。
だがそれは謝罪ではなく、感謝だった。
彼の頬を涙が伝い、地に落ちていくのをリヴだけが見ていた。




