第五十話「忘却できない記憶」
町の入り口に戻ると、オルドは全力で頭を地面にこすりつけて謝罪する。
誰もオルドを責めるものは居なかったが、顔を上げてくれと言うものも誰も居なかった。
魔喰獣は絶命後、元の姿だろうかただの獣に姿を変えた。
腐敗臭が漂う獣の死体を町人と協力して町の外に埋め、犠牲となった人々も丁寧に埋葬する。
「あれ、こんな奴この町に居たかな?」
先頭に立って亡骸を運ぶレヴィは見たこともない女性の死体に不思議そうに首をかしげる。見慣れない白い服と鎧のようなものも身に着けており、明らかにこの町の人間ではない。
「おいこっちを手伝ってくれ!」
「あ、ああ!」
元宿屋の店主に声をかけられ、ラヴィは深く考えずに女性に手を合わせて埋葬する。
大波乱の一日が終わり、人々は残された建物を分け合う。
ならず者たちやラヴィが率先してお年寄りや子どもに建物を手配し、自分たちは野宿をしてしのぐものもいた。
それを見たアインたちは自分たちの役目は終わったと服屋も持ち主である老婆に返却し、今夜の内に町を出る決意をする。
老婆の願いで食事だけ済ませたアインたちは、出発のため町の入り口に移動する。見送りの老婆も一緒だ。
「本当にもう行くのかい?」
「ああ、しょせん俺たちはよそ者だからな」
「そうかい、本当に世話になったね。やっぱり私の見込み通りだった」
町は破壊され、たくさんの人が死んでしまった。だが一番大切なものを守ってくれたアインたちに、老婆は最後まで頭を下げ続けた。
つい昨日まで不穏な空気が流れていた町は、今はそこら中から賑やかな声が聞こえてくる。
そこにならず者も老人も子供も区別なく、すべからくこの町の一部だ。
服屋に戻ると、店の中はアインたちに物色された痕跡でめちゃくちゃだったが、その服に埋もれながら眠るラヴィを発見すると老婆はしわくちゃの顔で小さく笑う。
「さあ、あとはアンタの役目だよ」
いびきをかいているラヴィに優しく毛布をかけながら、老婆もまた眠りについた。
二度目の朝日を拝んだ頃、アインたちは目的地である滅都にたどり着く。
たどり着いたといっても町や建物ががあるわけでもなく、どこまでも続く荒野と瓦礫の山だけがいたるところに残されている。
だが、いくら見渡してもオルドの部下たちは何処にもいない。
「そんな、どうして」
馬から降りた一行は手分けして瓦礫の周りを探すが、オルドの部下たちの痕跡はどこにもなかった。
「オルド、君が初めてここに来てからもう十日以上経っている。どこか別の場所に移動したんだろう」
「ああ、そうだな」
焦りが隠しきれないオルドの肩に手を置くジーク。
瓦礫の山を名残惜しそうに見つめながら再び馬に乗り込もうとリヴに手を差し伸べるが、リヴの様子がおかしい。
「……」
「どうしたリヴ。まだ何かあるのか?」
馬たちはオルドよりもいち早く異常事態に気が付き、リヴに怯えるように離れ主を置いて何処かへと走り去ってしまう。
「お、おいお前たち!」
手を伸ばすも馬たちはあっという間に見えなくなってしまい、散らばっていたアインたちもオルドとリヴのもとに集まってくる。
「オルド、何があった」
「わからない、リヴの様子がおかしい」
駆けつけたアインに説明すると、アインは急いでリヴの被ったローブをめくる。
「なっ!」
その瞳を見て思わず声をもらすオルド。その瞳は意識を乗っ取られた部下たちにそっくりだった。
「おい、しっかりしろリヴ!」
オルドが必死にリヴを揺さぶるが、その体はまるで石になったかのように全く動かない。
「……呼んでる」
ふと呟き、瓦礫の中心を指さすリヴ。
次の瞬間空気が変わる。
日に照らされた荒野が一瞬にして暗闇に包みこまれるような絶望感。
大地が凍り、足の下から冷気が漂ってきそうな死の予感。
今まで味わってきたどの魔族とも比べられない圧倒的な力の気配。
ジークもルルもオルドもその正体不明な気配に体がすくみ、呼吸の仕方さえ忘れたようにリヴが指を差した先にある影に目を奪われている。
「馬鹿な……何故……お前が!」
リヴを除いて唯一その正体を知るアインが冷や汗を大量に流しながら一歩引く。体の内側から張り裂けそうなほど、心臓は激しく鼓動を続ける。
「久しぶりだな……勇者よ」
影は徐々に鮮明になっていく。
その声も
その髪も
その角も
その牙も
その爪も
二百年間一度も忘れたことはない。
あの日の屈辱と後悔と絶望は、今も鮮明に思い出せる。
「魔王……!」
彼にとってのすべての元凶ともいえる存在が、二百年前あの日と同じ姿で勇者の前に姿を現した。




