第五十二話「訪問者」
復興が進む帝都。
各地に派遣されていた帝国軍も徐々に集まってきており、彼らが身を休める仮設テントもいたるところに建てられている。
生き残った兵士たちも回復を見せており、帝都は徐々に元の姿を取り戻していた。
「よし、もう一息だ! 隊長が戻る前にこの区画を完成させるぞ!」
先頭に立って指揮をするのは守護隊の面々。
オルドが帰還する前に帝都をよ蘇らせ、驚かせようと張り切っている。
そんな帝都に今、また新たな影が忍び寄っていた。
「ほう。バートンめ、こんなにも生き残りが居るではないか。全く手ぬるいことじゃ」
突如現れた赤い髪の魔族、魔王軍四天王アモール。
散歩するように悠々と帝都に侵入すると、帝国軍などまるで目にはいらないように堂々と歩いていく。
「貴様……魔族か!」
守護隊の面々が剣を抜いてアモールを取り囲む。ほかの兵士たちは魔族の処理は守護隊に任せて復興作業を続けるが、アモールの放ったムチによって守護隊が吹き飛ばされると、慌てて作業をきり上げる。
「この魔族強いぞ!」
数十人がアモールを取り囲むが、アモールはつまらなそうにムチを伸ばす。
「雑魚に用はない。姫様はどこじゃ?」
「ひ、姫? 何を言っている!」
剣を握った兵士がそう答える。
帝都が落とされてから駆けつけた彼らがリヴを知るはずもなく、アモールの言葉の意味は誰にも分からない。
「……もうよい、聞いてみただけじゃ」
兵士たちの困惑した様子を見ると、アモールはため息を一つ残す。武器である鞭も腰のベルトに刺すと、戦意を喪失した様子できびすを返す。
「ま、待て! このまま逃がすと思うか!?」
吹き飛ばされた守護隊が体を支え合いながら立ち上がり、アモールの後ろから剣を構える。
「勘違いするでないぞ。妾は逃げるのではない。貴様らを見逃すのじゃ」
立ち止まり、後ろを振り返るアモール。吊り上がった鋭い視線が守護隊を突き刺す。
ただの言葉だというのにどんな剣より鋭いその視線に、守護隊は足がすくんでしまう。
「フン、下等生物めらが」
捨て台詞を残して立ち去ろうとするアモールだったが、自分に向けられた殺意を察知しとっさに身をかがめる。そのすぐ上を剣が通り過ぎ、アモールの赤い髪を数本切り落とす。
「ほう、これを避けるか」
「何者じゃ……この無礼者!」
現れた女性は漆黒の長い髪を風になびかせながら、剣を突きだし地に伏すアモールを見下ろす。
彼女が身にまとう制服は帝国軍のものと酷似しているが胸に勲章はなく、代わりに柊の葉が添えられている。そして服の色もほかの兵士のように純白ではなく、まるで喪に服すような黒色だ。
「我々は帝国軍対魔局葬送課特殊部隊……」
淡々と自らの役職を述べる女性。彼女に続くように誰かが呟く。
「灰哭隊……」
アモールは突き出された剣を鞭で弾くと、そのままの勢いで周りにいた守護隊を鞭で打つ。すると守護隊は体の自由が利かなくなり、灰哭隊の女性に剣を向けてしまう。
「灰に哭く……か。貴様、魔族に親でも殺されたのかえ?」
「に、逃げて……体が動か……な……うわぁぁぁ!」
操り人形と化した守護隊が灰哭隊の女性に斬りかかる。彼女は軽い身のこなしで攻撃を避け、剣の柄で守護隊の首を突く。しかし、守護隊はその程度では倒れない。
「ほほう。この女ども、加護を受けておるのか。丈夫なおもちゃじゃ」
守護隊がアテナの加護を受けていると感じると、アモールは鞭を巧みに操りながら次々に守護隊を傀儡にしていく。
初めは受けに徹底していた灰哭隊の女性だが、次第に受けきれなくなりアモールから大きく距離を取る。
「下衆が……」
「口が悪いのう。育ちが知れるぞ」
自分が見下ろす側に周り、アモールは勝ち誇った笑みを見せながら鞭を振り続ける。
「魔族の、道具にされる……くらいなら……!」
守護隊は最後の力を振り絞り、剣を自らの首に向けていく。
「いかん、やめろ!」
灰哭隊の女性は血相を変えて守護隊の剣を止めようとするが、その甲斐虚しく殆どの者がその場で命を落とす。
「間抜けなやつらよ。素直に操られておれば良いものを」
なんとか生き残った守護隊も、アモールが地面に向けて激しく鞭を下ろすとその首が百八十度回転して次々に倒れる。
「貴様ぁぁぁぁ!」
頭の血管がブチブチと音を立てながら切れていく。血に染まった道を踏みしめながら灰哭隊の女性はアモールに斬りかかるが、怒りに任せた単調な攻撃は脅威でも何でもない。
「まるで獣じゃな」
「黙れ化物め!」
ダンスでも踊るように、アモールは軽々と攻撃を避けていく。
「下手くそなステップじゃな」
「かはっ!」
ガラ空きの腹を蹴り飛ばされ、灰哭隊の女性は血反吐を吐いて地面を転がる。
「もうよい。姫様もおらんならこのままこの都市、滅ぼしてやろうかの」
表情を変えたアモールは、逃げの姿勢を見せている他の兵士も支配するべく、鞭を振り上げる。
その時だった。
アモールとはまた違う大きな魔族の気配が帝都の門に現れる。
「アモールルルルルル!!!」
大地を割る地響きのような声が帝都に鳴り響き、帝国軍、灰哭隊の女性、そしてアモールまでもが動きをとめる。
「お前のやりたかったことはただの殺戮か?」
重くのしかかるような言葉を発しながら、全身を鎧で包んだ魔族が帝都に踏み込む。その表情は読み取れないが、怒りを抑えようとしていないのは明確だ。
「ス、スパーダ。何のようじゃ……」
先ほどまでとは打ってかわり、怯えた表情を見せるアモール。灰哭隊の女性も帝国軍のことももう忘れてしまっているようだ。
「戦意を喪失している弱者に攻撃するのは、戦士のすることじゃねぇ」
「わ、妾は……」
目の前まで来たスパーダの足は地面を踏み砕き、アモールの言葉が途切れる。
「姫様が居ねぇならここに用はねぇだろ。さっさと帰るぞ」
「し、しかし……!」
子どものように怯えた目でスパーダにすがるが、返ってきた有無を言わせぬ力強い視線にアモールは黙って頷くしかなかった。
「ま、待て!」
それを黙って見ていることができないのは灰哭隊の女性だ。
目の前で仲間を殺され、挙句の果てに無視される。そんなことでは死んでいった仲間たちに顔向けできない。
「あのな」
スパーダと目が合った瞬間に悟ってしまう。生物としての格が違うと。
「戦うならぐだぐだ言わずにかかってこい。まぁ、できねぇだろうがな」
いつの間にか灰哭隊の女性の手から剣が離れていた。
スパーダやアモールによって無理やり離されたのではない。彼女自身が無意識の内に手を開いていた。
他の兵士たちも同様に次々に武器を放棄し、帝都に金属音が鳴り響く。
彼らは自分たちの都を滅ぼした魔族を前にしながら、ただ去りゆく姿を呆然と見つめているしかなかった。
魔族によって生かされた。
その事実が何よりも灰哭隊の女性の心を傷つけた。




